3-5
あちこちに灯っているランプの光は星の瞬きのようで、夜空のようなその空間を私たちは隕石のごとく落下していく。
風の翼で飛ぼうにも錐もみ状態で展開できない。分裂したリリンが必死に私たちを引き上げようとしていたのだが、「ぬぁ!」「くぉあ!」「ふんぬぅ、ァア!」「ぴゃあ!」と次々に弾き飛ばされどこかへ消えていった。
「みなさん、少し衝撃があるかもですが、どうにか我慢してください!」
私たちを抱きかかえていたライアは流されて壁にぶつかりそうになった寸前、ぐるりと回転して壁を蹴り飛ばした。
爆発のような音を鳴らし、落下の軌道が斜めに傾く。そのまま反対側の壁にぶつかりそうになるが、再びライアは蹴り飛ばし、徐々に態勢を安定させていく。
そして、
「スキル【封魔解放】、発動――【輻射式錬氣発破】!」
剣先を底へと向け、炎を噴き出すかのように刀身からエネルギーを放った。噴射の勢いで速度が軽減されるが、しかし底は目前だ。
叩きつけられる――そう思ったのだが、底がエネルギーを浴び熱せられ、溶岩のようにドロリと溶け出し穴が開いた。
間一髪、私たちはその穴に飛び込む。どうやらエネルギー切れらしく、ライアの剣がぷすんと音を鳴らして静まってしまった。
「ライア、あと数秒で地面です! ルカは私に任せて、リリンをお願いします!」
「っ! 了解!」
【風魔の大翼LvⅢ】で何枚もの翼を生み出し、ルカと私の体を包み込む。
作戦通り翼はクッションとなって、地面すれすれのところで落下が止まった。また、「ふんヌッ!!」とリリンを抱えたライアはその二つの足で見事に着地してみせる。
「た、助かりました……ありがとうございます、ライアさん。そしてミコナさんも」
「い、いえ、この事態を引き起こしたのは私ですので、礼はライアにだけで……ライアとリリンも無事ですか?」
「ライアは全然平気ですよ。この鎧は丈夫ですし、身体能力を上げる機能もあるんです」
「う、うっぷ……は、吐きそう……だけど、あたしも怪我はないわ。マジありがと、ライア。あんたいなかったらヤバかったわ……」
ひとまず全員の無事を確認できてほっと一息吐く。
だが、喜んでもいられない。どこから『守護者』が現れるか分からないため、安全確認のため警戒しながら周囲を見回した。
「……あれ? ここって、まさか……」
はるか頭上に伸びている壁は棚のようになっており、『箱舟』が収められている。中央にはアームが取りつけられたタワーがそびえていた。
先ほど『アナザーアース』のデバッグルームで招かれた中枢エリアそっくりの空間。
ただ、
「ず、随分と荒れてますねぇ」
「ここで戦いでもあったのかしら」
「戦いっていうか……虐殺、だったりして……」
三人の言う通り、その室内は酷い有様だった。
照明以外の機械は破壊しつくされ、触れても叩いても、うんともすんとも言わない。
壁の収納に収められている『箱舟』は銃弾を浴びせられたかのように穴だらけだった。低い階層の『箱舟』は引き抜かれており、ガラス蓋の内側はべったりと黒く汚れている。中身は古代人のミイラなのだろうが、きっと綺麗な姿で残ってはいないだろう……。
「ふぅむ……ミコナさんが招かれた古代人たちの休眠ルームというのが、きっとここなのでしょうね。ホログラムの男が問題が起こっていると言ってましたけど、こうして破壊されていたのが原因でしょうか……?」
ライアに粘着剤を斬ってもらいながらルカが神妙に言う。そうだとしたら、誰が何の目的でこんなことをしたのだろう。
「今はそんなこと考えてないで早く上に戻りましょ。てことでミコナ、早く何かの魔法であたしたちを上に連れてきなさい。あんたならできるでしょ?」
「え? ええ、まあ、そうなんですが……」
幾ら『円』を使いたくないと言っても、三人を危険に晒した責任を取らないなど人としてありえないことだ。
