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急ぎだとキリエが言うので調査は打ち切りになり、まだ施設の半分も漁っていないが街へと戻ることになった。
医学書といえば、「慈愛の聖天使の娘として学ばなければなりませんよ」とママに圧しつけられたものがたくさんある。それでいいかと自宅に連れて来てあげたのだが、
「ダメだ、こんな幼児教育向けでは理解が深まらん。もっとだ、あるだけ持って来てくれ」
二階の私の部屋や物置から一階のリビングでまで往復すること数十分。仲間たちと力を合わせた結果、リビングは本で埋め尽くされてしまった。
「うちにある医学書はこれで全部です。どうです? これで満足でしょう?」
「いや、これでは心もとない。それに他にも欲しいものができた。ルカとリリンは新しい医学書を十冊ほど、ライアはこの時代の医療道具一式を用意して来てくれ」
「はあ!? 用意ってあんた、あたしたちに買いに行けっての!?」
「うーん、十冊かぁ……ミコナ先輩の本ってラファエル様が用意されたものなんでしょう? これらを超えるものを揃えるのは難しそうですし、面倒臭いんですが」
不満を漏らすリリンとライア。するとキリエは「そうかぁ、嫌かぁ」と落胆した表情を作ってみせる。
「残念だなぁ。私の調査クエストには今人が殺到しているのは知っているだろう? 君たちを特別枠として参加させていたのだが、今後は難しくなるだろうなぁ。そうかぁ、でも嫌なら仕方ないなぁ」
その大仰で足元を見る言い方にはかちんとくるものがあったが、リリンとライアは「ぐっ」と呻いて黙り込む。ルカは溜息を吐き、私に顔を向けてきた。
「……仕方ありません。ワタシたちはひとっ走りしてきますから、引き続き監視をお願いします」
ルカはリリンとライアを引き連れて出て行ってしまい、私はキリエと二人きりになってしまう。その途端キリエは天を仰ぎ見て、「まいったね、こりゃ」と呟いた。
「何が『まいった』なんですか? 【聖天使】の話をしてから様子が変ですよ? 一体何を考えているんですか?」
ライアの言う通り、リビングに運んだ本は超えるものがないほどの一級品だ。キリエほどの人が分からないはずがない。何か私に話があって三人を遠ざけたんだろう。
「いやなに……とんでもない大仕事があることが判明して、これは骨が折れそうだと落ち込んでいただけだ」
「はあ、大仕事……ですか?」
「とろでだ、ミコナ。『環境開発マシン』は地球のテラフォーミングの補助装置として散布されたってことは知ってるかい?」
「? ……ええ、知ってますが?」
「実はあのマシン、種によって使用可能出力レベルが制限されているんだ。特に獣人族は一番厳しく設定してある。膂力に特化した肉体でマシンを使われたとしたら人間は太刀打ちできなくなるため、最初からそういうデザインで生み出したんだよ」
「ママ……ではなく、母から聞いたことがあります。実際、獣人族は魔法があまり得意ではないですし、獣人族の中から達人と呼ばれる域に達した人は聞いたことがないですね」
「でも君は、LvⅣ……おそらくは『第四号出力』と同等の力を扱っていた。獣人種はLvⅢまでしか扱えないはずなのに」
「え、ええっと……それは……」
「進化の過程で制限が解除されたのかと思っていたのだが……ルカの体表を走る回路模様を見て確信した。その制限は今も残っている。でも、君はどうしてあれほど強力な魔法が使えるのか――」
油断していたこともあったが、キリエのその動きはあまりにも素早かった。彼女は私の手を取ると、ぐいっと引き寄せて来る。袖を捲り、どこかの遺跡でに手入れていたらしいペンライトで肌を照らすと、くっつけんばかりに顔を腕に近づけてきた。
「なっ!? いきなり何ですか! 急に触れてくるなんて……!」
慌てて飛び退き、私はキリエの生暖かい息がかかった腕を擦ってぶるりと震える。
キリエはそんな私の様子など構いもせず、溜息を吐いて一人語りを始めた。
「遺跡からここまでの道でずっと考えていた……ラグエル、ゼラキエル、レミエル。あの子たちはどうなったのだろうと。おそらくは【管理者】全てをすげ変えようとして間に合わなかったのだろうが……とにかく処分され、参考資料やバックアップとして保管していた……と、いったところだろうか……」
「何の話をしてるんですか!? それ以上意味不明なことを言うとまた監禁しますよ!?」
「意味不明? 君の話をしているんだよ。ミコナ、君のその体は作り物だね?」
え!? と私は危うく声を上げそうになる。どこでその秘密を知られたのだと思い返していると、
「その顔、やっぱり秘密なんだね? 安心したまえ、君に落ち度はない」と全てを見透かしているかのようにキリエは微笑んできた。
「亜人はね、光を当てると肌を走る回路模様が薄っすらと浮かびあがるんだ。そして君の回路模様は三重になっており……しかもそのすべてが【管理者】のパターンを示している。とても馴染み深い、三つの回路がだ……」
