エピローグ1
「――いつまで寝ているつもりだ。外が騒がしいが、相手をしてやらなくて良いのか?」
闇の中に六つの眼が浮かび上がる。私は心地良い眠りの中にいたのだが、その地獄の底から響いてくるかのような声によって意識を引き戻された。
「――クク、ついにお前は地に堕した。努力は露と消え、最早縛るものはない。惰眠など貪らず、ただ望むがままに行動せよ。それこそが我が望み、欲に溺れるお前を見ることこそが我が宿願……さあ、かつての願いを手離し、根源より沸き起こる七つの大罪に身を染めよ」
意識の中、暗闇の世界で黒助ドラゴンは御託を並べて私を見下ろしていた。目が覚めて一番に目に入るのがこの禍々しい姿……周囲の暗闇と同化しているせいで大きなゴキブリに見えてしまい、危うく悲鳴を上げそうになる。
「はあ、もぉ! ドラゴンごっこも十分でしょ!? そろそろその汚い着ぐるみ脱いでもらうよ!」
私は肉体をイメージして意識空間に自分を作り上げると、拳を思い切り振りかぶりドラゴン目がけて振り下ろした。
ここは私自身の意識の中。私の思い通りのことが起こる。拳は衝撃破を生み、ドラゴンの体を粉々に砕いて吹き飛ばした。
「――の、ぁ、ぁあああああああああああっ!?」
黒助ドラゴンは見た目に反した間抜けな声を上げた。
体は霧散し、その中からごろごろと転がり出てくるものがある。
白いローブに身を包み、赤味がかっていて波打っているブロンドヘアを無造作に垂らしている、その姿――
手加減しろっつーの、とぼやきながら立ち上がった彼女の顔立ちは、勝ち気で粗野とも言える表情をしていてもママにそっくりだ。
「あーあ、見事に壊してくれちゃって……いつもいつもやってくれるよなぁ。ガワを作るの結構大変なんだぞ?」
困ったものだ、とでも言いたそうにしている彼女。名前は、ターナ・ラファエル。
正真正銘、カエラママの娘だ。私を生かすためにその身を捧げたが、謎の組織によって【聖天使】に近い体にされた私は彼女の肉体と近い存在になっていた。だから彼女の意識は『データを移行する』かのように私の体と混ざり合い、生き永らえていた。
「大変って……毎回不思議に思ってたんだけど、ああいう着ぐるみってどうやって作ってるの?」
「ほら、こうするんだよ。お前の意識を形作ってる、この周囲の暗闇。こうやって摘まめるんだよね」
ターナはすぐ横の空間を掴むような真似をする。驚くことに、ぎゅむ、と私の意識そのものである暗闇がターナの手に潰され、ぶちっ、と千切り取られた。
「ちょっと待ってどういうことなのそれ!? わ、私の意識が千切られた……? 私の脳みそ壊してるんじゃないの!?」
「さすがにそんなことはないだろうけどさぁ、でも面白いだろ? こうやってこねくり回しているうちに色がついてくるんだよ。で、組み合わせたら何でも作れちゃうってわけで――」
「やめて、やめてっ! 脳みそこねこねされてる気分になる!」
「あっはっは! 大丈夫だって! ここはお前の意識でもあるけど、溶け込んでいる私そのものでもあるだろ? だから私は何にだってなれるし、何にでも作れるんだよ」
おしとやかなママと違い、ターナはからからと男勝りな笑い声を上げる。ぽんぽんと私の頭を叩く力が強くて、私はどんどん屈んでいった。
「何にでもなれるなら、もっと見てて気分の良い姿になってよね。いやそもそも驚くから変身しないで欲しいんだけど……」
「いいじゃんか、退屈なんだよ。『アナザーアース』にバグとして紛れ込むか、あんたの目を通して世界を眺めるしかやることないんだぜ? ……でもまあ、今後はそういう遊びは少なくなるかもな」
「そうなの? 何か面白いことでも見つけた?」
「ああ、見つけたよ。お前の未来だ」
ターナは私の頭を叩くのを止め、代わりに優しく撫でてきた。その手を押し上げるように顔を上げると、慈しむような眼差しを向けてきていた。
「あの地下施設……ゴミ虫どもの実験場で出会った時から、お前には幸福と喜びを知って欲しかった。死ぬことに安らいでいたお前には、その二つを知って欲しかった。あれから十年も経っちまったが……本当に良かったよ。お前に友だちができてさ。まったく、何度『私らのことはいいから自分のことを考えろ』って言ったんだろうな?」
「ターナ……私も何度も言ってるけど、二人のために生きることは私の幸せだったんだよ。縛られていたわけじゃなくて、見知らぬ私のために命を使ってくれたこと、赤の他人の私のために大事なものを犠牲にしてくれたことが本当に嬉しくて、それまでの何もない人生にとっては宝物のようで、だからずっと大事にしてきただけなんだよ。でも、そうだね――」
私は頷き、ターナの手を取ると、姉のように親しんできた彼女に向かって思い切り笑顔を浮かべてみせた。
「友だち、できたよ。三人もね。前よりもっと、幸せな感じがする」
「ははっ、そうか、感じがするか! なら、その感じをもっと噛みしめろ。そして青春を謳歌するんだぞ」
「やってみる。楽しい感じを噛みしめて、青春とやらを謳歌できるよう努力して……そして今まで通り、ママとターナを会わせられるようにギフトカードを探しに行ってくる」
ターナは苦笑し、「お前はほんと頑固なやつだなぁ」とぼやいた。
「分かった、そこまで言うのなら、もう止めん。のんびり待つことにするよ。しっかり人生楽しんで、そのついでに復活よろしく」
「任せて。必ず一億円稼いで、『子宮』を手に入れて、もう一度ママと会わせてあげる」
ターナは少し寂しそうな笑みを浮かべ、「うん……頼むな、ミコナ」と囁くように言った。
今後何作か完結作品を投稿予定。奈坂秋吾ツイッター(@nasaka_syugo2)
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