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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage27:黄泉の国へふらふらと

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ヨミガタルトキ

「何だ、玲。行動についてはそこまで推理出来ているのに、動機は本当に何も思いつかないのか?」

「いや、多少は推理している。でも、どれも不出来というか……有り得ないだろう、と思っちゃって」


 そのくらい、奇妙な振る舞いだった。

 彼は自分で守った物を、念入りに自分の手で破壊している。

 これに理由を付けようと思うと、かなり無理筋になってしまうのだ。


「最初は……『実は妻を踏み殺した住民や、それを黙って見ていた近所の人を恨んでいて、彼らの復讐のためにもう一度火災を起こそうとした』みたいなのを考えた。でも……」

「そのレベルで恨んでいたのなら、嘘の噂で住民を逃がしているのは変だな。普通に不発弾に火を点けて、住民ごと爆殺した方がよっぽど復讐になるだろう」

「その通り……だから次は、『空襲時の英雄という名声に溺れて、もう一度似たようなことして名誉欲を満たそうとした』と考えた。隣町に行った際に火災が起きたことは、見方を変えれば、火災から住民を逃がせたって話にも持っていけるだろうし。ただ、これも……」

「それが目的なら、配給の噂が嘘だったと簡単に認めるはずがない。それ単体で名声が落ちるからな。評判を気にするのなら、住民を逃がす理由はまた別の物にしたはずだ」

「だよなあ……そうやって自分の中で反論している内に、何も思いつかなくなって」


 最後に残るのは、「妻の死で錯乱してしまい、理由もなく爆弾を起動させた」というものだが、流石にこれは採用したくなかった。

 事件の動機を精神的動揺の一言で済ますのは、安いミステリの典型である。

 全体として計画的に振る舞っていることからしても、別に錯乱はしていないはずだ。


「そういう訳で、もう直接的に教えて欲しい。これの真相は何なんだ?姉さんなら分かるんだろう?」

「まあ、そうだな。ただ一応言っておくと、この真相は私が自力で気づいたものじゃない」

「え、じゃあ誰が?」

「単純に、当事者から話を聞いたことがあるんだよ。昔、祖父さんを介して聞いたんだ。望鬼市に引っ越してしばらく経ってから、曾祖父さん本人が息子相手に真意を語ったことがあるそうだから……」


 あ、そうなのか、とかなり驚く。

 姉さんが知った風に語る物だから、何となく彼女が独自に突き止めた話のようなイメージがあったのだが、あくまで又聞きだったようだ。


 もっとも信憑性の点で言えば、これ以上ない展開である。

 後世の人間である姉さんの推理よりも、犯人である曾祖父が直に息子に話した真相の方が、信頼度は高い。

 さあどんな動機が出てくるんだ、と俺は心理的に身構えた。


「まず、曾祖父さんが不発弾で家を吹っ飛ばしたと言う、さっきの推理は正解だ。本人も認めていたらしい。そして、彼の動機を一言で言えば……辛くなったから、らしいな。自宅に住むこと自体が、彼には耐えがたいことになってしまったんだ」

「えっと、それは……亡くなった奥さんを思い出してしまうからとか、そういう?」

「少し違う。曾祖父さんの身に起きたことは、そのレベルじゃない。彼が名探偵だったことが、この時ばかりは悪いように作用した……情を残したまま名探偵になったことで、『黄泉(よみ)(がた)り』が望まぬ形で働いたんだ」

「……ヨミガタリ?」


 唐突に、姉さんから訳の分からない単語が出てきた。

 どうも最近、この人はらしくないオカルトなことばかり言っている。

 目を白黒させる俺を見ながら、姉さんは蒼く瞳を輝かせて又聞きした真相を述べた。


 又聞きだから、いつもの符牒は無い。

 姉さんが記憶するその話が、そっくりそのまま語られた。






「最初に言った通り、曾祖父さんは探偵だった。それも、ちょっと推理が上手いとかそんなレベルじゃない。地域の住民から名探偵と崇められるくらいだった」


 理由を語る前に、姉さんは曾祖父さんの前歴から振り返る。

 何度も彼の推理力を強調している辺り、本当に大事なことのようだ。


「特に彼が得意にしていたのは、現場の遺留品や血痕から、犯人の足取りを掴むことだった。冊子の中でも書いてあっただろう?」

「確かに、そんな記述もあったけど……誇張された話ではないんだな?」

「勿論。彼は現場にあった足跡を見るだけで、『犯人は大柄な人物だ、焦った様子で北に逃げたんだろう、手荷物は二つで共犯者も居る……』なんてことを推理していたらしい。痕跡を吟味すれば、おおよその予測は出来るからな」

