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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage27:黄泉の国へふらふらと

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削除された時

「今の話は、避難した人たちの間では有名だったそうです。だからこそ、この冊子の編集時には省かれた。現代の人間に何かと迷惑が掛かる恐れがありますから……」


 言いにくそうにしながら、住職が補足を入れる。

 ありそうな話だな、と思った。


 ──恐らく、俺の曾祖母を踏みつぶした人たちは、避難に成功したんだろう。つまり彼らは戦後も普通に生きていて、子孫だって居る。その子孫に「避難時に人を死なせた人たちの子ども」なんて悪評が立つのを防ぐために、このエピソードは削除した……。


 俺がかつて、「自分の先祖は村八分に参加したのでは」と不安になったのと同じ理屈である。

 何だかんだ言いつつ、先祖には良い人であってほしいという想いを多くの人が抱えている。

 だからこそ、避難時のパニックのせいとは言え、先祖が人の死に関わっていた可能性を示唆するこの話は載せられなかったのだ。


 ──削除の是非はさておき……曾祖父さんが引っ越しまでした理由、分かってきた気はするな。空襲前からあれこれ手を尽くしたのに、一番愛した妻が亡くなったのもそうだけど……。


 それ以上に、この一帯で暮らすこと自体が辛くなってしまったんじゃないだろうか。

 何せ隣町まで行けば、そこには曾祖母を踏み殺したであろう人たちが住んでいるのだから。


 周囲が焼け野原になってしまったとしても、そうそう住処を変更出来たとも思えない。

 寧ろ燃え残った私物の回収のために、焼け跡にはしばらく住民たちが残っていたはず。

 つまり曾祖父が神舵区に住み続けると、嫌でも彼らと顔を合わせることになる。


 彼らに罪を問うことは無かっただろう。

 決して殺意があってやった訳でないだろうし、法的にもこの手のパニック時の行為は、余程悪質でない限りは問題化しない。

 厳しい言い方をすれば、自ら飛び出した曾祖母も軽率だったのだ。


 それでもやはり曾祖父としては、スパッと割り切るのは難しかった。

 だから探偵事務所も廃業したし、東京からも離れた。

 曾祖母を踏み殺したかもしれない人たちと、二度と関わらない土地に行きたかった……こんなところだろうか。


 俺が推理をまとめたところで、姉さんが急に口を開く。


「……お前がどういう推理をしているかは分かる。だが先走り過ぎだ。結論を出すのは、もう少し待て」

「え?」


 内心を当てられたこと、そして予想外の内容を言われたこと。

 二つの意味で驚き、俺は姉さんを見つめる。

 隣では、住職も同じような顔で驚いていた。


「どうかされたんですか?結論と言うのは……」

「いえ、住職。十年前に見せてくださいましたよね……『空襲秘録』に掲載されなかった、もう一つの逸話について。アレを玲にも見せてやってほしいんです。これについて感想を述べるのは、それからです」

