5-2
私は空を飛んだ。
木々をなぎ倒すほどの破壊的な風を巻き起こし、空を裂くように疾走する。
耳や尻尾が引きちぎれそうになって痛みを発しているが、構わず流星となる。
そして辿り着くのは……目印のように周囲一帯の植物が燃やし尽くされた、機械の要塞と化した大きな山。
【炎鬼】魔法で生み出された狐火がライトアップしている山頂に着陸。翼を爆散させることでブレーキをかけ、止まった。
視線の先……五メートル離れたところに背を向けたキリエが立っている。
彼女は振り返らず、挨拶でもするかのように右手を上げた。
その手には『タリスマン』が握られていた。よく見ると随分使い込まれたのか傷だらけで錆塗れだった。
「『破滅信仰者』を傀儡にでき、世界中の人間を屠ることができたのはこれのおかげだ。『環境開発マシン』ってのは、元は地球寒冷化初期の生存圏を賭けた戦争で生み出された極小兵器を改良したものでね。この『タリスマン』は殺戮を目的に運用する時に使用するはずだったコントローラーなんだ。私はそれを見つけ出し、復讐に利用したってわけだ」
キリエは手を下げると、項垂れるように肩を下げる。
「もう二度と使うことはないと思ったのに……まさかこの世界がブルーノの意志に侵食されているとは。なぁ、君の『タリスマン』から盗み出したバッテリーでどれぐらいもつと思う? やっぱりどこかで充電設備か新しい『タリスマン』を見つけないと、さすがに全世界の亜人を抹殺するにはエネルギー不足だよなぁ? ……って、はは! 皆殺しにして世界を滅ぼそうだなんて、これじゃあ物語の魔王のようじゃないか!」
キリエはぺらぺらと語ると暗い笑い声を上げ、肩を震わせた。
笑って、笑い続けて、しばらくすると――
「ミコナ……なぜ何もせず、黙ったまま牙を剥き出し、私を睨みつけているんだ?」
振り返ったキリエは困惑を含んだ苦笑を浮かべ、私の手元に視線を向けてくる。あまりにも強く握り締め過ぎて血が滴っていた。
「ミコナ、さっきは殺そうとしてすまなかった。どうせ断れられると思って、なら殺っちゃったほうが安全だなと判断したんだ。でも……君は私の三人の子を宿している。言ってしまえば、君は私の子のようなものだ。そうだろう? だからさぁ、一緒に来てくれよ。我が覇道をともに進むんだ。そうしたら、君が大切にする『ママ』には手を出さない。ブルーノの子の血が混ざってしまっているとはいえ、我が子の子孫だ。生かしといてあげるよ。だから、『あなたの旅に同行します』と言うんだ」
キリエはにやにやした顔で言うと、私の顔を覗き込んでくる。
「……なあ、どうして怒りを剥き出しにする? 今私は、君が最も大切にしていて、絶対に守りたいと思う存在には手を出さないと言ったんだぞ? これまでの言動を思い返せば嘘ではないと理解できるだろうに」
「……ええ、分かってますよ……神殿で放った火球も、ママにだけは当たらないようにしていたのも理解しています……」
「神殿を崩壊させて生き埋めにしようとしたのだけは本当に申し訳ない。ラファエルなら無傷でやり過ごせると踏んでのことだ。ああしないと逃げ延びて、こうして君と言葉を交わすことができなかっただろうからな」
「……そうでしょうね……ママは【聖天使】……あの程度ならどうにでもできる力を持っている……あなたなら、それを理解していることでしょう……」
「なあ、どうしたっていうんだ? 君の『一番』はラファエルのはずだろう? ラファエルにだけは、はっきりと『好き』って感情があったじゃないか。なら、その『一番』のために最善を尽くすべきじゃないのかい?」
「……確かに、私の一番はママだ……何よりも大事な人だ……この状況において何よりも優先すべき存在だ……大事なものを犠牲にしてでも、見知らぬ赤の他人の私を救ってくれたあの人の人生こそ、何をおいても護られ、全てにおいて幸福になるべきものだと思っている……」
私は確かめるように口にして、改めてその通りだと思った。
私の心がそう思っていることは確かなのだ。
なのに――
「なのに!! 頭の中でずっと、ずっと、仲間たちの顔が浮かんでくるのっ!! 血を吐いて苦しみ歪むルカの顔がっ!! 真っ青になって震えていたリリンの姿がっ!! 吹き飛ばされ、ばらばらに砕け散るライアの姿がっ!! 三人の傷ついた姿が、ママへの想いを塗り潰してしまう!! 私の仲間を傷つけたお前への憎しみが、ママへの想いを超えてしまう……!!」
こんな激情、今まで感じたことがない。
こんなにも声を張り上げたのは生まれて初めてだ。
これほどにまでに殺意を抱いたのは、人生で初めての経験だ。
「フゥゥゥ……フゥゥゥ……キリエ……本当に、亜人たちを滅ぼすつもりですか?」
感情を必死に抑えて問いかける。
キリエは、その心を映し出すかのような暗黒の空の下、青空を見上げているかのような爽やかな顔で答えた。
「ああ、滅ぼす。抹殺、虐殺、惨殺だ。この世界からブルーノの全てを消し去る。この世界を『私の才能が及ぼす結果』だけで染め上げ、『私の功績』だけで塗りつぶす」
「……っ!! それが、本心ですか? そんな理由で私たちを殺すと?」
「言ったはずだろう? 私は、私の研究を基に創られた世界で生きるのが願いだと。ブルーノの手が加えられた亜人たちを滅し、改めて私が編み出したプロセスを基に、私の亜人を生み出す。だから安心して欲しい。この世界はすぐに亜人たちでいっぱいになる。君はママとともに正しい世界で生きられるんだ。だから……な? 私とともに生きることを選んでくれ。新たな友だちも用意してあげるから、私を創造神として崇め、私の願いを叶えてくれ。そうしてくれたら君に危害は加えない。ラファエルも絶対に傷つけないし、全ての災厄から守ってあげるよ」
待て、待て、と私は私自身に言い聞かせた。
心を落ち着かせろ、何が一番か考えろ、と必死に頭を働かせた。
キリエの凶行はここで食い止める。それは絶対だ。殺人を容認できるわけがない。人としてありえない。
だけど、ママのことも考えなければ。もうすぐ一億円に達するというのに、力を使ってはいられない。
だから、落ち着いて、賢い打開策を考えなければ。
そう思うのに、私は……訊ねずにはいられなかった。
「……ルカは、リリンは、ライアはどうなるんですか? あんなに仲良くしていたのに……あの三人も殺すって言うんですか?」
するとキリエは、
「そりゃ、彼女たちもブルーノの子だからな」
と、当たり前であるかのように言った。
「でも、ただ殺すだけでは済まさないよ。ブルーノの子でありながら馴れ馴れしく話しかけてきた罪を償ってもらう。ルカは翼を?ぎ、二度と空を飛べない体にして種の尊厳を奪ってやろう。リリンは小さい体にコンプレックスがあったようだから、ばらばらにして更に小さくし、缶詰にしてやるのが面白いか。ライアは可愛くありたいと願っているようだから、醜悪な化け物に作り替えてブルーノの子の殲滅兵器にしてやろうかな」
言い終わったキリエは、「ははっ」と笑った。
楽しそうに。愉快そうに。
おもちゃで遊んでいる子どものような、無垢な笑顔だった。
その姿が目に映り、脳が理解した瞬間、私の中でプツンと何かが弾けた。
今後何作か完結作品を投稿予定。奈坂秋吾ツイッター(@nasaka_syugo2)
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