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頂点少女は全てを守る  作者: 奈坂秋吾
Episode:5 一つだけじゃない
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31/33

5-5

 ズゴン、と音を鳴らして氷塊が突き刺さった山の頂上。

 私はゆっくり下り立つと、眩暈を覚えて崩れ落ちた。


 勝った……戦いには勝った……けど……。


 胸元を握った手が震える。全身を締め上げられるような感覚があった。

 黒助ドラゴンは何も言ってこない。私の意識の中、目を閉じ完全に沈黙してしまっている。『アナザーアース』へのシステムに介入すると疲れてしまうらしいので、昏倒してしまうとなると相当な負荷がかかったということだ。


 そんな黒助の様子は……私の『決断』と『結果』を証明するものでもある。

 苦しくなって俯いた時、ばさっ、と羽ばたく音が聞こえてきた。それとともに大きな影が周囲を包み込む。

 はっとして立ち上がると、頭を出したばかりの太陽に重なって羽ばたく白鳥が見えた。


「ミコナ! あぁ、良かった、無事だったのね!?」


 ママは私から少し遠目に下りてくると、すぐに人の姿に戻って駆け寄って来た。

 私をぎゅっと抱きしめ、魔法であっという間に傷を治すと、それからようやく氷塊へと目を移した。


「そう……たった一人で戦って、倒したのね。もし彼女を野放しにしていたら一体どれだけ被害が広がったことか……本当によくやったわ、ミコナ。それで、古代魔法を発動するための機械はどこへ?」

「『タリスマン』なら一緒に氷漬けにしたよ。これなら誰にも取り出せないから安全でしょ? あとはこれだけど……」


 ポケットから取り出したもう一つの『タリスマン』を【風魔】魔法で吹き飛ばす。内部に暴風が流れ込んだことで空中分解し、彼方へと散っていった。


「これで脅威は完全に取り除けたということね。なのに、どうしてそんなに辛そうな顔をしているの? まだ傷が残っているのかしら?」


 ママが心配そうに私の体を調べ始める。私は「そうじゃないの」と否定するが、ママの顔が見られなくて、俯いてじっとすることしかできなかった。


「私……私っ……頑張ったよ。頑張って、キリエを止めたよ……でも、でもね……」


 かっと目の奥が熱くなって、視界が歪んだ。

 喉が震えて、声が上ずってしまう。


「ずっとずっと、何年もかけて集めてた『円』が……全部、なくなっちゃった……本当に、一円たりとも残ってない……あのお金は、ママのためのものだったのに……ママのお金だったのにっ、全部なくなっちゃった……」


 悔しくて、申し訳なくて、ぎゅっと手を握って堪えなければ潰れてしまいそうだった。頬を伝う涙を拭うこともできないほどに、事実は私の心を締め上げていた。


「ママが一番なのに……! 最も大切なものを犠牲にしてまで私を生かしてくれたママこそが、私の最も大切な人のはずなのに……! ごめんなさい、ごめんなさいっ……友だちを傷つけられたことがどうしても許せなくて、怒りで頭が真っ赤になって、使い果たじぢゃった……!」


 声が震えるのを抑えられない。

 ずっと夢見てきた、ママとターナの再会が露となって消えてしまった。

 本当に、目の前に、ママの幸せがあったのだ。

 私はそこに手を伸ばすことができたのだ。

 なのに、感情に任せた結果がこれだ。

 命を救われた者として、何よりも優先しなければならなかったはずなのに、私は私の感情に負けてしまったのだ。

 申し訳ない……本当に申し訳ないっ……!


「…………、私の中でとてつもなく大きな違和感があったわ。いえ、違和感と言うよりも、エラーとか、ハッキングと言ってもいいかもしれない。あれはミコナの影響ね? 航空券を買うと様々な魔法が使えるという特別な力を使ったのでしょう?」


 嗚咽を漏らしながら、どうにか頷く。

 ママは、「やっぱりね。きっとそうに違いないと思って大急ぎで来たの」と言うと、私の前に両膝を突いた。

 そして、目を伏せて泣きじゃくる私の頭をそっと撫でてくる。


「ミコナ、いい? 人はね、心の中に宝箱を持っているの。その宝箱は、とっても大事にしている物や記憶、そして誰かへの想いを入れるものよ。本当に特別で、大事なものだけを入れられる箱なの」


 ママの優しい囁き。

 恐る恐る顔を上げると、ママは笑顔を浮かべていた。

 本当に愛おしそうに、心底幸せそうに、微笑んでいた。


「『一番』は、一つだけじゃないの。その宝箱に入っているものが、全部一番なの」

「一番は……一つじゃない……?」

「私のことを一番だと思ってくれるのは本当に嬉しいわ。でもね、もう私だけじゃなくなったのよ。私ではない『一番』のために、あなたは戦ったの。それは決して間違いなんかじゃない。誰にも否定できない、当然のことだったのよ」


 そうか。そうだったのか。

 私は仲間たちのことを、ママと同じぐらい大切に思っていたのか。

 その言葉は私の世界を広げるかのような衝撃を与えてくれた。暗闇に光が差し込むかのような、救いの言葉だった。

 だからこそ、余計に悲しくなってしまう。そんな慰めの言葉をママに言わせてしまったことが、苦しくてたまらない……。


「でも私はママの一番じゃない! いなくなってしまった一番の代わりでしかない……! ママのその言葉は、本物の一番に言ってあげるものだ! 私が受け取っちゃいけないものだった! もう少しで、その一番を取り戻せたのに……もうちょっとだったのに……!!」