「アレを、ですか……どこにやったかな」


 途端に、住職は困ったような顔になって頭を捻り始める。

 そのまま、「多分蔵の中にあるままだと思いますが……」と言いながら寺の奥の方へと向かっていった。

 どうやら、新しい何かを探しに行ってくれたらしい。


「……姉さん、何を頼んだんだ?掲載されなかったもう一つの逸話って言うのは……」

「だから、もう少し待て。お前としても、さっきので話が終わりだとは思わなかっただろう?私がわざわざお前に見せるにしては、捻りの無いエピソードだったからな」

「いや、十分悲惨な話だとは思ったが……」


 ただ考えてみれば、今の話だけだと姉さんの態度に矛盾が出るのも事実である。

 曾祖父や曾祖母を襲った戦争の悲劇については興味深かったけれど、これを教えるだけなら、わざわざ二人でここに来る必要はない。

 俺に焼界寺の位置を伝えて一人で行かせる手もあるし、何なら「空襲秘録」だけ貰ってきて、家で教えても良かったのだ。


 それでも姉さんは、俺を連れて現場にまで来た。

 つまり、そうしないといけない理由があるはずなのだ。

 姉さんが見守る中で知らないといけないような、そんな重要イベントがこれからあるのだろうか────そう思ったところで、住職の声が奥から響いた。


「ああ、ありました!十年前と同じ蔵です!」


 それを聞いた途端、姉さんはずんずんと敷地内を勝手に歩き始める。

 住職が持ってくるのを待つのではなく、自ら手に取りに行ったらしい。

 慌てて、俺は彼女の背中を追った。




「うわ、大きい……」


 歩いた先で、思わず感嘆の声を漏らす。

 寺務所の隣を通り、焼界寺の庭みたいなところを突っ切ると、最奥に古風な建物がどーんと建っているのが分かった。

 時代劇にそのまま出てきそうな、瓦屋根の蔵が置かれていたのである。


 入り口では、住職が埃っぽい小冊子を持って手招きしていた。

 蔵の中から姉さんの注文の品を掘り当てた後、俺たちが来る気配があったので待っていてくれたらしい。

 彼に頭を下げてから、俺は差し出された小冊子を見やる。


「こちらは……あれ?これも、『空襲秘録』?さっきのと同じ物じゃないですか、これ」


 彼が見せてきた小冊子は、先程読ませてもらった物と同じ外観をしていた。

 正確に言うと、さっきのそれよりも更に古い代物だったが、表紙は共通である。


「表紙は確かに一緒ですね。ただ、これは初版ですから」

「初版……最初に印刷した冊子ってことですか。何か違いがあるんですか?」

「ええ。実はこの冊子、初版の方が内容が多いんです。版を重ねる度に、読んだ方から評判が悪かった証言や逸話を次第に削除していったので……さっき玲君が読んだ物は、大分内容が削られた後の物になります」

「時代に合わせて改訂したってことですか……あ、じゃあこの初版には、さっき言っていた曾祖母の話も載っているとか?」


 話の流れからそんな推測をしたが、住職は首を横に振った。

 これまた、先走りだったらしい。


「そういう話とはまた違っていて……こちらにだけ載っている逸話の多くは、空襲後の証言となります」

「空襲後?」

「はい。空襲後もたくましく生きた人の活躍を載せたかったんですが、色々と問題もあり……」

「とにかく、それについて読むと新しい発見がある訳だ。読んでみろ、玲」


 住職の説明を途中でぶった切り、姉さんが通読を勧める。

 どうしてこうも読ませたがるのかと思いつつ、俺はそれに目を通した。






(「空襲秘録・初版」より抜粋)


