表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage27:黄泉の国へふらふらと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

378/385

源流を辿る時

「曾祖父さんの話をする前に、一つ確認だ。お前、松原家が元々は東京出身であることは知っているか?現在でこそ、本家も移住しているが……」

「ああ。そこは知ってる」


 姉さんの確認に、俺はそれくらいは知っているとアピールしておく。

 先程思い返した、「たった一度の例外」で知ったのである。

 俺と幹夫叔父さんが禁忌の秘宝を探した、あの夏休み────戦時中に起きた事件の解決後に、直に聞いた話だった。


 あの事件の推理中には、望鬼市の人間が疎開児童たちを村八分にしていたという暗い歴史が出てきた。

 聞いてすぐの頃は、純粋に憤りを覚えた記憶もある。


 しかし実を言うと、話の後で俺は不安になっていた。

 俺の先祖は……果たして、村八分に参加したのか?

 そこが心配になったのだ。


 証言者の話によれば、大戦末期にはほぼ全ての住人が村八分に参加していたようだった。

 つまり嫌な言い方をすると、現在の望鬼市に古くから住む人たちは、その全員が「戦時中村八分に参加していた住人」の子孫なのである。

 望鬼市に先祖代々の土地を持つ農家は簡単には移住しないので、どうしてもそうなってしまう。


 だから松原家が戦前から望鬼市に住んでいたのなら、確実に俺の先祖も村八分に参加していたことになるのだ。

 それは正直、想像するだけでも嫌なことだった。

 いくら昔のこととは言え、自分が戦時中にそんなことをやっていた人間の子孫かもしれないというのは、少なくとも良い気分になる話ではない。


 だから当時の俺は、珍しく仁伯父さんたちに質問したのだ。

 俺の先祖は、前々から望鬼市に住んでいたのかと。


 仁伯父さんたちの答えは────。


「確か曾祖父さんは、戦後に東京から望鬼市に引っ越したんだろう?茉奈たちの家は、戦後の混乱で空き家になっていたのを引き取った物だ。だから戦争が終わった頃は普通に出身地の東京に住んでいたし、農家もやっていなかった……」