「事実だとしたら、凄いな……殆どサイコメトリーだ」


 サイコメトリーというのは、漫画とかによく出てくる超能力で、物体に触れることで残留思念を読み取る力のことだ。

 俺は葉兄ちゃんや幹夫叔父さんに対して、「あの人たちの勘は、最早推理ではなく超能力のようだ」と表現することがあるが、どうやら曾祖父さんもそのレべルの推理が出来たらしい。

 現場の痕跡を一つ見れば、過去に何があったのかを推理することが可能だったのだ。


「サイコメトリーとは、言い得て妙だな……流石に超能力が使えた訳ではないだろうが、本当にそんな感じだったらしい。その推理力の応用で、空襲から逃れることに成功したくらいだからな」


 そのせいだろうな、と姉さんは独りごちる。

 俺に向けた話のはずなのに、何だか他の誰かに語りかけているような口調だった。


「空襲が終わり、妻の死亡が確定した後のことだ。妻の亡骸は既にどこにあるかも分からなくなっていたから、骨すらも拾えずに曾祖父さんは家に戻った……悲しみのドン底にはいたはずだが、表立ってはそんな様子は見せなかったそうだ。隣に幼い息子が居たからな」

「子どもの前では、気丈に振る舞っていた?」

「そうだろう。自分がしっかりしないといけない、なんて意識があったのかもしれない。しかし、ショックは当然大きかった。そのせいだろう……彼は家に帰った瞬間、有り得ない物を目にすることになった」

「……何を見たんだ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女は、笑顔で微笑んで夫たちのことを出迎えた。そして、当たり前のように夫と子どもを居間に案内したんだとさ」

「……え?」


 ──何だ、そのホラー。


 一瞬ビックリするが、すぐに真相を把握する。

 曾祖母が空襲で亡くなったという事実は揺るがないし、死人が蘇ることなど有り得ない。

 曾祖父が見たのは、もっと別の物だ。


「家に帰ったところで、幻覚を見たってことか?妻が死んだことを受け入れられなかったからこそ、そんな物が見えるようになった……残酷な話とは言え、よくあることのような気もするけど」

「まあ、基本的にはそうだな。ただ、曾祖父さんは精神がおかしくなって幻覚を見たんじゃない。寧ろ、その逆……彼の精神が理性的で理屈っぽかったからこそ、妻の姿を見てしまったんだ。そこは覚えておいて欲しい」

「……は?」

「想像してみろ。彼の家は、空襲後も丸々焼け残っていた。だから生前の妻が生活していた時の痕跡もまた、全て残されていた。例えば……履きなれた靴、いつも座っていた椅子、頻繁に歩いていた廊下に、毎日着用していたエプロン。出しっ放しの料理器具に、洗濯板と干したままの洗濯物ってところか」

「そりゃあ、建物が無傷だったなら残っていただろうけど……」

「なら、続きは分かるだろう?探偵として考察の対象としていた『現場の痕跡』が、自宅の至るところに完全な形で残っていたってことだからな。それを認識したことで、曾祖父さんの推理力は悪い方向に働いた」


 ──推理力が悪いようにって……じゃあ。


 頭の中に、ポンッと新たな推理が湧き出る。

 しかし、俺はそれを中々信じることが出来なかった。

 だから確認と言うよりも、否定を期待して口にする。


「曾祖父さんは、現場の痕跡から犯人の姿を考察するのが得意だった。だから、自宅に残る妻の痕跡を見て……()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()って言いたいのか?家に残っていた情報を元に、物凄くリアルな幻覚を見続けるようになった。それが辛くて……家を燃やした」

「そう言うことだな。なまじ、妻が踏み殺される光景を見たのも良くなかったんだろう。『俺の妻はあんな酷い死に顔をする人じゃなかった、もっと綺麗な顔をしていた』という想いが強かったために、かつての美しい思い出を無意識に再現してしまったそうだ」

「え、いや、でも……有り得るのか、そんなこと?それに、わざわざ燃やさなくても……」


 自説を肯定されたことに逆に驚き、俺は首をぶんぶんと振る。

 この時ばかりは、「探偵」の結論を受け入れられなかった。

 リアリティが無さ過ぎる……姉さんが話を盛っているとしか思えない。


「そりゃあ、まあ……遺品を見て生前の様子を思い返すこと自体は、よくある話だろう。だけどそんな、玄関の扉を開けた瞬間に生前の姿そのものが見えるって……曾祖父さんが本当に名探偵だったにしても、推理の域を超えてないか?それこそ、超能力だ」