「……と、いうことはまさか……私のこの体には、あなたが口にする、らぐえる? たちが組み込まれていると?」
「ああ……初めて会った時、なぜか君を懐かしいと思ったんだ。それでずっと君を傍に置いていたんだが……そうか、あの地下の照明が照らし出した、君の中にある我が子たちの回路模様が薄ら見えていたからだろうな」
わざわざ『子』というぐらいだ。とても大切な存在だったのだろう。それが悲しい結末を迎えた上に、見知らぬ私の中にあるのだ。動揺するのは無理もない。
……けど、遺跡での様子の変化は別種だったように思える。私は動揺を抑え込み、慎重にキリエを窺った。
「そういえばミコナ、さきほど古代遺跡で将来について問われていただろう? 答えは見つかったかい? やはりあの三人とクエストをこなす日々を送るつもりなのかな?」
「……随分と唐突に話を変えますね。もう私の正体についてはいいんですか?」
「いや、話は続いているんだ。どうだろうか、もし君の念願とやらが叶った後、何もすることがないのなら私の旅に同行しないか?」
「は? 旅って、ブルーノって人の陰謀の調査のことですか?」
「ああ、そうだ。君のその体の関係で、私は君に非常に親しみを覚えている。だから君には傍にいて欲しいんだよ。で、どうなんだい? 今後もあの三人とカード集めをするのかい?」
「うーん、どうでしょう……三人の手伝いをするのはやぶさかではないんですが、願いが叶っちゃうとすごく弱くなっちゃうんで、足手まといになりかねないんですよねぇ……」
「ふむ? 弱くなっちゃう、とは?」
「それは秘密です」
「やれやれ、君の心のセキュリティはどれだけ強固なんだ……」
「とにかく、これから足手まといになる私が一緒にいていいものかって思うんです。また別の強力な助っ人を見つけた方が、みんなのためになるんじゃないかって……」
「思いやりは美徳だが、結局のところは君がどうしたいのかじゃないか? あの三人は君のことを気に入ってるようだから、旅のことを話したらきっと引き留めるだろう。なら、君がどうしたいのかで答えは決まるはずだ」
「それは……分かりません」
「分からない? 三人と一緒にいたいのかどうか、という単純な質問だったんだが」
「……その答えが見つからないんです。三人は私のことを『好き』だから一緒にいたいと思ってくれるみたいなんですけど、その『好き』って気持ちが私にはよく分からないんです。分からないから、自分が三人と一緒にいたいと思っているのか、判断がつかないんですよ。……ちなみに、仲間の『好き』と私がママを想う気持ちとは違うんですよね?」
「うぅむ、えらく捻くれた悩み方だなぁ。真面目に答えると、それは『親子愛』で『友情』とは似て非なるものだな」
「じゃあ、どうすれば三人への自分の気持ちを知ることができるんでしょうか……」
「そうだなぁ……様々な方法があるが、『奢ってみる』ってのはどうだい? 何かを恵んでみて、惜しいと思わなければ、その人物のことが『好き』だと判断できるわけだ」
なるほど、『奢る』か。そういえば、『アナザーアース』で三人も私によく奢ってくれてたっけ。あれを通して三人は私に対する自身の気持ちを知ったのだろうか。
「……ま、思いやりがある時点で試す必要はないと思うがね。やるだけやってみるがいい。私は答えを待つ間に事を進めることにするよ」
キリエは自分に言い聞かせるようにそう言うと、立ち上がって玄関へと向かって行く。「ちょっと、何をしれっと行こうとしてるんですか。一人にはさせませんよ」
「なら神殿までついて来てくれ。その後、人を集めて欲しい。旅に出る前にみんなに挨拶をしておこうと思うんだ」
「もう行っちゃうんですか? ほんと、今日はいつにも増して脈絡がないですね」
「…………、色々と事情が変わってしまったからね。ところでミコナ、こういう大事なものはしっかり持っていなきゃダメだよ」
そう言ってキリエが投げて寄越してきたのは『タリスマン』だった。
受け取った私は慌てて調べてみるのだが、細工された形跡はない。
「ミコナ……人集めのこと、よろしく頼むよ。君だけじゃなく、君の仲間たちの分の特等席を用意しておく。だから、必ず仲間たちを誘っておいで。彼女たちのことが『好き』かどうかを確かめるついでだと思ってさ。別れの前の最後の頼みとして、しっかりと集めて来てくれよ」
『タリスマン』を調べる私に、キリエは上から静かに言葉を降らせてくる。
顔を上げると、キリエは口元に笑みを浮かべながらも冷静な眼差しを向けてきていた。
「まあ……断られるものだと思っておくがね」
今後何作か完結作品を投稿予定。奈坂秋吾ツイッター(@nasaka_syugo2)
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