表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage27:黄泉の国へふらふらと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

381/385

デマが流れる時

 ……逸話を読み終えて、俺はすっと顔を上げる。

 するとそれを待っていたように、住職がすらすらと解説してくれた。


「まあ、このような次第でして……当初は、空襲後に追い打ちをかけた悲劇として掲載されていたようなんです。しかし、松原博氏の名誉を汚すような話を堂々と載せておくのもどうか、という話になって」

「……なるほど」

「彼がデマを信じて、人々を隣町に連れて行ってしまったのは事実のようですが……妻を亡くして精神的に疲弊していたことを思えば、仕方がないでしょう。ですから、第二版以降はこの記述は削除したんです。松原博氏の奥様が亡くなった時のことは都合よく削除しているのに、彼のミスについては堂々と掲載するというのも、筋が通りませんからね」


 生返事をしながら、俺は首の後ろをバリボリ掻く。

 それを「曾祖父が火事を起こしてしまったかのような記述に落ち込んでいる」と解釈したのか、住職は慌てて声を掛けてきた。


「言っておきますが、この文章の書き方は偏っていると思います。火事の原因はあくまで焚火の不始末であり、松原博氏のせいではないでしょう。決して、ショックを受けるようなことでは……」

「はあ……いや、それはまあ良いんですが」


 ズレた気遣いをする住職を前に、俺はまた生返事をする。

 俺がショックを受けたのは、もっと別のことなのだが。


 ──……姉さんはどこだ。


 話し相手を探して、俺は姉さんの姿を探す。

 俺が初版を読んでいる間に、彼女は暇だったのかどこかに行ってしまっていた。

 どこに居るんだと探していると、扉を開けたままだった蔵の中から、姉さんの頭がひょっこり出てくる。


「……姉さん、何してたんだ」

「ああいや、暇だったから蔵の中をザッと見ていたんだ……しかし住職、この蔵の様子も十年前に入った時と大して変わりませんね」

「いやあ、お恥ずかしい。ここ数年、忙しくて蔵の中は殆ど放置していまして。何なら、今日久しぶりに扉を開けたくらいです。管理も不徹底だったので、鍵すら閉めていなくて……」


 そこで、姉さんと住職は俺を尻目にしばらく雑談をする。

 大した物を収めていないから中が広いとか、以前は住職の息子が遊び場にしていたとか、その息子も最近はグレてしまって碌に話していないとか、どうでも良いことを話していた。

 話しかけるタイミングを狙って、俺は何となく倉庫の中を見ながら待機する……意外と埃が少ない、しかし話通りに雑然とした古い内装が見えるだけだったが。


「あの……これ、ありがとうございました。お返しします」


 やっと話しかけられる隙間が来て、俺はササッと冊子を住職に返す。

 そしてこれ以上無駄な会話をされる前に、先手を打った。


「今日は、俺の先祖の話を聞かせてくれてありがとうございました。とりあえず、今日はこれで大丈夫です」

「おや、そうですか?」

「ええ。感想とかは、姉さんと話しながらまとめてみることにしますよ」


 そう言って、俺は姉さんに目配せする。

 すると予想通り、姉さんは見たことのある笑い方をするのだった。




「んで、お前はあの証言をどう見る?信憑性はこの際度外視して、あの『空襲秘録』に書かれてあったことが全て事実だとすれば、どんなことが読み取れる?」


 数分後、駐車場に戻って車に乗り込むや否や、姉さんはハンドルに顎と両手を載せながらそう尋ねた。

 住職はもう居ないので、車中で推理をしろということらしい。

 姉さんの意図を察した俺は、助手席に座ったまま軽く目を閉じる。


「……まず、曾祖父さんが『空襲時の英雄』として有名じゃない理由は分かった。銅像を建てる話があったのに、中止になった理由も」


 最初の話を聞いた時に、密かに不思議に思っていたのだ。

 大切な妻を亡くしてしまったとは言え、大勢の近隣住民を空襲から救ったのであれば、曾祖父に感謝している人が多いはず。

 そんな功績を残したのであれば、現代で彼はもっと有名になっているはずではないのか、と感じていたのだ。


 しかし削除された証言に目を通すと、有名になり切れなかった理由も分かる気がする。

 功績を挙げてすぐに結構なポカをやらかしたと認識されたために、曾祖父への信頼にケチが付いたのだろう。

 結果としてそこまで英雄視されず、銅像建造も中止になり、焼界寺の案内板と空襲秘録にちょっと名前が載る程度になったと言うところか。


 言わば俺の曾祖父は、中途半端な英雄なのだ。

 地域の偉人になり切れなかった人、と言っても良い。


 ……このことを、「命を助けた割に酷い対応をされているな」と同情することはない。

 結果論だが、銅像なんて建てられなくて良かったとすら思う。

 だって、彼の行動を考察すると────もっと英雄らしくないことをしていたことに、気が付いてしまうから。


「姉さん……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?住民を嘘の噂で遠ざけてから、自ら火を点けたんだ……そうだろう?」