「ほう、何故そう思う?私は今、曾祖父さんの証言をそっくりそのまま伝えているぞ?」

「だってほら、そもそも推理って、ある程度意識的にやる物で……」

「幹夫叔父さんや葉に頼ったことも多いお前が、それを言うのか?彼らの『勘』や『天啓』が、無意識下に高度な情報処理をした結果であることは知っているだろう」


 うっ、と言葉に詰まる。

 彼らを論拠にされると、言い返せない。

 確かに俺は、無意識に推理を組み立てる探偵のことをよく知っている側の人間だった。


 ゲリラ豪雨をいきなり当てたり、殺人事件の真相を的中させたりする彼らの「勘」や「天啓」は、無意識に脳内で情報を処理することで成し遂げられるらしい。

 肌で感じ取れる湿気や、ちらっと見える空模様から、彼らは全自動で推理してしまうのだ。

 そんな彼らの存在が、曾祖父さんの逸話に信憑性を与えてしまう。


「つまり曾祖父さんは、幹夫叔父さんたちと同じように無意識に情報処理をするタイプで……妻の酷い死を目撃したことで、それが暴走した。だから、生きているように動く妻の映像を、推理で組み立てるようになった……」

「そういうことだ。勿論、あくまで痕跡を元に組み立てた推理だから、過去のリプレイに過ぎないんだがな。玄関で自分を待つ妻の姿が見えたのは、過去に同じように出迎えてくれたことがあったからだ。その幻が、自分の知らない動きをすることはない」

「過去の情報の再現なら、そうなるだろうけど……殆ど妻が蘇ったように見えるレベルなのか、それは」

「らしいな。だから曾祖父さんは、これを『黄泉騙り』と名付けた。まるで死者が蘇ったかのように感じてしまう……死者を騙る幻覚すら生み出す推理のことを、そう呼んだんだ」

「名探偵レベルの推理力がある人だけが出来る、推理の極致……奥義みたいなものか?過去を対象にした高度なシミュレーションのような……」


 本当かよ、と改めて感じた。

 これなら、空襲後に曾祖父がいきなり発狂して幻覚を見たと説明された方がよっぽど納得出来る。

 事件の動機として「推理の応用で自発的に幻覚を見る力が暴走したので、家を爆破しました」と言われても、どう解釈すれば良いのか。


 何と言うか、「これを認めたら、俺が信じてきた世界の常識がぶっ壊れてしまう」みたいな危機感すら抱いた。

 もしもリアリストな科学者の前に、宇宙人やUFOが突然出てきたら、こんな感覚になるんじゃないだろうか。




 ────しかし、この話を聞いて思い当たることがあるのも事実だった。

 レーザー事件の最後、病室でクリスマスを迎えた時のことだ。

 あの時、俺はE&Pと共にボヌールのクリスマスライブを観賞した。


 だがクリスマスライブ時の俺は、まだ眼帯が取れていなかった。

 だから、推理によってそれを補ったのだ。

 グラジオラスの音楽や歌の反響、ステップの音にMCのリズムといった「ライブの痕跡」から、彼女たちが現在どうしているのかを推理して、映像を幻視したのである。


 E&Pには驚かれたが、あの推理は成功した。

 眼帯が外れた後、ライブの様子をアーカイブで見たのだが、俺が推理で組み上げたライブの様子と殆ど一致していたくらいだ。

 指の動きや表情と言った、音だけでは絶対に分からない要素すら、俺のイメージと現実のライブ映像の間には差違が無かった。


 勿論あれは、俺がグラジオラスメンバーの練習風景を見たことがあるために成功したのだが……。

 曾祖父が妻の姿を見たのも、同じ原理なのだろうか?

 曾祖父は名探偵だったから、ああいった推理が常時無意識に可能だった……そういうことなのか。


 この話を信じるなら、確かに彼が妻との思い出が詰まった家に帰るのは大変である。

 あらゆる場所に妻の痕跡があり、妻の遺品に囲まれて暮らすのだから。

 四六時中、妻の幻覚をその推理力で無意識に組み上げていた曾祖父のことを思って、俺は色んな意味でゾッとした。

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