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第32話 毛玉たちの看病

嵐のような看病と、迷走看護団による妨害工作が続いて数時間。


茜色の静寂が保育園を包み、剛山象(ベヒモス)の花々が放つ燐光がリビングを照らしていた。


私の胸元で、規則正しい、けれど力強い呼吸音が響き始める。


ユキの体温を奪っていた、あの焼けるような「成長熱」は、氷晶万年雪の冷気と私の執念の「看病」によって、ようやく鎮まりを見せていた。


「……ん、……ユキ? 下がったかな」


私がそっと彼女の額に手を触れると、そこには驚くほど澄んだ、心地よい冷たさが戻っていた。


すると、その瞬間に奇跡が起きた。


パキパキパキ……ッ!


ユキの身体から、ダイヤモンドダストのような輝く粉塵が舞い上がり、彼女の濡れそぼっていた銀の毛並みを一瞬で乾燥させ、以前よりも数段上の白銀の輝きへと塗り替えていく。


内側に溜まっていた不純な熱量が氷結へと昇華し、彼女の『冬の理』が一つ上の段階へと覚醒したのだ。


「わ、……わふんっ!!」


ユキが、力強く目を開けた。


彼女の瞳は、まるで宝石のように研ぎ澄まされ、その奥には王の威厳が宿っている。


彼女は私の腕から飛び起きると、元気を確認するようにリビングの中央で一声吠えた。


わおーん! と。


本人は群れリーダーの白狼にでもなったかのように、毅然としているつもりなのだろうが、背伸びしているようで、正直可愛い。


――が、その瞬間だった。


吹き荒れる雪嵐。


「ひゃあぁぁぁ!? つ、冷たいっ!!」


ユキが放った歓喜の咆哮と共に、超高密度の冷気がリビング中に炸裂した。


壁は瞬時に霜で覆われ、飲みかけのハーブティーは芸術的な氷の彫刻へと変わり、私の身体は、危うくその場に氷漬けの標本として固定されるところだった。


「ユ、ユキ……! 元気になったのは嬉しいけど、加減してっ! 凍っちゃうわよ!」


「わふぅ!?(あ、ごめん!)」


ユキは慌てて冷気を吸い込むと、私の元へ駆け寄り、心配そうに私の顔をペロペロと舐め回した。


図体はまだ赤ちゃん狼のまま。

けれど、その舌から伝わる冷気の質は、間違いなく「冬の王」のそれだった。


よかった。本当に、よかった。


あんなに弱々しく私の指を吸っていたのが嘘みたい。


でも、少しだけ寂しいわね。


あんなに私に縋り付いていたお姫様が、もう元通りなんて。


私が安堵の溜息をつき、凍えながらもユキを抱きしめた、その時。


部屋の隅で様子を見ていた「看護団」の毛玉たちの間に、奇妙な沈黙が流れた。


ヨル。ルウ。そしてヒナ。


彼女たちは、私にこれでもかと甘やかされ、お姫様のように尽くされ、挙句の果てに「ちゅぱちゅぱ」と添い寝までされたユキの姿を、その目に焼き付けていたのだ。


「……ん? みんな、どうしたの? ユキが治ってよかったわね」


私が声をかけた瞬間、それは始まった。


「……くぅ、……んぅ……」


まずヨルが、わざとらしく千鳥足で歩き出し、私の膝元で力なくパタリと倒れ込んだ。


その瞳は、まるで今にも消え入りそうな灯火のように潤んでいる。


「も、……もきゅぅ……」


次にルウが、今朝のユキの真似をするように、耳をだらんと垂らし、私のエプロンの裾を弱々しく「ぎゅっ」と掴んだ。


そして、わざとらしくハァハァと荒い息をつき始める。


「ぴ、……ぴぃ……。ぴ、ぴぃ……」


最後はヒナだ。彼女は自分の熱を極限まで下げ(これはこれで体に悪い)、冷たくなった体で私の肩に頭を預け、震える翼で私の頬を撫でた。


「え……? ちょ、ちょっと待って。みんな、まさか……!?」


園児たちが1つ、また1つと、私の身体に縋り付いてくる。


それは、どう見ても「仮病」だった。

それも、お世辞にも上手とは言えない、演技力ゼロの「甘えたいアピール」の塊だ。


「ヨル、あなた全然熱くないわよ! ルウ、その目は明らかに『さあ、ちゅぱちゅぱの時間よ!』って期待してるわよね!? ヒナ、わざと冷たくなるのは危ないからやめなさいっ!」


ちまっこい私は、再び4つの赤ん坊たちに押し潰された。


ヨルは私の指を強引に口に入れようとし、ルウは「何か食べたいものはある?」の質問待ちで口を開け、ヒナは添い寝のポジションを確保するために私の服を引っ張る。


復活したユキが、それを見て「ここは私の場所よ!」とばかりに割り込み、リビングは一転して、史上最大の「甘えん坊大戦争」の会場と化した。


「あああ! もう! わかったわよ! 順番に、全員に『看病ごっこ』してあげるから! だから大人しくしてっ!!」


地獄だわ。甘い、甘い地獄。……でも、まあいいか。


みんな、ユキが心配で頑張ってくれたんだもんね。


今日だけは、私の指がふやけるまで付き合ってあげるわよ。


保育園に、四つの異なるリズムの「ちゅぱちゅぱ」音が響き渡る。


私は、4つの重みと温もりに埋もれながら、幸せな悲鳴を上げ続けた。


その様子を。


窓の外、陽が沈み始めた森の境界線から、静かに見つめている幻獣。


ユキの母親だ。


彼女は、元気になって自分よりも元気に吠える娘の姿を、そして、その娘が「友人」たちと混沌とした愛情表現に興じている姿を確認すると、安堵したように小さく鼻を鳴らした。


そして、彼女は「もふもふ」で溺れそうになる私に対し、一度だけ、月の光のような美しい冷気を風に乗せて送り、闇の中へと消えていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◼️保育日誌:星暦9999年、深冬の月


●園児:【お泊まり組】ユキ、ヨル【通園組】ルウ、ヒナ


●出来事:ユキちゃんの成長熱。氷晶万年雪による緊急処置。

     意識混濁状態からの劇的な覚醒とパワーアップ。


●特記事項:ユキちゃんの覚醒により、リビングの家具が一部氷河期に突入。

      その後、ヨル・ルウ・ヒナによる同時多発的な仮病が発生。

      園内は深刻な「甘えん坊不足」に陥る。


●園長のコメント:私の指は現在、園児たちに吸われ続けてふやふや。

         でも、たまにはあの子たちの演技に付き合ってあげようと思う。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


夕日が差し込むリビングで、私たちは通園組のお迎えを待つ。

私は4つの「満足げな寝顔」に囲まれながら、心地よい疲労感を味わい尽くした。




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