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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage27:黄泉の国へふらふらと

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先祖供養の時

「……改めて聞くけど、目的地ってどこなんだ?」


 数分後。

 話が進み過ぎて、何気に聞けていなかったことを質問する。

 これが姉さんと日本で話すほぼ最後の機会であることを思えば、もうちょっと湿っぽい会話をしても良いのかもしれないけれど、生憎とそんな会話が望まれていないことは分かっていた。


「もしも退職の話をすることが目的だったのなら、渋滞中に全部聞き終わったような……」

「いや、まだだ。確かにこの話もしようと思っていたが、他にもお前に聞かせないといけない話があるんだよ。しかもここからの話は、現地に行かないと出来ない」

「そうなのか?……で、その目的地は?」

「神舵区だ。その奥地に用がある」

「神舵区って……」


 ぽん、とYAMIの姿が思い浮かんだ。

 二十三区内にも関わらず廃墟が立ち並ぶあの失敗都市には、彼女が未だに住んでいるはずである。

 勿論、YAMIに会いに行く訳ではないだろうが、あの街で何かをしたいようだ。


「とりあえず、車の中で話すことは終わった。目的地に着くまではテレビでも見ていてくれ」


 そう言いながら、姉さんは信号待ちの間にカーナビの画面をすっと触る。

 即座に電波を受信したのか、どこかの民放の番組が流れ始めた。

 すぐに車が動き出したことで映像は非表示になってしまったが、音声だけは流れ続ける。


『……さて、今年の二日に起きた強盗事件について続報です。警視庁は昨日十八時に、強盗犯たちの目撃証言に関する注意事項について説明をしました。警視庁広報は、SNSなどで出回っている誤情報を送付する市民が多いことについて残念に思うとコメントし……』


 どうやらニュース番組だったらしく、女性アナウンサーの困ったような声が響き始める。

 知っている内容だったので、ああこれか、とすぐに分かった。


「この強盗事件、まだ犯人が捕まってないんだな。事件発生からそれなりに経つけど」

「そうだな、物騒なことだ……というかお前、この事件について知っていたんだな。入院中のことだろうに」

「いや、偶々病院のテレビで聞いたから……」


 茶木刑事に持ち込んでもらった落語が一周して、グラジオラスのシングルも聞き終わり、BGM代わりにテレビを垂れ流していた時のことだ。

 ニュース番組の途中で、速報が入ったのである。

 映玖市にも結構近い場所で起きた事件であるため、何となく覚えていた。




 事件についてまとめると、以下のようになる。

 新年のセールを行うために開店準備をしていた、都内の大型デパート……その内部の貴金属店に、目出し棒を被った怪しい三人組が侵入。

 ナイフを突き出して店員を脅迫した挙げ句、怯える店員から総額数千万円にも上る宝石類を奪い、そのまま逃走した。


 犯人たちが開店前の店内に入り込めたのは、犯人の一人がデパート店員だったからだとされる。

 店員としての権限を使って、本来なら開いていないはずの店の中に仲間を引き込んだのだ。


 当然ながらすぐに通報されたのだが、時間帯が悪かった。

 事件発生直後に開店時間になってしまい、新年セールと福袋ゲットのために現場に大量の客が流れ込んだのだ。

 ごった返す客の波に翻弄された結果、警察の到着は遅れに遅れ、犯人一味は上手く逃げおおせてしまった。


 勿論、これらは全て犯人たちの狙い通りである。

 こうなることを期待して、開店直前に事件を起こしたのだろう。

 結果として監視カメラも碌に情報を残しておらず、人混みに紛れる形で強盗犯は逃亡した……まあ、こんな感じのニュースだ。


 俺としても犯人の行方はちょっと気になっていたのだけれど、生憎と当時は入院中であり、眼帯も外れていなかった。

 その状況で外部の事件に関わるのは流石に無理があり、「まあ、流石に警察が捕まえるだろう」と判断して忘却したのだが……。




「未だに捕まってないとなると、流石に気になるな。現場の近さからすると、遭遇する可能性も一応あるし……」

「いや、映玖市内で犯人グループとばったり遭遇するようなことは流石にないだろう。犯行の手際の良さからすると、逃走についても気を遣っているはずだ。仮に犯行後も現場近くの街でずっと留まっていたなら、相当なアホだぞ」

