5-4
――楽になりたい。この苦痛から解放されたい。
そう思うのに、私の頭は仲間たちのことを思い出す。
サバを読んで年下のフリをし、若さに固執しているところがあるが芯のある大人のルカ。
グラマーを目指して間抜けなことばかりしているが、何だかんだと行動力があり、いつだって私たちを引っ張っていてくれたリリン。
可愛らしさを求めて暴走気味だが、誰よりも優しく、私たちのためなら戦士になることも厭わないライア。
……三人のことが好きだ。目的のために力を隠し、危険に晒したというのに、私を受け入れ、抱きしめてくれた三人ことが大好きだ。
……守りたい。三人の未来を、どうしても救いたい。
だから、起きろ私ッ!! こんなところで終わるんじゃないッ!! 命を燃やし尽くせッ!!
「……ぁ……ぅ、ぅぅ、ぐぅるぅぅぅぅぉぁぁぁああああああアアアアアッッ!!!!」
目を開き、風の翼を形成。
落下にブレーキをかけ、頭を空へ、足を地上へと向ける。
肩で息をし、血を吐き散らすが、どうにか意識を取り戻す。
……大丈夫、まだ戦える。
手を握り締めて、私は顔を上げた。
「――――…………っ」
地平線より差し込んできた、まっさらな朝日を背に悪魔たちが浮かんでいた。
全部で六体……倒したはずの悪魔たちは再形成されていた。
「そろそろ終わりにしよう、ミコナ! 君との戦いは刺激的でなかなか楽しかったよ! しかし夜は明け新時代が幕を開けた! 君の死によって、ブルーノの世界に終わりを告げさせてもらうよ!」
悪魔たちが私へと突撃する構えを見せる。動いた時の金属と金属が擦れる音が、まるで死の宣告のようでもあった。
あと数秒……悪魔たちの攻撃が開始されるまでの猶予は、それだけだ。
だが、私は恐れない。恐れる必要はない。
なぜなら、私はこの世界で唯一、『アナザーアース』から全【聖天使】の『加護』を得られる存在だからだ。
「黒助、アレをやるよ……ずっと前に教えてくれた、あの秘術を……!」
私が言うと、脳裏に広がる『アナザーアース』の上空で黒助ドラゴンが動揺をみせた。
「――まさか、お前からそんな言葉を聞くとは……念のため訊ねておくが、アレを使用した場合、どのような結果になるのか理解して言っているのであろうな?」
「……もちろん理解している。だけど、キリエを倒すにはアレを使うしかない! みんなを守るためには、もうアレしか手段がない……!」
「――何度でも悪魔を復活させられる以上、その通りではあるが……そうか、お前はそれほどまでに仲間たちのことを……」
内なる黒助ドラゴンは尻切れに呟くと、その眼差しを細め、優しく微笑んだ。
かと思ったら、すぐに残酷に歪めて、
「――ついに我が悲願が叶う時なり! お前の願いを砕き、力と変えよう! 果てなき堕落の始まりだ!」
黒助ドラゴンの体表を走る電子回路が、赤、青、黄色、茶褐色、薄緑、黒、白に輝き始める。
それに合わせ、私の体にも同じく様々な色に変化する回路模様が現れた。
「――これよりお前が世界の王だ! ゆくぞ、『残高全放出』!!」
その瞬間、『アナザーアース』内に存在する全ての国が、日本へと接続される。
大規模なシステムへの介入により不具合が生じ、本来夜明けの時間では動かないはずの航空機が勝手に飛び立ち始める。
朝日に白む空に、吠え猛る黒助ドラゴンに追従して無数の鋼鉄の鳥たちが炎を吹かす。
全ての【聖天使】――ミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエル、サンダルフォン、メタトロン、ラジエルの『加護』が『アナザーアース』内全域に満ちた。
「目標を殲滅しろ、悪魔たちよ! 極限の死をあいつの命に叩き刻み込めッ!!」
キリエの合図とともに、キリエを内包する個体も含めた悪魔たちが動き出す。私を殺すためにそれぞれの能力を発動し、武器を構えて突っ込んできた。
もし、あの悪魔たちが世界中に散って行ったとしたら、一体だけでそれぞれの領を蹂躙し、一日だけで世界は滅ぶに違いない。立ち向かうことができる者はいないだろう。
ただ一人、この私を除いて――
「指令【大陸再形成極光砲――アルテミス】、発動」
そっと紡ぐ、古代の呪文。
手を前にかざすと、悪魔たちは崩れ落ち黒い風に戻った。
朝日に照らされ映し出されている世界のあらゆる色が、その物質の表面よりずるりと滑るかのように吸い出され、浮き上がる。
世界に存在した全ての色は私の手の中へと集まり、極彩色の球体を形成する。黒い風となった悪魔たちも吸い込まれ、構成する一部となった。
全てが灰色の世界。私の手の中の球体だけが、色を有している。
