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頂点少女は全てを守る  作者: 奈坂秋吾
Episode:5 一つだけじゃない
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27/33

5-1

 アクシデントに強い冒険者が集まるこの街だけに、神殿の瓦礫の撤去も生き埋めにされた人たちの救助活動も迅速に行われていた。しかしあまりにも負傷者が多く大型診療所はすぐにパンクし、緊急的に借り上げた宿場町の宿屋へと担架の列ができていた。


 ルカは私の手で真っ先に大型診療所に運び込んでいたため、今はベッドの上で深い眠りについている。医者に診てもらったところ、「治療は完璧です、ミコナ様。あとは休ませるだけで問題ありません」と判断された。しかし、幾ら待っても呼びかけても目を覚ます様子はない。


 不安になっていたところ、「ルカの様子は? 体は大丈夫なの?」と声が聞こえてきた。振り返ると、ライアの救助に向かっていたリリンがこちらへ近寄って来るところだった。


「ええ、死にはしません。治療は完璧だと先生が言ってました」


 そのように伝えると、彼女は強張っていた表情に安堵を浮かべ深々と息を吐いた。


「ミコナごと倒れ込めば傷つくこともなかっただろうに……どんくさいんだから、もぉ」


 安らかだが未だ目を覚まさないルカの顔を覗き込み、リリンは語りかけた。生きていると実感し

たくて、そうしているように見える。


「でも、そうしたら私たちの後ろにいた人たちが串刺しになってしまった。だから身を挺したんじゃないでしょうか……」

「ルカのことだからそうかもしれないけど、自身を犠牲にするのは感心しないわ。そんなの、こっちが気分悪いっての」

「それで、ライアは? ライアも病院に?」


「ううん、あいつは今ラファエル様とともに救助の指揮を執ってるわ。鎧がほとんど砕けたっていうのに中身はまったくの無事でぴんぴんしてたわよ。で、それも驚きなんだけど……ライアのやつ、なんと中身は絶世の美女だったわ。あんたも見たらびっくりするわよ」

「こんな状況でよく軽口たたけますね。さすがはリリンですよ……」


 呆れて皮肉を口にしながらも、変わりない彼女の態度に安堵する。

 しかし彼女の横顔を窺うと、言葉の軽さとは違って余裕のない表情をしていた。

 その顔が、粉々にされた分身たちの顔とかぶって見えた。


「リリン……分身たちは……あの子は……どうなってしまったんですか?」

「…………ん? ああ、分身? 安心して、あれらに命はないから。破壊されても私の中に戻るだけ。あんたがカッコナキって呼んでるあの子も、今は私の中にいるわ」

「そ、そうですか。そうなんですね。安心しました、完全に消滅したわけじゃなくて……」

「……でもね、あれもやっぱりあたし自身で……理屈は分からないけど、死に至るレベルの攻撃を受けて消滅すると、あたしの脳に……強い負荷がかかる……久しぶりの同時消滅は、結構キツ……」


 言葉が途切れたその瞬間、リリンの頭がふらりと揺れる。

 私は慌てて体を向けると、倒れてきたリリンを受け止めた。


「リリン!? どうしたんですか、リリンっ!!」


 顔を覗き込むと、大量の汗を浮かべて真っ青になっていた。体は小刻みに震えている。


「大丈夫……すぐに良くなる……それより、ここ……診療所……静かにしなさ……」


 力を振り絞るような声でリリンは言うと、瞼を閉じて意識を失ってしまう。

 焦った私は床に寝かせると【治癒】の魔法で回復を図ろうとするが、


「ミコナ様、お待ちください! 魔族と我々亜人の身体構造はまるで違います! 安易に【治癒】の魔法を使用しますと悪影響を及ぼす可能性があるのです! 我々にお任せください!」


 すぐ隣のベッドで怪我人の問診を行っていた老医師が、大慌てで止めに入ってきた。すぐに職員が集まって来て、リリンを担架に乗せると運んで行ってしまう。

 担架の端から零れ、ぐにゃぐにゃと揺れるリリンの手が廊下の角に消えていく。

 何もするなと言われた私は、廊下に立ち尽くす他なかった。

 そんな私の横を別の担架が三つも通り過ぎていく。私はようやく邪魔者になっていることに気づいた。ルカとリリンの傍を離れたくなかったが……病院から出ることにした。


 ふらふらと、街路灯の炎の灯りに照らし出された夜の街を歩む。キリエが放った魔法が街全体に飛散っていたらしく、あちこちで火の手が上がっていた。

 ライアは……ライアはどこだろう。私は彼女を探して神殿跡地となってしまった場所へ向かった。だが、姿を見つけられない。

 ソウガおじさんがそこにいたので訊ねてみると、


「すまねえ、俺ぁ見てねえな。あちこちで火の手が上がってっから、その対処に向かったと思うんだが……それより、ミコナ。お前は家に帰ってろ。あんな強力な魔法が使えて、俺たちに殺意があるってんなら放っておくわけにはいかねえ。救助が終わったらキリエの討伐に向かうぞ。だからお前は今のうちに休んで、力を蓄えておいてくれ」