 激情に駆られて吠え猛った。常々ママの恥とならないよう、冷静かつ知的でいることを心がけてきたのに、今は堪えることができなかった。


「ミコナ」


 ママが私の名前を呼んだ。


「ちゃんと理解しているわ。私のどこかに不具合が生じていて、とても大切にしている存在の記憶が封印されていることを」


 その衝撃の告白に、私は叫ぶのを止めてママの顔を見つめてしまう。


「あなたが何度も何度も思い出させようとしてくれたことで、ようやくそれに気づくことができたわ。そしてあなたとの出会いの記憶もね」

「そ、そうだったの……? なら、どうしてこんなに優しくしてくれるの……?」

「だってあなたは、私の一番だから」


 ママは私の肩を包み込み、私の目を真っ直ぐ見つめてくる。

 封印した記憶に触れているのに、その目に【紫紺の呪縛】の模様が浮かんでいなかった。


「出会いがどうであろうと、血の繋がりがどうであろうと、あなたは私の特別な宝箱の中にいるわ。ずっとずっと宝箱の隅に隠されている『誰か』の傍に居続けてくれたこと、本当にありがとう。私が思い出すことができないでいるその子の傍にいてくれたこと、心から感謝するわ」

「ようやく、そこまで……うぅ……ママ……ママぁっ……!」

「私は、私の一番であるあなたが、宝箱の中身を自らの手で増やせたことを心の底から嬉しく思う。そして、誰かの宝箱の中に入ることができたことを『親』として幸せに感じるわ」


 ママはそう言って、顔を横に向けた。

 誘われるようにそちらを見ると、集団が山の上に現れるところだった。

 私は驚いて目を見開いてしまう。

 キリエの討伐に来たのであろう者たちの中に、仲間の姿があったのだ。


「あぁ、どうして……何で来ちゃったんですか!? あんな大怪我した後だっていうのに……リリンだってあんなに真っ青で……!」


 ルカは見知らぬ金髪碧眼の美女に背負われて、リリンはその足で私へと駆け寄って来る。


「どもども、ミコナさん! この通りぴんぴん……とまではいかないですけど、援護するぐらいならできるかと思いまして、はせ参じたましたよ!」

「言い忘れてたんだけど、分身壊されて気を失っても、せいぜい三十分程度で全快するのよ、あたし。と、いうわけで、ドンパチ聞こえてくるから討伐隊と一緒に大急ぎで来たわ。どうせあんたが戦ってんだろうと思ってね」

「それで、あの女は? キリエはどこに? わたしの仲間を傷つけた罪、償ってもらうぞキリエェーッ!!」


 ルカもリリンも快活に言い、金髪碧眼の美女はその中世的な顔立ちに憎悪を滾らせて周りを見回していた。すぐに氷塊の中のキリエを見つけ、「あれ、キリエさんでは!?」「ちょ、もう終わってんじゃん!」「なっ……この怒り、どこにぶつけろと!?」と驚嘆の声を上げる。


 仲間たちは、戦うつもりで来たようだ。

 私がここにいることを報せてないのに、私の行動を察し駆けつけてくれたのだ。


「良かったわね、ミコナ。本当に……あなたに友だちができて、本当に良かった」


 ママが、それこそ本物の『親』のように私の肩を抱いてそう言った。

 仲間たちが呆れ顔をしながらも、さすがはミコナ、と誇らしげにしてくれている。

 もう、我慢できなかった。

 私は人前だというのに、我慢できずにわんわんと泣き出してしまった。


「おっと!? どうしたんですか、ミコナさん?」

「うわぉ、全力の泣き顔じゃん。何よ、怪我でもして……るようには見えないわね」

「ずみばせん……何がわがらぬぁいげど、ぎもぢ高ぶっぢゃっで……!」

「ええ、何ぃ? 何てぇ?」

「気持ち昂って、じゃないですか? そうですよね? ミコナ先輩」

「はいぃ……でいうが、あなだ誰なんでずがぁ!」

「えぇ!? ライアですよ、ライア! 声とか雰囲気で分かりませんかぁ? ちょっとショックですよぉ……」


 ルカとリリンが笑い、ライアは落ち込んだ様子を見せるが、すぐにその美しい顔に笑顔を浮かべた。

 ここにママがいて、ルカがいて、リリンがいて、ライアがいて、みんなが笑顔で私を囲んでいることがたまらなく嬉しい。


 私は、更に声を張り上げて泣き続けた。

 あの日……ママとターナと出会った日、私は死ぬはずだった。

 空っぽで、幸福という概念を知ることもなく、消えるはずだった。


 だが今は、心が満ち満ちている。空っぽだった心は、たくさんのものでいっぱいだった。

 戦いが終わって全てを失ったと思っていたのに、こんなにも私には大切なものがある。終わったと思ったことはまだ始まったばかりで、全てはこれからなのだ。

 それが分かって、私は嬉しくてたまらず泣き続けるのだった。

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