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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage27:黄泉の国へふらふらと

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救済の時

(「空襲秘録」より抜粋)


『空襲時の英雄 松原博氏 ──地域住民の避難活動に尽力──』


 空襲の際、多くの人が燃える街の中を逃げ惑うことになりました。

 大人も、子どもも、何の区別なく。

 誰も彼もが、その運命を嘆きながら走り続けたのです。


 しかし大空襲の最中、たった一つだけ、そうしなくても良かった街がありました。

 とある英雄の手によって、街の住人の殆どが空襲の前に避難していた────そんな街があったのです。

 現代で言うところの神舵区、この焼界寺周辺でそれは起きました。




 あと数ヶ月で戦争が終わる、そんな時期のことです。

 既に様々な証言で示された通り、この時期になると日本のあちこちで空襲が起きるようになりました。

 東京でも、今日生き残ったところで明日はどうなるか分からない……そんな不安に人々は包まれていました。


 神舵区の住人、松原博氏もその一人です。

 持病のために徴兵されなかった彼は、東京で生活を送っていました。

 妻と幼い子どもと共に暮らす中で、彼は早い時期から敗戦のことを予感していたそうです。


 私立探偵として活動していた彼は、「近い内に、東京を狙った大規模な空襲があるに違いない。その場合はどこが狙われるのだろうか?」と日夜考えていました。

 いざと言う時に、妻と子どもを抱えて逃げるためです。

 元より優れた探偵だった彼は、その推理力で将来起きる災厄の予測に挑んだのでした。


 そして、彼の努力は報われます。

 伝手を辿って様々な情報収集をした彼は、他の空襲を受けた地域を訪れて推理を行い、やがて空襲を仕掛ける側の思考を完全に推測するに至ります。

 恐らく東京における大規模な空襲はこの時期に起こって、重点的に狙われる場所はこの辺だろう……そんなことを完璧に推理したのです。


 これは、驚くべきことでしょう。

 実際に空襲が仕掛けられる前の時点で、彼はその推理力で、次の空襲を完璧に予測しました。

 元々彼は、現場の遺留品や犯人の痕跡から真相を見抜くことを得意としていたそうですが……それを加味しても、卓越した推理力でした。


 推理を終えた彼は、即座に行動に移りました。

 空襲がなされた時に備えて、避難場所を事前に用意するように働きかけたのです。


 彼が目を付けたのは、神舵区西部の荒れ地でした。

 その土地は地盤が固く、工事が難しいために建造物を建てることが避けられていた場所で、ずっと空き地になっていたそうです。

 ここであれば、空襲で周囲がどれだけ酷いことになっても、何もないために延焼することはないだろう────松原博氏は、そんな推測をしました。


 だからその日から、松原博氏は土地の持ち主の了解を取り、土地に多少の改造を施しました。

 非常時の食料に水、貴重な医薬品に火傷の手当に使う包帯。

 以上のような空襲時に役立つ物を、穴を掘って埋め始めたのです。


 また、周囲にも理解を求めました。

 多くの人に、いざと言う時はその避難場所に逃げるように呼びかけたのです。

 一人でも多くの人命を救うために。


 ……当初、彼は自分が推理した空襲の情報を、政府に伝えようとしていたとされます。

 政府にその情報を信じてもらえたなら、より大規模な対策を練ることが出来ますから。


 しかし、これは失敗に終わりました。

 彼の推測がとても的確だったのが、逆に良くなかった。

 空襲の予測情報を当時の憲兵に届けると、「どうしてお前はこんなに敵軍の情報に詳しいんだ?まさか敵軍のスパイか?」と疑われ、スパイ容疑で拘束されそうになったのです。


 彼の推理力を知らない以上は仕方がない反応ですが、信じてくれないことには話になりません。

 平謝りして何とか憲兵の追及からは逃れた彼ですが、このことで大規模な避難は諦め、自分の周囲の人だけでも逃がすという方針に変わりました。

 ご近所さんを一軒一軒回り、自分の推測する空襲日の情報と、用意した避難場所を知らせて回ったのです。


 決して、全員に信じてもらえた訳ではありませんでした。

 再び憲兵に通報されたことすらあったと言います。

 しかし挫けることなく、彼は自分の推理を周囲に説明して回りました。


 ────彼の予言通りに空襲がなされたのは、数日後のことでした。


 彼は空襲警報が鳴り響く中、最初に家族を逃した後、近所の人たちも叩き起こして避難場所に移動させました。

 お陰で神舵区の住人たちは、その大部分が空襲が本格的に始まる前に避難場所に向かうことが出来たのです。