 先程の話を聞いた時から、思いついていた推理。

 それを口にすると、姉さんは何も言わずに根拠を語るように目で促す。

 要請されるままに、俺は答え合わせを始めることにした。




「さて────」




「あの初版に載せられていた逸話……曾祖父さんが配給に関するデマを信じたっていう話には、おかしなところが幾つかある。読んだ瞬間から、それが気になっていた」

「例えば?」

「火災の規模だ。放置していた焚火に火種が残っていて、それが燃え移ったって書いてあったけど……そうなると、普通はもっと燃えるんじゃないか?どうして、被害が数軒程度で収まっているんだ?」


 当時の日本の一般家屋は、火事が広がりやすい完全な木造建築が多かった。

 母さんから建築関連の蘊蓄を聞いた際、そう教えられた覚えがある。

 日本の空襲被害が増した理由の一つが、まさにそれだったはずだ。


 しかも当日は住民の殆どが出払っていて、誰も消す人が居なかった。

 ついでに言えば、季節は「夜は肌寒い頃」で、木材が乾燥していて火事になりやすい季節である。

 寒風と空襲でカラカラになっていたことを考えれば、自然沈火は期待出来なかったことだろう。


 だと言うのに、実際の被害は数軒の家屋焼失のみ。

 証言集の中では「不幸中の幸い」と書いてあったが、これは幸いというよりも怪奇現象である。

 発火場所が住宅密集地だったことを考えれば、本当ならもっと大火災が起きないといけないのだ。


「それに、本当に火災が起きたのなら……帰ってくるまで誰も火災に気が付かなかったっていうのも、かなりおかしい気がする。いくら隣町に集められていたにしても、煙くらい見えなかったのか?」


 俺は木馬事件の中で、山火事──まあ、木が三本燃えただけだが──を見たことがあるので、これも不思議だった。

 あの時の小さな火災ですら、派手に煙が昇っていくのが見えたのである。

 家が数軒全焼するレベルであれば、誰か気が付いてもおかしくない……神舵区の住人が気が付けなくても、他の街の住人が発見して消火しそうな気もする。


 しかし実際には、家が数軒ピンポイントで消滅するという珍事が起きて、しかも誰も気が付かなかった。

 火災の煙を見た者はおらず、また他の家の被害は特に書かれていない。


 こうなると、自然とこんな仮説が浮かんでくる。


 曾祖父の家を含む数軒の家屋の消滅は、火災ではなかったのではないか?

 もっと短時間で、注目を浴びないように一瞬で家を潰せる「何か」が起きたのではないか?


 そう、例えば……。


「想像だけど、不発弾の爆発が起こったんじゃないか?空襲後に不発弾が見つかることは、決して珍しいことじゃないって話だった。だったら、不発弾が暴発してしまう事例だってあるだろう。それこそ、現代でも偶に見つかってニュースになるくらいなんだから」


 つまり長時間の火災で家が消えたのではなく、不発弾が一発ドカーンと炸裂したので、近くの家が吹っ飛んだのではないかと推理しているのだ。

 神舵区の住人は消えた家屋を見ただけであり、燃え盛る家を実際に見た訳ではない。

 爆弾で一気にぶっ壊れた家の焦げ跡を見て、「これは火災の痕跡に違いない」と勘違いしてしまったんじゃないだろうか……つい先日、空襲で燃え盛る街を見ていたために、そちらの方がより生々しく想像出来たのだ。


「これなら、さっきの疑問にも説明が付く。爆弾で一気に壊れたんだから、長時間煙がたなびくことはない。爆発の音も、廃墟がそこら中でガラガラ壊れている状況では、自然と誤魔化されたんだろう」

「しかし、被害がピンポイントに終わったことは説明がつかないぞ?焚火からの貰い火だろうが、不発弾だろうが、一度火がつけば燃え広がるのには変わらない」

「その通りだ。だから、こう考えるしかない……不発弾に収められたナパームの全てを使ったんじゃなくて、その一部を、威力の小さい爆弾として再利用した人が居たんだ。そして爆発後は。迅速に消火したんだろう。つまりその場には、火災の規模を意図的にコントロールしていた犯人が居た」


