3-8
孤独な日々……物心ついた時より、酒場のゴミ箱を漁って生きていた。
ある日、白衣を着た男たちが「家族が待っている」と言って私を馬車に乗せた。だが、両親に会える喜びに満ちていた私を彼らはズタボロにした。腕と足を?ぎ、内臓も入れ替え、全身をくまなく作り替えていった。そして、私に備わっていなかった機能を私の中に詰め込んだ。
こうして他人事のように思い出せるのは、もう他人の記憶になってしまったからだ。
私は生まれ変わった。ターナと同化して、肉体を新たなものにし、孤独であった私に『愛』と『家族』をママが与えてくれたから、私は別人になって救われた。
「……母さん……頼みがある……」
おぼろげだが、まだ覚えている。死ぬ間際の私を目の前にした、ターナたちの言葉。
「ええ……分かってるわ、ターナ……あなたは、『自分を使ってこの子を救え』って言いたいのでしょう……」
「へ……さすが私の母親だね……そうだ、私の体を使ってくれ……私の体を分解して、『環境開発マシン』の異常行動で犯された細胞だけを取り除き……この子の腐って崩壊し始めている体の『繋ぎ』に使うんだ。どうせ助からない命だから……せめて何か意味がある形で終わらせてくれ……」
「ターナ……あなたは、私がこの子を助ける覚悟を決めていることを理解してそんなことを言っているのでしょう? 私の苦悩を和らげるために、命を投げ打つようなことを……」
「……本心、だよ……だって、こんな小さな子が、こんな臭ぇとこで、こんな惨い死に方していいわけないだろ……だから、母さん……私を使ってこの子を生き返らせて……あるべきだった、はずの……未来を……この子、に……」
ママとターナの自己を犠牲にするほど慈愛に満ちた、あの精神性……ルカもリリンもライアにも備わっているのだ。三人の言葉には、ママとターナと同じ精神が宿っていた。
「――懐かしき記憶だな。あれはもう十年も前になるか」
内なる黒助ドラゴンが、懐かしむように言った。
「――よくまあ、ここまで生きてこられたものだ。ターナがいなければ、今頃お前はぐずぐずに崩れ落ち、地面の染みになっていたことだろう。お前はターナに感謝しなければならない」
うん、そうだね。本当に心から感謝している、と私は答えた。
「――ターナは願っていた。お前の明るい未来を。お前はその願いに報いるべきだ。こうして仲間を得た今こそ、それが可能だ。ターナを生き返らせることなど忘れて、仲間とともに生きてゆけ。快楽に身を委ね、思うがままに生きるべきだ」
私は、「あぁそうなのかもな」と思った。そうすることが、ターナたちの行いに対して最善の報い方なのかもしれないと思った。
でも……やっぱりそれはできない。
娘を失った直後だというのに微笑みかけてくれたママの顔を、「私がママですよ」と言って抱きしめてくれたことを、そしてママに抱きしめられた時の暖かさを忘れられない。
生まれて初めて抱きしめられた幸せを忘れられない。あの幸せをくれたターナの想いを忘れたくないし、あの暖かさを失ってしまったターナの心も、このまま消してしまいたくない。
そう、全てはあの暖かさから始まったのだ……心地良くて、柔らかくて……こんな感じだった……今まさに感じているこの暖かさこそが、私の最も大事な記憶――
「……ん……あれ……?」
はっとすると、私はルカとリリン、ライアに抱きしめられたまま仰向けに寝転がっていた。いつの間にか眠っていたらしい。私は無意識で体を包んでいる三人の腕を抱きしめていた。
夢の中で感じていた暖かさは、三人の暖かさだったようだ。勘違いをしたことに恥ずかしくなるが……でも、勘違いだと気づいても、心地良さは変わらなかった。
私は気づかれないように三人の腕を引き寄せると、ゆっくり目を閉ざし――