 彼の推理通り、避難場所に炎が向かうことなく、住民たちはただひたすらに燃える街並みを見続けたと伝わっています。

 かくして、松原博氏は多くの人を空襲から救ったのです。


 多くの住民に感謝された彼ですが、その功績を誇るようなことはしませんでした。

 自分は褒められる程のことはしていないと謙遜し、戦後には子どもと共に別の街へと移住しました。


 しかし、住民たちは彼への感謝を忘れませんでした。

 ですから空襲で焼けてしまったこの焼界寺を復興する際、本堂の位置を松原博氏が用意した避難場所に移転させたのです。

 元々は何の建造物も無かった荒れ地でしたが、現在では工事技術の向上もあり、荘厳な本堂が建造されています。


 焼界寺の近くに住む人たちが、松原博氏の功績を忘れないように……寺を訪れる度に、彼のことを思い出せるように。

 当時の人たちは、新たな本堂をこの土地に設置したのです。


 彼の功績を知りたいと思った方は、是非今からでも焼界寺を訪れるようにしてください。

 皆さんが一歩一歩踏みしめる、その大地こそ……。

 松原博氏が用意して守り抜いた、避難場所の一部なのです。






「ふーん……」


 姉さんに促されるままに冊子を読んだ俺は、何とも言えない声を漏らす。

 俺が初めて知る、曾祖父の武勇伝。

 それをこういう「地域の偉人」みたいなノリで知るのは、何だか不思議な感覚だった。


 そして、肝心の感想はと言うと────。


「これ、信憑性怪しくないか?こう、全体的に都合の悪い部分を排除していると言うか」


 ひねくれた感想かもしれないが、最初にそんなことを思う。

 途端に住職が苦笑して、姉さんは逆に柔らかく微笑んだのが分かった。


「どうしてそう思うんだ、玲?私たちの曾祖父が空襲を予言していたというのは、そこまで眉唾か?」

「いや、そっちは疑ってない。当時の人だって、戦争末期は敗戦を察知していたみたいな話はよく聞くし……空襲の被害予測だって、専門知識があれば不可能じゃない。曾祖父さんって、爆弾事件を解決するくらいにはその手の知識があったんだろう?」


 例えば、現代にはハザードマップという物がある。

 ここは火災が起きた時に危険ですよ、こちらは地震が起きると液状化するリスクが高いですよ、なんて情報を教えてくれる地図だ。

 そんな物が発行されている辺り、「予測可能な災害」の被害規模は、専門家が話し合えば多少は分かるのである。


 だから曾祖父がしたことも、基本的にはそれと同じ。

 これまでの探偵活動で得た爆弾の知識を総動員して、空襲で放り込まれた爆弾が爆発しても、何とか大丈夫そうな空き地を見つけたのだ。

 現代の専門家がそれを可能としている以上、過去の人物とは言え、曾祖父に不可能だったと考える謂れが無い……俺が疑問視するのは、もっと別の部分だ。


「これ、曾祖父さんの奥さん……俺たちの曾祖母さんの話が全く書いてないぞ。確か、空襲で焼け死んだんだろう?真っ先に避難場所に妻を逃がしたって書かれてあるのに、どうしてそんなことになるんだ?」


 この記述を信じるなら、曾祖父は最初に家族を逃がす方針だったらしい。

 まあ、当たり前だろう。

 近所の人の中には信じてくれない人も居ただろうが、家族なら流石に信じただろうし……大切にしていた妻や子どもは、一番最初に連れて逃げたはずだ。


 しかし結果だけ見ると、妻は空襲で死んでいる。

 これでは話が矛盾してしまうのだ。

 本当に曾祖父が地域住民全てを空襲から救った英雄だったなら、何故そんなことが起こったのか?


「そこに関しては……確か、空襲秘録の編集時に省いたと聞いていますね。私は祖父や親から直に聞いたので、真相を知っていますが。いやしかし、夏美さんの弟だけあって本当によく気が付く方ですねえ。夏美さんにこの話をした時と、全く同じ反応ですよ」


 ウチの息子もグレるようなことなく、君のように成長してくれたら良かったんですけどねえ……と住職からは愚痴るような追記がくっついてくる。

 よく分からないが、どうやら息子さんとの関係に悩んでいるらしい。

 何にせよここでは関係のない話題なので、俺は話を本筋に戻した。


「聞かせてください。住職が聞いた真相って、どんな物なんですか?住民の殆どが避難出来たらしいのに、何故俺の曾祖母は死んだんです?」

「それは……ですね。ええと」


 はっきりと問いただすと、住職は途端に歯切れが悪い様子になった。

 それを見かねたのか、既に真相を知っているらしい姉さんが口を開く。


「書いてある通り、曾祖父さんは真っ先に妻と子どもを避難場所に移動させたらしい。しかし、避難後に問題が起きた」

「問題?」

「近隣住人の避難が終了して、避難場所で火災を見つめていた時のことだ……炎に追われて、別の街の住人が走ってくることがあったそうだ。空襲から必死に逃げ回っている内に、偶然神舵区にまで流れ着いた人たちが、目の前に現れたんだよ」