 ここまでの推理に、証拠はない。

 何十年も前の話を推理しているのだから、証拠が出てくる方がおかしい。

 しかし、俺にはこうとしか思えなかった。


 実際、「住民が居ない間に火事は起きたが、数軒燃やした後にいきなり鎮火した」と考えるよりも、「火事は起きたが、近くの人間が即座に消火した」と考える方が自然だろう。

 前者は奇跡が前提となるが、後者は人力なので努力次第でどうとでもなる。


 そして、犯人がその場に居たことを考えると……隣町に向かった神舵区の住人の中でも、おかしな理由をつけて姿を消していた曾祖父こそ犯人なんじゃないか、という話になるのである。

 こう考えると、納得出来る点が多いのだ。


「曾祖父が犯人だとすると、デマをいきなり信じたことにも説明がつく。それは多分、デマに引っかかったとかじゃなくて……」

「不発弾を爆発させることを計画していたから、住民は事前に逃がしていた……そう言うことだな?」

「そうだ。空襲を予見していたことで、周辺住民から曾祖父さんへの信頼は高かったはず。その名声を利用して、彼は近所の人たちを移動させたんだ」


 そう告げてから、俺は時系列順に曾祖父の行動を振り返る。

 やはり、子孫だからだろうか。

 証拠も無い癖に、俺は不気味なくらい迅速に彼の行動を推測出来てしまっていた。




「曾祖父さんの動機については、一旦棚上げする。正直、よく分からないから。とにかく理由は不明だが、曾祖父さんは自分の家を破壊したくなったんだ」


「ただ、普通にやろうと思うとこれは難関だ。人力で家一軒をぶっ壊すのはかなりの手間だし、重機なんてあるはずもない」


「それ以前の問題として、空襲で焼け出された住民に部屋を貸していたくらいだから、壊そうと思っても彼らに反対されるのが目に見えている」


「それでも、彼は自分の家を壊したかった。誰にどれだけ反対されても、やり遂げたかった」


「だから、不発弾を利用しようと思ったんだろう」


「普通に火を点けるだけだと、家一軒が綺麗に燃えてくれるかどうか分からない。当時は油なんかも貴重になっていたはずだから、十分な油を家の中に撒くことも出来ない」


「それでも完膚なきまでに家をぶっ壊そうと思うと、爆弾くらいの火力はどうしても必要になる」


「不発弾自体は、焼け跡を捜索して何とか見つけたんだろう。地面に突き刺さるか何かして、比較的掘り出しやすかったものを。ひょっとするとそれは、外装が壊れて中身が取り出しやすくなっていたのかもしれない」


「これでとりあえず、材料は揃った。だから、次の準備に移った。計画決行の日に向けて」


「……曾祖父さんは自分の家を破壊しようとは思っていたけれど、流石に人殺しをしようとまでは思っていなかったろう。だから、付近の住民は逃がすことにした」


「そのために言い出したのが、あの配給の噂だ。勿論、配給なんて全くのデタラメ。それでも曾祖父さんの人望が高まっていたこともあって、多くの人が自発的に隣町に行ってくれた」


「後は簡単だ。配給が配られないことに不安を抱かれたタイミングで、事情を聞いてくると言って神舵区に戻るだけ」


「その足で用意していた不発弾を掘り起こして、中身の一部を再利用して改造し、自宅を吹っ飛ばす……かなり危険な行為だったはずだけど、恐ろしいことに成功した」


「多分、前々からその手の知識に詳しかったんだと思う。姉さんも最初、曾祖父さんは探偵として爆弾事件も解いていたとか言っていただろう?」


「計算通りに彼の家は吹っ飛んで、お望みどおりに消え失せた」


「問題は、両隣の家に燃え移ったことだろう。事前に水をぶっかけておくとかの対策はあるけれど、こればかりは完全には制御出来なかった」


「だから両隣の家は、多少燃えて壊しやすくなってから斧とかで無理矢理破壊して、それ以上の延焼を防いだんだろう。これが、火災が起きたのに数軒の消滅で済んだことの真相だ」


「その後は、焚火から燃え移ったような偽装をして……多少時間が経ってから、住民のところに戻った。あの話は事実無根だった、すいませんと言いながら」


「こうして後世には、『空襲時の英雄が変なデマを信じてしまった』という不名誉な証言と、『その時、丁度火事が起きたようだ』という泣きっ面に蜂な後日談が残った……」




 一連の流れを話したところで、姉さんを改めて見つめる。

 そのまま、率直に尋ねた。


「曾祖父さんが実際にやった行動は、概ねこんなところだと思う。だから姉さん、知っているのならこの続きを教えて欲しい……曾祖父さんは、何でこんなことをしたんだ?ほんの少し前まで空襲から人を救っていた人が、どうして燃え残った自分の家をわざわざ爆破したんだ?」


 姉さんが意図的にこの話を聞かせた以上、これについても当然知っているはず。

 チリチリとした焦燥に圧されて、俺は姉さんに続きをせがんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