「まあ、それもそうか。逆に言えば犯人たちは、既に現場から離れたところか、見つかりにくいところに居るってことになる」


 そこまで話したところで、ニュースの音声の質が変わる。

 アナウンサーではなく、番組に参加しているゲストがコメントするようになったらしい。


『それでは、ゲストの方々の意見を伺ってみましょう……』

『いやもう、早期の事件解決を願うばかりですね。警察もだらしないですよ。新年で人通りが多かったとは言え、犯人たちの逃走経路が未だに分かっていないなんて……』

『確か今って、コンビニとかの監視カメラの映像を繋ぎ合わせたら、都内の人通りなんて殆ど分かるんでしょう?そういうのってしてないのかな?』

『やってるはずでしょう。とにかく警察には、かつての神帰月の奇跡のように頑張って欲しくて……あの時は、十人くらいの指名手配犯が一気に捕まりましたからね』


 その瞬間、プツっと音声が途切れた。

 えっ、と思って横を見ると、姉さんが画面に指を伸ばしている。

 再び信号待ちになった隙を見計らって、番組の受信を止めたようだった。


「自分でつけておいて……どうかしたか?」

「いや、今聞くことではないと思ってな。着いた先で別の話があるんだから、ここで別の事件のことを知るのはノイズだろう?」

「……そうか?」


 別に番組の続きを見たかった訳ではないが、行き当たりばったりな振る舞いに不満を述べる。

 しかしその時には、姉さんはもう運転に戻っていた。

 勝手な人だと思いながら、俺は仕方なくスマホを触ることにした。




「……よし、ここだ。やっと着いた」


 それから数十分後。

 姉さんの呼びかけに顔を上げた俺は、反射的に周囲を観察する。

 スマホばかり見ていたので──下地弁護士との会話もあり、WANのことを調べていた──風景に気を配っていなかったが、既に神舵区内に入っていたようだ。


「でも、ここはどこだ?古い建物だけど、お寺……?」


 到着した場所は、寺社らしい古い和風建築内の駐車場だった。

 周囲に鳥居や狛犬が無いので、神社ではないだろう。

 看板も何もないので分かりにくいが、古い寺の一画らしい。


「その通り……神舵区にある寺の一つ、焼界寺(しょうかいじ)だ。お前は来るのは初めてだな」

「あんまり神社やお寺に行くことが無いから……姉さんもそうだろう?」


 シートベルトを外して車を降りながら、俺たちにとっては当たり前のことを確認する。

 我が家はとかく不信心なので、お参りという行為を殆どしない。

 家族全員が理屈重視で生きているため、神や仏に頼ることが少ないのである。


 姉さんに至っては、それらを小馬鹿にしている節すらあった。

 前にも触れたが、ラッキーアイテムや縁起物の類を、真顔で「詐欺師推薦無駄グッズ」呼ばわりする人である。

 そんな人だからこそ、目的地がお寺だったことは意外だった。


「……もしかして姉さん、アメリカに行く前に仏様にお祈りでもするのか?飛行機が落ちませんようにー、アメリカでも成功しますようにー、みたいな」

「まさか。私が最後に寺社で祈りを捧げたのは、お前が生まれる直前……母さんに陣痛が起きた時だけだ。あの時ばかりは、無事に生まれるようにと祈ったな」


 ──あ、そう言うのはしたことがあるのか。


 意外な新事実を聞いて、俺は思わず目の前のお寺のことを忘れる。

 前々から、「俺が生まれたのは、姉さんが両親に『弟が欲しい』と頼み込んだからであり、姉さんはその誕生を待ち望んでいた」という話は聞かされていたけれど、「そのために寺社でお祈りまでしていた」というのは初めて聞いた。