 そう言うこともあるだろうな、と思う。

 隣町から必死に走って来れば、偶然曾祖父の用意した避難場所近くにまで来ることもあるだろう。


「しかし、当たり前だが彼らはその避難場所について知らないからな。どこに逃げるべきかも分からず、パニックになっていたそうだ。近くの建物に殆ど人が居ないのだから、より混乱は加速していた」

「まさか、事前に空襲を予測して住人を逃がした奴が居るとは思わないだろうしな……必死に逃げている人からすれば、静か過ぎて不気味になるか」

「そうだ。逆に避難場所の人たちは、かなり歯がゆい思いをしたらしい。折角避難場所の近くにまで逃げてきたのに、逃げ場があることに気が付けずにそのまま焼け死ぬ……隣町の住人たちが、次々とそうなっていったから」

「……まあ、そうなるか」


 既に避難した人が、どれだけ「こっちだ」と呼びかけても、周囲が焼け焦げる中で気が付けるかは怪しい。

 神舵区にまで逃げ延びながら、みすみす死んでしまう人が現れるのは当然だった。


「しかし、飛び出してまで彼らを救おうとする者も居なかった。危険だからな。申し訳ないとは思いつつも、見殺しにしていたようだ……曾祖父さんも、その一人だ。そもそも、見殺しにすること前提でその避難場所を選んだんだろう」

「自分の手が届く人たちを守れたら、それで十分だって思ったんだろうな。合理的ではあるけど」


 この辺り、曾祖父も俺たちに負けず劣らずドライだ。

 避難計画を練る中で、自分が助けられる命と助けられない命を明確に区別して、後者のことは考えないことを決めたのだろう。

 規模こそ違うが、そうやって残酷な判断をする姿勢は、興味が無い物を徹底して無視する俺や姉さんと似ていた。


「ところが、そこに例外が現れる……周囲の制止を振り切って、逃げ惑う者たちを避難場所にまで誘導しようと、炎の中に飛び込む人間が居たんだ」

「もしかして、それが……曾祖母さん?」

「そうだ。どうしても、見ていられなくなったらしくてな。曾祖父さんの隙をついて、パッと飛び出したんだよ。こっちに避難場所がありますよ、と伝えるために」

「それは……また」


 無茶な、と真っ先に思う。

 状況的に、既に神舵区は火の海になっていたはず。

 その中で混乱する避難者のところにまで駆け寄り、安全地帯まで誘導するのは、かなりの手間である。


 血の通ってない感想になるが、リスクとリターンが釣り合っていない行為だ。

 少なくとも、俺ならそんなことはしない。

 話を聞く限り、曾祖母が超善人だったらしいことは分かるのだが……悪意的に表現すれば、軽率な振る舞いだった。


「じゃあ、それで曾祖母さんは亡くなったのか?避難誘導している内に火の手に追われて帰れなくなって、そのまま焼死した……」

「……いや、もっと酷い」


 俺が苦々しく推測を述べると、姉さんはボソリと訂正をする。

 そして、かつて住職から聞いた「真相」を教えてくれた。


「曾祖母さんは逃げ惑う避難者に声を掛けて、こっちだと誘導した……ただ、相手もパニックだからな。彼女が用意した誘導路には、大量の人間が我先にと殺到することになった。その道を教えてくれた曾祖母さんを、思いっきり突き飛ばしてな」

「……じゃあ、まさか」

「そうだ。大量の人間が避難場所にまで駆け出したことで、曾祖母さんは彼らに踏み潰されることになった。華奢な女性だったそうだから、耐えられるはずもなかったんだ。おおよその移動が終わった時には、挽肉みたいになっていて……その場にへばりついていた。当然、そのまま逃げられずに焼死したよ。骨も見つかってない」

「……曾祖父さんは、それを……」

「当然、黙って見ていたさ。避難場所から飛び出せば生きて帰れないことを、目の前で妻が証明したんだからな。息子も抱えた状態では、助けになんて行けない。だから、妻に駆け寄ることもせずに避難場所に留まり続けた……だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前風に言うのなら、彼の中の『探偵』の部分がそう判断したんだろうよ」


 そう言われた瞬間、俺は焼界寺の外をパッと見た。

 恐らくは、大空襲の際に焼けていたであろう場所を。

 俺の曾祖母が、自ら助けた群衆に踏み殺された場所を……一度、見ておきたくて。

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