番外編 シャーロットの葬式
クリスが殺される少し前からの話です。
シャーロット・フォード侯爵夫人の葬式は静かに行われた。
参加しているのはシャーロットと仲の良かった数人の使用人、夫のクリス・フォード侯爵、その恋人と噂されているリリィ・アップル伯爵令嬢だ。
トーマス警部は少し離れた場所から葬式を見ていた。
しくしくと嗚咽を抑えるような声が聞こえる。
たしか、ケリー・ロッドとかいう女だったな。以前はレディ・フォードの使用人をしていたとか。それにしても、泣いているのは彼女一人だけだな。夫や父親でさえも悲痛な顔一つしないとは。
葬式に参列している人たちの顔を見回し、トーマス警部は考えた。
泣いている者、悲し気な顔をしている者、退屈そうにしている者、困惑した表情の者。
泣いている者はケリー・ロッド。悲し気な顔をしているのはオリバーと息子のテオドール、リリィ・アップルだな。退屈そうな顔をしているのはクリス・フォードとエドワード・ブラックウェル。そして、困惑している者は…。
この中にレディ・フォード殺害事件の犯人がいるはずだ。我々警察の捜査によると、事件当日犯行が可能だったのはクリス・フォードかリリィ・アップルだった。しかし、リリィ・アップルは実家にいたことがわかっている。となると、犯人はクリス・フォードとなるが…。
トーマス警部はエドワード・ブラックウェル侯爵の隣に立つ男を見た。背は高いが痩せていて、骨ばった手が袖口から見える。
健康状態はあまり良くなさそうだが、誰が見ても魅力的な男だ。
夜空のような黒髪はきれいに整えられ、複雑な色合いをした紫の目にかかっている。凹凸がはっきりした顔立ちをしており、きりっとした細い眉は不安気に寄っている。
トーマス警部はシャーロットの死体を思い出した。
目は閉じていたが、顔立ちはそっくりだ。誰が見ても兄妹だとわかるだろう。しかし、レディ・フォードが殺害された日に、行方不明になっていた息子が見つかったのが唯一の懸念だ。いや、ただの考えすぎだな。ブラックウェル侯爵にも、あの青年にも犯行は不可能だ。やはりクリス・フォードが犯人だな。
トーマス警部は検死審問に向ける準備のため、葬儀を後にした。
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母のすすり泣く声が聞こえる。テオドールは棺に砂がかかっていくのを見ていた。
「テオドール、あなたは泣かないのね」
死というものがわかっていないのかしら、とケリーは思ったが、テオドールの心情は違った。
「うん。だって、シャーロット様はプランBに移行したんだもの」
「プランB?」
シャーロットはテオドールにおとぎ話や魔女、異世界のことなど、様々な話を聞かせてくれた。シャーロットの話したプランBとは、死んで異世界へ行くという話だった。
シャーロット様は異世界から来たと言っていたし、飛行機や自動車の話はとっても面白かったな。きっと、異世界で楽しく過ごされているに違いない。
だから、僕は泣かない。
テオドールは曇り空を見上げた。
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「カーチャ。ダヴァイ・パイジョム」
「オリャ。パダジィ」
思っていたよりも時間が経っていたようだ。教室には誰も残っていなかった。親友のオリガが急かしてくる。
エカテリーナは急いで教科書をまとめ、次の教室へ走った。
次の授業はスベトラーナ・ニカラエブナだったわね。遅れたら宿題を倍にされるわ。
エカテリーナは走りながら廊下の窓に映った自分の顔を見た。
前世と同じ顔。違うのは目の色が青くなったくらい。
前世を思い出し、エカテリーナはため息を吐いた。
ほんと、クソみたいな人生だったわ。婚約者は浮気するし、好きな人には裏切られるし、挙句には殺されるだなんて。
シャーロット・フォードとしての人生を終えた瞬間のことは覚えているが、犯人の顔は見ていなかった。
犯人は男だったわ。2階にいる男なんて、クリスしかありえない。あのクズめ。
貴族としての人生が終わり、平民となったからか、エカテリーナの口は悪くなっていた。
治癒力は即死には効かないってことが死んでわかったわ。死んで異世界へ行く作戦が成功して良かったと言うべきかしら?でも、こっちに来てわかったけど、私が前世と思っていた記憶は間違っていたみたい。高層ビルと貧しい暮らしはこっち、お祭りは前の世界だったのね。
エカテリーナは魔女アリアが言っていた言葉を思い出した。
『魔女には予知と呪い、神官には身体と心の治癒ができる』
きっと、私が見たのは予知だったのだわ。テオドールの名前を付けた時も見えたし、間違いない。はぁ、結局私は余計なことに囚われて現実が見えていなかったのね。好きなら好き、嫌いなら嫌いと言っていれば、もう少しマシな人生を送れたかしら。
「カーチャ!ブィストラ!ブィストラ」
エカテリーナは教室に滑り込み、思った。
でも、この人生も悪くないわ。
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2年が過ぎ、テオドールは魔女ジェシーの弟子となっていた。
「師匠、言われていたものを持ってきました」
「うむ。そこにおいてくれ」
ジェシーは確認もせずに机の上を指差した。最後の仕上げをし、ジェシーはテオドールへと振り返った。
「喜べ、弟子よ。完成なのだ!」
ジェシーが先ほどまで床に描いていたのは、巨大な魔法陣だった。
これでやっとシャーロット様のところへ行ける!
テオドールは期待に目を輝かせた。
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リリィ・アップルはクリスを殺した後、旅行に出ると言って各地を渡り歩いた。
警察はクリスが殺されたとき、私が一緒だったと知っているでしょうね。ちょっとした変装はしていたけれど、クリスが私以外の女の人と居たことなんてなかったから。
あれ以来、リリィは実家やフォード家には近寄らなかった。
料理の腕があるから日雇いでも生きていけるし、修業をしているんですと言えば誰も疑わなかったわ。
実際、リリィと接した人々は、若くてかわいい女性が人殺しだとは夢にも思わなかった。
各地を旅するのは楽しいけれど、やっぱり退屈ね。はあ、シャーロットに会いたいわ。
リリィは少し考えた後、にこりと笑った。
そうだ、時間を巻き戻せばいいんだわ。
別作品で2周目に入ろうと思います。
続きも読んでいただければ嬉しく思います(*^^*)