 確かに出産は姉さんがどうにかできる話ではないので、神頼みくらいしかやれることが無かったのかもしれないが……。


「でもそれなら、いよいよ何のためにここに来たんだ?お参りをしないのなら……」

「そう急ぐな。おいおい説明するから」


 そう言いながら、姉さんは慣れた様子でひょいひょいと大きな門を潜っていく。

 今の話からすると、姉さんは以前にもここに来たことがあるようだった。

 周囲を見ながら「ええと、あれは……」なんて言って、何か探している。


「お、あったあった。ちょっと位置をずらしたな」


 しばらくキョロキョロしていた姉さんは、やがて何かを見つけた顔になり、いきなりお寺の片隅に駆け出していく。

 慌てて追いすがると、姉さんの向かう先に大きな案内板みたいな物があるのが見えてきた。

 史跡や観光名所に一個くらいはある、その地の歴史や所縁の人物を紹介するためのボード……それが設置されている。


「……玲、まずはこれを読んでみろ。話はそれからだ」


 指で案内板を示す姉さんに誘導されるまま、俺はボードの真正面に立ち、ザッと目を通してみる。

 見た限り、ボードの左半分には寺と敷地の構造が、右半分にはこの焼界寺の歴史が記述されているようだった。


 ──ええと……焼界寺は江戸時代末期に高名なお坊さんが作ったお寺で、宗派がどうこう……空襲で一度焼失してしまったから、地域住民の資金で再建したのが今の本堂で……。


 歴史の解説にボードの右半分しか使われていない時点で察することが出来るが、何百年も続く由緒ある寺ではないらしい。

 言っては悪いが、よくある普通のお寺だ。

 空襲で焼けてしまったことを除けば、そんなに大きな歴史的イベントに絡んだこともないらしい。


 ──これを読んで、何を思えと……?


 不思議に思いながら、俺は一応最後まで目を通す。

 すると、末尾の一行に気になる記述があることに気づいた。

 経年劣化により、印刷が剥げかけているので分かりにくいが……目を凝らしながら読み上げる。


「『再建時、地域住民を空襲から救った松原博(まつばらひろし)氏の功績から、本堂の位置を移転したと伝わっています。現在本堂があるこの場所は、松原博氏が避難場所に指定した場所でもあるのです』……ちょっと待て、姉さん。この『松原博』って、まさか……」

「ああ、私たちの先祖だ。間柄で言えば、曾祖父になるな」

「曾祖父……ひいじいさん?」


 その響きを耳にすると同時に、昨年の記憶が急速に蘇った。

 姉さんがアメリカに向かう直前、俺が彼女と対話した時のことだ。

 俺が「推理力を上げつつも情は捨てない、中途半端を極める」と宣言すると、姉さんはこんなことを言ったのだ────「曾祖父さんの二の舞にならないと良いな」と。


 直後にアメリカに行ってしまったので詳しく聞けていなかったが、確かにそう言っていた。

 俺としても、何が言いたかったのだろうと不思議に思っていたのである。

 話の流れからすると、姉さんは曾祖父と俺を重ね合わせているようだが。


「色々聞きたいことがあるんだけど……ええと、アレか、姉さん。とりあえずこの寺に来た目的って、俺たちの先祖の話を聞かせるためなのか?」

「そうなるな。今まで、先祖の話はそこまでしていなかったから……お前としても、碌に知らないだろう?」

「まあ、殆ど聞いたことが無いし……」


 知る手段が無かった訳ではない。

 長期休みに入る度に望鬼市に帰省していた俺は、祖父母や仁伯父さんたちとは容易く交流出来る立場にあった。

 先祖の話を聞こうと思えば、いくらでも聞けたのである。


 しかし、単純に興味が無かったので──たった一度の例外を除いて──先祖の話を聞いたことは無かった。

 これはまあ、よくある話だろう。

 生まれる前に亡くなってしまった曾祖父の話なんて、興味を持つ方が難しい。


 だが姉さんの口振りからすると、どうも姉さんは俺よりは先祖について詳しいようだ。

 その知識を利用して、俺に何かを伝えようとしているらしい。

 自分がアメリカに行ってしまう前に、何かを伝授しようとしている────そう映った。


「……聞かせてくれ。俺たちの曾祖父さんって、どんな人だったんだ?」


 どんな話が出てくるかも分からないまま、一先ず姉さんの思惑に乗る。 

 わざわざ語る以上は重要事項なのだろう、とすぐに察したからだ。

 こちらが話を聞き入れる体勢になったのが分かったのか、姉さんは明確にニヤリと笑った。

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