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第34話 社会見学②

森の深緑を抜け、黄金色の麦畑が広がる小道を抜けると、ようやく目的地である『ロアナ村』の入り口が見えてきた。


辺境の村とはいえ、街道の要衝にあるこの村は、いつも活気に満ちている。


石畳の道を歩く私の背中には、4つの「世界の理(もふもふ)」が詰まった巨大なリュックが、一歩ごとに「ボフッ、ボフッ」と柔らかい音を立てて弾んでいた。


「ひ、……ひぃ。……重い。……毎度のことだけど……」


このちまっこい身体には、この重量はもはや苦行に近い。


でも、ここで弱音を吐いたらプロ失格よ。


これは筋力トレーニングを兼ねた、崇高な教育的行事なんだから。


……よし、気合を入れ直して!


私が村の広場に足を踏み入れると、すぐに馴染みの村人たちが顔を輝かせて集まってきた。


「おや、ネネちゃん! 今日もまた、自分より大きな荷物を背負って。相変わらず働き者だねえ」


野菜を並べていた八百屋の頑固親父さんが、呆れ顔で笑いながら、立派なキャベツを一つ、私のリュックの隙間にねじ込んできた。


「あ、ありがとうございます! でも、これ以上重くなると、私、後ろにひっくり返っちゃいそうで……」


「ガハハ! そん時は俺が支えてやるよ。ほら、これは売り物にならないおまけだ。持っていきな!」


村の人々にとって、私は「森の奥の古い家に住み、親戚の子や預かり子たちを育てている、ちょっと危なっかしくて一生懸命な苦労人の娘」として認識されている。


王都の「元・飼育員」という肩書きなんて、ここには存在しない。


ただの、背の低い、頑張り屋のネネちゃんだ。


私は、まず村の隅にある、古びた、けれど信用のおける質屋へと向かった。


店主は、私が差し出した『魔力水晶』と『翡翠の欠片』をルーペで覗き込み、一瞬だけ目を見開いたが、すぐにいつもの冷徹な商人の顔に戻った。


「……相変わらず、どこで見つけてくるんだか。ネネちゃん、あんた、森の妖精にでも好かれてるのかい?」


「ふふ、まあそんなところです。……これ、いくらになりますか?」


提示された金額は、見切り品の黒パンが数千個は買えるほどの大金だった。


私はそれを慎重に財布に収め、1G(ゴールド)単位まで家計簿の隅にメモをする。


大金を手にしたからといって、贅沢をするつもりはない。


これはすべて、あの子たちの「未来の養育費」なのだから。


さて、ここからが今日の本番、食料品の買い出しだ。


「ええと、まずは……山羊乳ね。……おじさん、いつもの『銀月ブランド』を3瓶、それから一般用のを1本ください」


「はいよ! 今朝届いたのは、特に新鮮だよ」


その時だった。


私の背中のリュックが、不自然に「ビクンッ!」と跳ねた。


すぐ隣の精肉店から、芳醇な、そして抗い難い「生肉」の香りが漂ってきたのだ。


「ぴ、……ぴぃ……(食べたい……)」


リュックの右側、ヒナがいた場所から、消え入りそうな、けれど切実な鳴き声が漏れた。


それだけではない。


左側のユキが、隙間から鼻先を「ひょこっ」と突き出し、クンクンと空気を嗅ぎ始めている。


「――っ!? ちょっと! し、静かにしてっ!」


私は慌てて、自分の背中を壁に押し付けるようにして、必死にリュックを揺らした。


「あ、あははは! い、今の音は、私のお腹の音なんです! すっごくお腹が空いてて、まるで鳥が鳴いてるみたいな音がしちゃうんですよ、私!」


精肉店のおばさんは、目を丸くして私を見つめた。


「まあ、ネネちゃん。お腹が鳴るどころか、なんだか鞄の中から白い毛束が見えてるわよ? ……あら、これ、とっても綺麗なファーね。最近の流行りかしら?」


ユキの鼻先が、完全に出てしまっている。


私は冷や汗を流しながら、無理やりユキの頭を押し込み、必死の笑顔を作った。


「そ、そうなんです! これ、最新の『駆動型・魔法ファー』なんです! 触ると動くし、時々鳴くし、何よりとっても暖かいんですよ! ほ、ほら、動いた! すごいでしょ!?」


ユキがバッグの中で「わふんっ!(狭いってば!)」と抗議の声を上げたが、私はそれを力技で無視した。


さらに悪いことに、影の担当であるヨルまでが、美味しそうな肉の匂いに釣られて、影の触手をリュックの底からスルスルと伸ばし、肉屋の店先に吊るされたベーコンに手をかけようとしている。


「ヨ、ヨル! だめ、戻りなさい!」


私は、小刻みにステップを踏むようにして、影の侵食を自分の足で踏んで止めた。


周囲から見れば、巨大な荷物を背負った小柄な少女が、肉屋の前で奇妙なダンスを踊りながら自問自答しているという、極めて不審な光景だ。


「ネネちゃん……。あんた、本当に大丈夫かい? 疲れが溜まってるんじゃ……」


「大丈夫です! 絶好調です! ……ええと、おばさん! その『魔獣のヒレ肉』、一番良いところを2kgください! あと、端っこの安い切り落としを、100g!」


私は、店主たちの心配そうな視線を振り切るようにして、急いで会計を済ませた。


リュックの中では、もはや「社会見学」のルールは崩壊しつつある。


4つの毛玉ズには、私が作成した『社会見学のしおり』を事前に履修させていた。


そこには社会見学中に「やってはいけない10ヶ条」という名のルールが箇条書きで記してある。


それにも関わらず、毎度こういうハプニングに見舞われる。


ルウは底でスヤスヤ寝始め、ヒナは肉の匂いに興奮して熱を上げ、ユキは狭さに怒って冷気を出し始め、ヨルは影でいたずらを企んでいた。


うん。


やっぱり、この子たちを連れての買い物は、命懸けのミッションだわ。


でも、見て、ヒナ。あの美味しそうなお肉。


帰ったら、最高のご馳走にしてあげるからね。


だから、もう少し、もう少しだけでいいから、お利口さんにしてて……。


私は、重さとカオスが増したリュックを背負い直し、切実なる願いと共に、次なる目的地――「見切り品セール」のワゴンがある雑貨屋へと、決死の覚悟で歩を進めた。




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