『存在しない配給 ──空襲後の人々を困らせたもの──』


 大空襲によって焼け野原になった神舵区では、多くの人が身を寄せ合うように生きていました。

 事前対策のお陰か、神舵区内でも焼け残っていた建物がかなりの数あったのです。

 そうして無事だった建物に集まり、人々は何とか自らの生活を取り戻そうとしていました。


 先述した松原博氏の家屋も、その一つだったようです。

 幸いにも建物のほぼ全てが焼け残っていた松原邸に、多くの地域住民が間借りさせてもらいました。

 奥様との思い出が詰まったその場所を、松原博氏は快く貸し出したとのことです。


 しかし、仮の宿を得られても生活がすぐに改善する訳でもありません。

 食べ物も燃料も無い中では、人々の心は不安で一杯でした。


 真冬ではないとは言え、夜は肌寒くなることもある時期です。

 布団も燃え尽きたために、多くの人が少しでも暖かくしようと、燃え残った雑誌や新聞紙を体に巻いて寝ている有様でした。

 その状態で、これからの不安を夜通し語り合うのです。


 そして不安が強くなると、真偽不明の噂が出回るようになるのが世の常です。

 今も昔も、デマは人の心の隙間に付け入ります。

 空襲後の神舵区の住人も、その例外ではありませんでした。


 例えば、「誰それさんの家の庭には、空襲時に爆発せずに埋まってしまった不発弾があるらしい。今すぐにでも爆発するかもしれない」なんて話が流れたこともありました。

 その次の日には、「この前の空襲は第一波に過ぎなくて、一週間後には第二波が来るそうだ。だからそれに備えないといけない」という噂が流れます。

 神舵区の住人は、そんな噂の一つ一つに右往左往することになってしまいました。


 話をややこしくしたのが、これらの噂が全くの無根拠ではなかったことでした。

 例えば不発弾の噂で言えば、空襲後に不発弾が発見されること自体は、当時は本当にあったのです。

 空襲時に偶然爆発しなかった不発弾が家に突き刺さっていて、避難から帰った時に発見する……そんな事例もあったと聞きます。


 そう言った少数の実例が、これらの噂に生々しさを与えていました。

 一度あった以上は、二度目もあるんじゃないかと思ってしまうのです。

 こうして、普段は冷静な人でも噂を信じ込んで大騒ぎしてしまうことが、よくありました。


 空襲時の英雄・松原博氏すら……デマに引っかかったという証言があります。


 空襲から一週間後のことです。

 松原博氏は自宅に泊めていた地域住民を集めて、こんなことを言いました。


「何でも、この空襲を受けて政府が特別な配給を用意することに決めたそうだ。明日の朝に隣町の広場に行くと、政府の配給部隊が待っていて、米や味噌を人数分くれるらしい。確かな筋から聞いた話だから、間違いないだろう。皆で貰いに行こうじゃないか」


 この話を聞いた人たちは、一斉に飛び上がって喜びました。

 彼らは焼け跡から少しでも食べ物を回収しようと、毎日周辺のゴミ漁りをしていました。

 しかしそれは、廃墟となった家屋がガシャンガシャンと轟音を立てて崩れる中で行う、とても過酷な行為だったので、出来れば誰もやりたくありませんでした……ここでの配給は、渡りに船なのです。


 当然、翌朝には神舵区の住人の殆どが、袋や風呂敷を手に隣町に向かうことになります。

 人数分だけ配給が手渡される……つまり向かった人数が多い程、貰える配給の量も増えると聞いていたので、一家揃って出向いた家庭も多かったようです。

 全員が、やっと明るい話題が来たと思っていました。


 ……しかし程なくして、彼らの期待は裏切られることになります。

 隣町の広場に来たものの、誰も居なかったのです。

 噂された配給部隊など、影も形もありませんでした。


 最初は、ただ遅れているだけだと思いました。

 ですが待てど暮らせど、配給部隊はやってきません。

 責任を感じたのか、松原博氏は「ちょっと知り合いの軍人に確認してくる」と言ってどこかに行ってしまいました。


 そうして人々は、待って、待って、待って……。

 結局、日が暮れるまで彼らは待ち続けました。

 それでも配給部隊はやって来ることはなく……彼らの元に来たのは、憔悴した様子の松原博氏だけでした。


「皆、すまない。どうやらデマだったようだ……」


 そう告げられた瞬間、多くの人が膝から崩れ落ちたと言います。

 空襲から皆を救った英雄だからこそ、松原博氏の発言を多くの人が信じていました。

 しかし、彼もまた一人の人間……デマに引っかかってしまったのです。


 加えて、落ち込みながら神舵区に戻った彼らを、泣きっ面に蜂としか言いようがない出来事が襲います。

 配給部隊の噂を信じて神舵区から出て行った合間に、神舵区では火事が起きていたのです。


 原因はどうやら、火の不始末のようでした。

 当時は燃料も貴重だったので、住民たちは空襲の残り火を使って、街の片隅に焚火を用意していました。

 火が必要な時には、常時燃やしているその焚火から調達するようにしていたのです。


 しかし配給のために全住民が外出したために、焚火を見守る人は居なくなってしまいました。

 当然火は消したはずでしたが、薪の奥で火種は残っていたのでしょう。

 誰も居ない隙にそれは再発火して、近くの家を巻き込んでいたのです。


 住民たちがその場に居ないため、発見は遅れました。

 彼らが日が暮れて帰って来た時には、数軒の家が燃え尽きてしまっていたそうです。

 何とか空襲の被害を逃れた松原博氏の家屋もまた、全焼していました。


 そこは焼け残った住宅が密集していた地帯だったので、数軒の延焼のみで被害が済んだのは、不幸中の幸いとも言えるのですが……。

 ただでさえ空襲で参っていた人たちにとっては、慰めにもなりませんでした。


 もしもデマを信じることなく、その場に留まることが出来ていたならば……この火事は起きなかったかもしれませんし、起きたとしてもすぐに沈火出来たでしょう。

 多くの人が、デマを信じてしまったことを後悔しました。

 松原博氏もまた、責任を感じて大変落ち込んだそうです……やがて彼は、この街を出て行ってしまいました。


 例え空襲を予期出来る賢い人でも、デマを信じない訳ではない。

 そして一度デマを信じて行動すると、思わぬところで自分たちの生活を傷つけてしまう。

 このように大切な二つの教訓を、現代に教えてくれる逸話と言えるでしょう。

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