 周囲で瓦礫を一か所に集める作業していた他の人たちも、おじさんに同意する言葉を並べた。私に何かをさせるつもりはないらしく、おじさんは私の背を押してくる。

 彼らの意思を無視するわけにもいかず、私は一人、必死になって駆けずり回っている街の人たちと、傷つき倒れてしまった仲間たちを置いて家へと戻った。


 玄関の扉を開けると、書物でいっぱいのリビングが視界に広がる。

 私は本を避けてキリエが座っていたのとは逆側の椅子に座ってみた。

 静かだった。耳が痛くなるほどに。

 立ち上がって二階の自室へ向かう。『箱舟』に入り、ヘッドギアを装着して、『アナザーアース』へログインした。


 ぱっと視界がひらけて映し出されるのは、学校の教室。

 私と仲間たちが出会った場所。

 三人がぎゃーぎゃーと騒いでいるのを眺めていた、馴染みの空間。

 楽し気な三人の気配があるここなら落ち着くかと思ったのだが……やはり静かだった。心がざわめくほどに。

 下校時刻が過ぎていることでNPCたちもいなくなっているのもそうだが、ここを騒がしい場所と認識するための大事な要素が欠けていた。


「――また、一人だな」


 不意に聞こえてくる、重々しい声。

 振り返ると、教室の後ろの壁にノイズが走る影のようなものがぼんやりと浮かんでいる。

 私の意識の中に存在する、内なる黒助ドラゴンだ。


「――初めてここを訪れた時、お前に仲間はいなかった。ただひたすらに、母のためだけに行動する『自分』というものが曖昧な少女だった」

「……そうだね。今は本当の意味でママとターナを会わせてあげたいと、自分の『やりたいこと』としてそう思っているけど……あの時の私は、命を救われたことで知った『優しさ』を実践しようとしているだけだったように思う。子どもが耳にした言葉を繰り返すように、知り得た情報を発信しようとしていただけだったのかもしれない」


「――では、今はどうだ? 人の心に触れ、自身の心と向き合った今、お前はどのように変化を遂げた? お前の命は、心は、何を目指し何を目的としてそこに存在している?」

「また難しいこと言って……今一番大切にしてるものは何かってことだよね? それは……どうなんだろう。さっき、仲間の三人のことが『好き』ってことは分かったけど……でも考えてみると、やっぱり自分の中で一番大切なのはママで、私の人生の一番はママに報いることなんだよ。今までと何も変わらない。私は、何も変わってないんじゃないかな」


「――果たしてそうなのか? お前はなぜここへ訪れた? なぜ居間の椅子に座り、騒がしかった日々を思い出し、仲間たちの声を思い浮かべながらそこに立つ」

「何でだろう。分からないよ……」

「――本当に分からないのか? お前はもう自分の心が何を求め、何を叫んでいるのかを理解できるはずだ。さっさとそれに耳を傾け、思うがままに行動しろ!」


 黒助ドラゴンの叱責が木霊するかのように聞こえた途端、視界が真っ黒に染まった。黒助ドラゴンが勝手にログアウト機能を起動したらしい。

 私はヘッドギアを外し、『箱舟』から出た。一体黒助は何を言いたかったのだろう? 

 思うがままに行動しろ? なら、私はママの傍にいよう。ママの身の安全を最優先に行動する。だってママが一番なんだから。それはずっと前から変わることはないんだから。


 そうだ、だからこんなとこで管を巻いてないで、街に下りてママの姿を探し、傍にいるべきだ。そうするべきなんだ。

 気づいた私は家を出て歩き始めた。

 歩いて、歩いて、少しずつ駆け足になっていく。

 駆けて、駆けて、速度を少しずつ速めていき――


「……【風魔の大翼エアル・ウィングスLvⅤ】、発動」

今後何作か完結作品を投稿予定。奈坂秋吾ツイッター(@nasaka_syugo2)


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