こんなことになるのなら『守護者』を一掃した方が安上がりだったなぁ……と溜息が漏れてしまうが、ルカと切り離してもらった私は確実性を持って強力な魔法を唱えた。
「スキル【氷精の霊樹LvⅤ】、発動!」
足元より巨大な氷の柱を生み出し、成長させることで上へと昇っていく。落下時間を考えれば、問題なく地上に戻れるはずだ。
「………………? あ、あれ? 止まった……?」
すぐに辿り着けると思っていたのだが、どういうわけかLvⅡ相当――十メートルの大きさにまでしか柱は成長しなかった。すぐ横に同じ魔法を放ってみるが……どういうことうだろう。更に小さな柱にしかならない。
「あれれ、ミコナさん? 一体どうしちゃったんですか?」
「何よ、あんた。調子悪いの? まさか怪我しちゃったとか?」
「いえ、体は全然平気なんですが、思ったように魔法が発動できなくて……」
私がそう言うと、「あ、もしかして」とライアが口を挟んできた。
「ここ、『魔法の素』が薄いんじゃないですか? たまに魔法が使えない遺跡ってありますけど、完全に密閉されて外気が入らないのが原因だそうですよ」
私ははっとなり、内なる黒助ドラゴンに訊ねた。今の魔法で残高はどうなったのかと。
すると、
「――望んだ効果は得られなかったが、LvⅤを発動させるための『ガブリエルの加護』を呼び込むため、複数の航空会社のチケットを買ってしまったからな。約四十五万円のマイナスだ」
「よ、四十五万円!? ぐにゃあああああっ!」
またも大損……! また『円』が減った……!
私は倒れこみ、曲線を描く氷のツリーを滑り落ちて悲鳴を上げた。「ちょ、ミコナさん!?」「何のよ、もう!」「ミコナ先輩!? 攻撃を受けたんですか!?」と下りてきた三人が心配そうに話しかけてくる。私は答える余裕もなく、「な、なんでこうなるの、もぉ!」と悔しさでジタバタと暴れ回った。
「あら? 意外と元気そうですね、ミコナさん」
「戻れなくて焦るのは分かるけど、悔しがるってどういうことよ?」
「うーん……魔法で戻れないとなると、どうしたらいいんでしょう。ライアの剣はマナを内蔵していますのでマナ濃度の影響は受けませんけど……ダメですね、もうすっかりエネルギー切れちゃったみたいです。明日まではただの金属の棒ですね……」
「ということはここで救助を待つことになりますけど……ちょっと肌寒いですね……」
ルカは軽く腕を擦るが、リリンとライアはがたがたと震えていた。寒冷地であるガブリエル領生まれと、そうでない者の違いだろう。
「……私が何とかします。スキル【炎鬼の精霊LvⅢ】、発動」
ふっ、と息を地面に吹きかけると、そこに火の玉が生まれた。燃料がなくとも燃え続け、その場に留まり続ける炎の魔法なのだが……LvⅢで唱えたのに、LvⅠ相当である手の平サイズでしか発現できなかった。今この空間にある『環境開発マシン』はこの程度の魔法を発動する量しかないということか。
「はぁぁぁ、あったかい! 助かるわぁ! ほんとあんた万能ねぇ。風、氷、電気、土、そして炎って、ほとんどの属性網羅してんじゃないのよ。『守護者』なんて楽勝で倒せるでしょうに……それがどうしてあんなヘマしたわけ?」
「そうそう、ワタシも気になってたんですが、先ほど魔法を使うことに躊躇ってませんでしたか? というか、以前から出し渋る様子が見られますけど、どうしてなんです?」
「それはその……すみません。前も話しましたが、制限がありまして……」
「あー、そういえばそんなこと言ってたような気がするわね。で、その制限って何なのよ」
「…………、秘密です」
「はあ? 秘密ぅ? 何でよ、あたしらもそれ聞いとかないと動きづらいんだけど?」
私は黙秘を答えとした。もちろん箝口令が敷かれていることもあるが、今はそれよりも『円』惜しさに魔法を使わなかったことが心に引っかかっていた。