『……ガガ……おいおい、これで本当に……うぉ! 俺の声がそこら中から聞こえるぞ!? え? これが『まいく』の機能? これでミコナたちにも声が届くってことか?』
突然、聞き覚えのあるソウガおじさんの声が響き渡り、私たち四人はビクン!! と飛び起きた。「ほぇ? なんですかぁ?」「び……っくりしたぁ」「あぇ? 今目の前に綺麗なドレスがあったのに……どこいっちゃたのぉ?」と三人は寝ぼけた声を上げる。
『おいミコナとその仲間たち! 俺だ、ソウガだ! ようやく守護者たちを倒しきって、今お前らの捜索をしているとこだ! 塔のすげえ高い階層に色々と遺物があってよぉ、それいじりゃあ、お前らがいるかもしれねぇ地下に『えれべぇたぁ』ってのを送り込めるかもしれねえって遺物に詳しいやつが言ってやがる! そんなわけで心配せずそこでじっとしてろ!』
放送が終わると、私たちの周りの静まり返っていた機械たちに光が点った。壊れていたように見えたが、どうやらまだ動くらしい。
「意外と助けが来るの早かったですね。それともワタシたち、長いこと寝てたんでしょうか」
「はぁぁ……何かすっきりしたし、労力使わず脱出できそうでラッキーって感じ」
「あっ、あそこ見てください! 壁がスライドして扉が現れましたよ! あれがエレベーターじゃないでしょうか!」
私たちは起き上がると、すぐにその扉の前に移動した。扉の上にはランプがついており、六十階から地下七十五階までを示す文字が刻まれていた。今は五十三階で、順繰り下って来ていた。
ゴウン、ゴウン、とエレベーターが下りて来る音に異常はない。本当に帰れるんだなとほっとする。
――と、その時、背後から物音が響いてきた。
振り返ると、室内の中央に集中していた機械たちが広がるように移動しており、床に穴が開いていた。
「み、みなさん! 気をつけてください! 何か出てきます! 注意してください!」
また『守護者』だとしたら、『環境開発マシン』の少ないここでは危険過ぎる存在だ。
魔法が使えない今、どれだけ戦えるのだろうか。私は強烈な緊張を感じ、身構える。
しかし穴から出てきたのは、『箱舟』に似た四角い機械だった。
まるで棺桶のような、その機械……ガラス蓋で封印されているその中には人が眠っている。
私たちは、ごくりと唾を飲み込んだ。
機械の中に眠るその人物……ミイラではなく、とても新鮮な肌をしている。
『スカイゲートタワーへの覚醒コマンドを確認。コールドスリープを解除します。近くにいる方は離れてください』
機械はそんなことを言うと、ガラスの蓋を開き、蒸気を撒き散らした。
もうもうと立ち昇る白い煙の中、私たちは身を寄せて機械のある方を窺う。
徐々に蒸気が散っていき、隠れていたものが見えてきた。
二本の足で立つ、耳も尻尾もない、純人種そっくりの女性が立っている。
黒くて長い髪の間に赤毛のようなラインがいくつも入っており、気だるげな顔をして欠伸をすると、着ていた白衣を引っ張って皺を伸ばして顔を上げる。
そこでようやく私たちに気づいたようだ。ぎょっと目を見開き、じっと眺めてくる。
「そ、の姿……亜人か……? は、はは……そうか……私は、時間を超えたんだな……!」
その女性は腹を抱えて笑い出した。こちらの存在など忘れて、嬉しさのあまりというよりも可笑しそうに笑っていた。
「あの、あなたは何者ですか? まさか、あなたは……」
私が訊ねると、女性は笑いながら答えた。
「く……クク……あぁあぁあ、どうも初めまして、『この時代』の亜人たちよ。私の名前は、九神霧恵。君たちの生みの親……そう、言ってしまえば――」
彼女は顔を上げ、私たちを一瞥した。
それから、やせこけた顔に笑みを浮かべると、
「――この世界の『神』のようなものだよ」
そのように言った。
今後何作か完結作品を投稿予定。奈坂秋吾ツイッター(@nasaka_syugo2)
もしよろしければ評価お願いします!