 この話を聞いた時には、随分と安心したことを覚えている。

 いやまあ、別に先祖の人間性は俺には関係ないのだが、それでも可能なら良い人であって欲しいという想いはやはりある。

 とりあえず、引っ越してくる前に起きた村八分と先祖が無関係なのは嬉しかった。


 そこが確定したので、俺はそこで質問を止めていたのだが……。

 姉さんとしては、曾祖父についてより詳しいことを知っているらしい。


「そこを知っているのなら、話は早い。昭和二十一年、私たちの曾祖父はまだ幼い息子……私たちの祖父を連れて望鬼市に引っ越した。父一人、子一人の状態でな」

「……曾祖母さんは、空襲で亡くなったからな」


 これまた、仁伯父さんから流れで聞いたことだった。

 本来なら曾祖父の家庭には、一人息子だけでなく、愛する妻も居た。

 亭主関白な夫が結構多かったであろう当時では珍しく、曾祖父は妻にデレデレで、いつも妻の自慢をしているような人物だったらしい。


 しかし、戦争で全てが変わってしまった。

 空襲を受けた際、曾祖父とその息子は生き残った。

 しかし、曾祖母は焼け死んだのである。


 だから曾祖母がどんな人だったかは、俺たちは誰も知らない。

 実の息子である祖父すら、幼かったからよく覚えていないそうだ。

 空襲によって写真すら一枚も残っていないので、現代の俺たちとしては知りようがないのが実情だった。


「曾祖父さんは最愛の妻が亡くなったことに耐え切れず、元々住んでいた東京を去って、新しい土地で農家としてやり直すことにした……仁伯父さんからは、そう聞いたけど」

「ああ、その認識で間違いない。戦後の松原博は、間違いなく普通の農家だった。だが、玲……そんな曾祖父さんが、農家になる前はどんな仕事をしていたか知っているか?」

「前の仕事?」


 そう言えば、聞いたことが無い。

 東京に住んでいたのだから、当時の東京で出来る何かの仕事だったとは思うのだが……。


「別にそんな、大金持ちとかでは無かっただろうとは思うけど……何の仕事をしていたんだ?」

「……()()()()。小さくはあるが、探偵事務所まで開設していた。殺人事件の解決や誘拐犯の追跡、果ては爆弾事件における爆発物処理まで、色々やっていたらしい」

「えっ……た、探偵?」


 子孫である俺たちの行動からすると、結構納得出来る事実。

 しかし歴史として聞くと流石に嘘っぽい経歴を告げられて、俺は絶句してしまう。

 そんな奇特な人だったのか、俺の曾祖父さん。


「そんなに驚くことでもないだろう。日本では、明治時代には既に探偵事務所が開設されている。戦前の時点から、職業の一つとして私立探偵は存在していたんだ。戦前の作品を見ても、昭和初期から名探偵たちはバリバリ活動しているだろう?」

「いやまあ、そういう歴史は知ってるけど……前々から姉さんにたっぷり教えられたし……」


 それとは別に、自分の先祖が探偵をしていたのが驚きなのである。

 姉さんの言う通りなら、俺の曾祖父は古典推理小説の主人公と同じことを現実でやっていたのだ。

 そんな下手な小説よりも小説らしい人物が先祖だと聞かされても、中々実感が湧かないと言うか。


 ──昔は葉兄ちゃんと推理小説の話をしては、「現実にはこんな探偵は居ないよな、俺たちの周りで起こるのは精々『日常の謎』くらいだ」って話していたんだけどな……一気にシュールになるな、あの会話。


 馬鹿話に興じていた俺たちの先祖こそ、現実には居ないとされていた探偵だった……らしい。

 何だかこう、驚く以前に申し訳なくなる。

 ちょっと罰当たりだっただろうか、あの会話。


「そうなると……曾祖父さんはこの周辺で、探偵として活動していたのか。そして空襲で事務所も焼けたから、探偵も引退した?」

「まあ、そういう流れになる」


 あっさり頷く姉さんを前に、俺は違和感を抱く。

 本当だろうか、と思ったのだ。

 そんなに簡単に、引退が出来たのかと。


 少し前に、自分探しの旅なんていう恥ずかしいことをしていたので、実感として分かる。

 俺たちの持つこの衝動……「探偵」の推理欲求は、中々消える物ではない。

 仁伯父さんは頑張って足を洗ったそうだが、彼は寧ろ例外だろう。


 凛音さんは昔、俺の本質を指摘して、「虫が光に集まることを止められないように、松原玲は推理を止められない」と述べた。

 あの例えは秀逸だと思う。

 環境の影響や姉さんのような先達の影響もあるが、それを抜きにしたもっと根本的な部分で、俺は「探偵」なのである。


 そして曾祖父もまた、心の中に「探偵」の部分を持つ人だったのだろう。

 そうでなければ、自ら探偵事務所を開設するようなことはしない。

 碌に先達も居ない環境でわざわざそんな職業を選んだ辺り、彼が抱えていた推理衝動は生半可な物ではなかったはずだ。


 そんな彼が、探偵を辞めた?

 空襲で事務所が焼けたからと、農家に転職した?

 妻の死がショックだったのは分かるが……何だか、しっくり来ない気がした。


「納得出来ないって顔をしているな。同じ転職でも、私のアメリカ行きとは随分反応が違う」

「だって、姉さんはアメリカでも普通に推理はするつもりだろう?でも曾祖父さんは、話からすると推理自体から手を引いているみたいだから。奥さんを亡くしたことや戦争のショックを含めても、方針転換の角度が急に思えて……」