三人を危険に晒してしまったのは三人よりも『円』を大事にしたせいだ。みんなの命よりも自分が大事だと言っているようなもので、その浅ましさへのショックと罪の意識が重くのしかかっていた。
「はぁ……あたしたちってさ、現実の自分たちについてあんま知らなわいわよね。どうせ暇なんだし、自己紹介と思ってその秘密とやらを語ってみなさいよ。ほらほらぁ」
「……自己紹介、ですか? じゃあ、言い出しっぺのリリンからどうぞ」
「あたし? そうねぇ、自分で提案しといて何だけどあんま語ることないわよ。魔大陸生まれのフレッシュ&セクシーな十八歳、あと語れることと言えば……五年前の人魔大戦でこの大陸にやってきて、それからずっとこっちで暮らしてるってことぐらいかしら」
それを聞いたルカが、「やっぱりギフトカード目当てにこちらへ?」と訊ねた。
「そりゃもちろんよ。魔大陸って娯楽が皆無でさ、人に戦いを挑んでたのも暇つぶしみたいなものだったのよ。あと、たまぁにやってくる魔族特有の暴力衝動を抑えるためでもあったんだけど、それも『アナザーアース』の面白さで解消できちゃってたから、生活が破綻するレベルで夢中になってたわ」
「『箱舟』が発見されて魔族たちはものすごく弱体化したって話ですよね。力を使わなくなって、性格が穏やかになっていったというのは本当なんですか?」
「ええ、本当よ。今や魔族のほとんどが平和主義者ね。だからさぁ、ギフトカードを求めて海を渡って来た時も戦争なんてする気なかったのよ。それが侵略だと勘違いされて、あんなにおっきな戦いになっちゃったのよねぇ」
「え、ライアはそれ初耳です。うわぁ、そうとは知らず、もう全力で戦っちゃいましたよ……」
「あん? あんたもあの戦争で戦ってたの? まあ、そんだけ強ければ駆り出されるに決まってるか。てかさ、ミコナも色々と謎だけど、あんたも分からないことだらけなのよね」
「ええ? 何がですか? ライアはただの可愛い少女ですよ」
「嘘つけ、あんたあたしより絶対年上でしょ。ルカほどではないでしょうけど」
「リリンさん、ワタシを引き合いに出す必要ありました? ありませんでしたよねぇ?」
「へえへえ、すんませんね。他意はないから睨むんじゃないわよ。……で、ライアって純人種で間違いないのよね? 普通の魔法を使わず【封魔武器】を使ってるぐらいなんだし」
「やっぱりそれぐらいのことは分かっちゃいますよね。そうです、ライアは純人種ですよ」
「武器にマナを内蔵してるわけだから、マナが薄いここでも使えるのは分かるんだけど、でもその鎧は? 明らかに純人種の能力超えた動きしてるし、肉体の強化を行ってるんでしょうけど、超巨大ラヴァ・ボアのコマンドキャンセリングの影響受けなかったわよね?」
「この鎧は【封魔武器】ではないんです。生体機械って言って、詳しい理論とか分からないんですけど、【聖天使】様の肉体に近い構造体なんだそうですよ。それを体に寄生させてるようなものなので、鎧と言っても肉体の一部みたいなものなんです」
「うげっ、寄生!? よくそんなキモいものを身に着けてられるわね……しかもえげつない見た目してるっていうのに……」
「……立場上、仕方がなかったんですよ。以前の見た目は綺麗だったので、我慢できたんですけどね。この鎧、自分の心の内を反映して形を変えるんです」
「えっ、心の内を……反映する? ん、んん? ちょっと待って、それ、すごく聞いたことあるんだけど」
リリンが何かを思い出そうとしている横で、ルカは小さく息を吐いた。その顔には、「ああ、やっぱり」と書かれている。
今後何作か完結作品を投稿予定。奈坂秋吾ツイッター(@nasaka_syugo2)
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