「こ、れは、まさか……待て、待て待て、待て待て待て待て!! 落ち着け、落ち着くんだ、ミコナ!! 撃つんじゃないぞ!? それは、地殻変動で形が変わってしまったこの地球を元の形に戻すための力だ! 一体どうして……全【管理者】から使用許可を得た場合にしか使えないというのに……何をどうやって発動させたんだ!?」
「私は、『アナザーアース』を介して『環境開発マシン』の起動信号を得ることができるんだよ。それが私の力……ターナが繋いでくれた命の輝きなんだ……」
「『アナザーアース』を、介して? あの世界に接続されているとでも言うのか? そんな……ということはまさか、お前に組み込まれた【管理者】たちは、お前の中で生きている……?」
「キリエ、今度は私が言うよ。これで終わりにするってね。今、ここら一帯の『環境開発マシン』は全て私の手中にある。私がこの球体を撃ち放つ瞬間まで、魔法を使うことはできないよ」
「な、何を言っている! まだ私が搭乗するレヴィアタンがあるじゃないか!」
「よく見てみなよ。そいつはもう、あなたの身動きを奪うただの箱だ。中身を抜いて、外側の一部を残しているだけだよ」
はっとしたキリエは手元のレバーをがちゃがちゃと動かすが、大蛇の搭乗部分しか残っていないそれはぴくりとも動かない。『タリスマン』を口元に寄せて悪魔を形成する呪文を唱えたところで発動することはなかった。
「さてと……あなたは私たち新人類の頂点だと言っていたよね? 偉そうに、不遜なことに、上から目線でそう言ったよね? そんなあなたに一つ、言いたいことがある」
私はキリエを睨みつけ、その眼差しに怒りを込める。
そして、困惑と憎悪、そして焦燥を浮かべるちっぽけな存在に向かって言い放った。
「その程度で私に勝てると思うなよ!! 今この時、この瞬間、私はこの星の頂点だッ!!」
右腕に左手を添え、極彩色の球体をキリエへと向ける。
腕の回路模様より七対の発光する翼が現れ、私の前方へと展開した。
その翼は砲筒だった。一定間隔を置いて一対ずつ翼が設置され、プロペラのように回転することで中央に円を描き、しっかりとキリエに狙いを定めていた。
「いくぞ、キリエ!! 私の友だちを傷つけた罪を償ってもらうよッ!!」
私の叫びとともに、極彩色の球体が弾けるように放たれた。
色の奔流が翼の砲筒の中を通り、キリエへと襲い掛かる。
「ぬぁああああああああああっ!! 私を守れぇぇえええええっ!!」
極光砲を放つ瞬間、手中に集めていた『環境開発マシン』も解き放たれた。
待機中になっていた【指令】の処理が進み始め、悪魔が再形成される。
悪魔たちはキリエの前に盾となって立ちはだかるが防ぐこと叶わず、色と色の狭間に飲み込まれ、そこに存在していなかったかのように溶けて消える。唯一、六翼六眼の悪魔はその巨体で受け止めるが、それも一瞬だった。胸に大穴を開け、極光砲はキリエを乗せるレヴィアタンとかいう悪魔に直撃する。
「くそったれ、ブルーノのガキがぁぁぁあああっ!!」
絶叫するキリエ。大蛇は解けるように消えていく。
そしてついに、キリエの体が宙に投げ出され――
その瞬間、私は極光砲を爆散させた。
虹色の風が世界を駆け抜け、全ての物質に色が戻る。灰色の世界は輝き出した。
死んだと思ったのだろう。落下を始めるキリエはきょとんとしている。
私はそんな彼女目がけて急接近し、
「スキル【氷精の牢獄LvⅤ】、【治癒魔法――強制休眠LvⅢ】、同時発動!」
彼女の額に指を当て、呪文を唱える。
キリエの周囲がきらりと輝き、彼女の体から氷が生えだして全身へと広がった。
「一体、何を……!」
「ここで消し飛ばしたりしたら、あなたの最期を見届けられなかった人たちが本当に安全になったのか確信できない。だから、眠らせて街へと連れ帰らせてもらうよ。その後の判断はママと他の聖天使たちに任せることになるけど、二度と目覚めることはないと思え」
「お前たちクソ虫どもの晒し者になれと言うのか!? くそったれがぁ……! こんな、とこで、終わるわけには……私の……私による……世界を手に、入れ……」
言い切る前にキリエはその瞼を閉じる。強制的に睡眠状態にさせる魔法が効いたようだ。
感情が抜け落ちた顔も氷が覆い尽くし、どんどんと成長して、キリエの二回りほど大きな氷塊となった。
朝日を受けて輝く氷の牢獄。キリエは完全なまでに封じられ、深い眠りに就いている。
私は大きく大きく息を吐き、白み始めている空を見上げた。
全身痛いし、叫び過ぎて喉がからからではあるが……、
それでも私は、戦いに勝ったのだ。
今後何作か完結作品を投稿予定。奈坂秋吾ツイッター(@nasaka_syugo2)
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