「そうだな……実際、お前の推測は正しい。彼が探偵を辞めて東京を出たのには、他に理由がある」

「それが、この記述に繋がってくるのか?」


 目の前のボードを、改めて見つめる。

 空襲の際に地域住民の避難誘導をしたとして、先の大戦から何十年も経った現在でも記述されている曾祖父の名前。

 このことが、曾祖父の心変わりと関係があるのだろうか。


「と言うか、この空襲時の避難に貢献したって話自体、初耳なんだけど……そんなことをしてたのか?」

「ああ。一時期は銅像を建てようか、なんて話すらあったらしい。だから、まずはこれについてだ。空襲の話を知れば、探偵を辞めた理由も察しがつくから」


 そう言うと、姉さんはスタスタといきなり歩き始める。

 ここにはもう用はない、と言うことだろうか。

 慌てて追いかけると、姉さんはお寺の寺務所に乗り込み、「すいませーん!」と声を掛けていた。


「この間お電話した、松原ですがー!予定通りにお尋ねしましたー!例の小冊子、持ってきてくださいませんかー……」


 寺務所に人が居なかったので、急かすように姉さんは声を張り上げる。

 お陰で奥にまで届いたのか、すぐにバタバタと誰かが走ってくる音がした。


「ああ、すいません。松原夏美さんですね……いやはや、お久しぶりです」


 法衣を着こんだ中年のお坊さんが、ひょこりと姿を現す。

 どうやら、このお寺の住職らしい。

 彼は姉さんに対して懐かしそうに声を掛けた後、俺の存在に気が付いたらしく、もう一度頭を下げる。


「ええと、初めまして。この焼界寺の住職をさせていただいております、順雄(じゅんゆう)と申します」

「本名が佐柳順雄(さやなぎかずお)と言うんだ。だから、戒名は本名を音読みにしているそうだ……十年前に私がここを訪ねた時、そう解説された」


 住職が自己紹介すると、姉さんが何故か本人でもないのに情報を付け足してくる。

 姉さんとしては分かり切っていることなので、ささっと解説したかったらしい。

 せっかちな姉に呆れつつ、俺も自己紹介しておく。


「こちらこそ初めまして、こちらの松原夏美の弟で、松原玲と言います……あの、姉とは前からお知り合いなんでしょうか?」

「ええ。ちょっとしたことを切っ掛けに、話したことがありましてね。私もまさか、あの松原博さんの子孫と交流出来るとは思っていませんでしたよ。もっともその後は交流もなく、数日前に電話が来るまでは会えていなかったのですが……」


 ニコニコとお坊さんらしい穏やかな話し方をしながら、住職は姉さんにも頭を下げる。

 どうやら十年前の……姉さんが高校生探偵として大暴れしていた頃の知り合いのようだ。

 この人も何かの事件に巻き込まれたことがあって、姉さんがその解決をしてあげたってところかな、と勝手な想像をする。


「それで、小冊子とは何ですか?さっき、姉さんが何か言ってましたけど」

「ああ、アレですね。用意してありますよ……松原夏美さんが、弟さんに是非見せてあげたいと仰っていたので」


 そう言いながら住職は寺務所の机に手を伸ばし、薄い古を掴んで差し出してくる。

 流されるままに受け取った後、俺は表紙をそのまま読み上げた。


「えー……『空襲秘録』?」


 タイトルを見ていると、すぐに姉さんが解説を足す。

 本当にせっかちな人だ。


「名前の通り、戦時中の空襲に関する証言や逸話をまとめた本だ。戦後しばらく経った頃、当時の住職が編纂した冊子らしい……現在では人口減もあって中止になっているが、かつてこの寺では、毎年夏に教育関連のイベントをしていたからな。そこで配布されてたんだ」

「教育関連のイベントって……平和学習とかのあれか。夏によくやっている、戦争の記憶を後世に伝えるための行事みたいな」

「その通り。とにかく読んでみろ。曾祖父さんのことが分かるから」

「……曾祖父さんのことが、ここに載ってるのか?」


 少し驚きつつ、俺はパラパラとページをめくっていく。

 古い小冊子なので大分紙が劣化していて、かなり読みにくかった。

 それでも頑張って読むと、何とか内容は分かってくる。


 紹介通り、そこには多数の空襲に関するエピソードが掲載されていた。

 寺が焼けた、学校が焼けた、家が焼けた……そんな暗い紙面の中で、俺は自然とその話を見つける。

 他と違って見出しまでついていたので、よく目立ったのである。


『空襲時の英雄 松原博氏 ──地域住民の避難活動に尽力──』


 ボードにあった内容と同じく、「避難活動に貢献した」と見出しからして書いてある。

 しかもこちらでは、英雄なんて言葉までついてきた。

 曾祖父さんはいよいよ何をしたんだ……不思議に思いながら、俺は小冊子を読み進めていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