表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage27:黄泉の国へふらふらと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

376/385

芸能事務所評論の時

「とにかく、姉さんの目標は達成された訳か。思えば姉さんって、芸能事務所に入って四年弱で新人アイドルのプロデュースをして、しかも結果を出したんだよな……早過ぎるだろう、本当に」

「まあ、そこはボヌールの体質も関わるだろうな。良くも悪くも強引なところだから」


 ──あれ、珍しい発言。


 意外に思って、俺はまじまじと運転席を見つめてしまう。

 考えてみれば、姉さんが自分の思惑や計画を語ることは何度かあったが、ボヌールそのものについて語る場面は殆ど見たことがない。

 ボヌールはこれまで、凛音さんの脅迫に屈して真実を隠蔽するなど、姉さんの信念に反したこともしているのだが……それでも、基本はノーリアクションだった。


 だから職務中はボヌールに誠心誠意尽くしているように見えたのだが、やはり思うところはあったのだろうか?

 何となく気になって、俺は話の筋がズレるのを承知でそちらを聞いてみることにする。


「姉さんから見ると、ボヌールって強引な芸能事務所なのか?業界の中でもそんな体質が目立つ、みたいな」

「そうだな……別に私も上層部の人間について詳しい訳じゃないが、なまじ老舗の事務所である分、古い考えのまま突っ走る人間が多い傾向はあるな。例えばほら、イノセントライブのことを思い出してみろ。あの時はライブ前に爆破予告が届いたり、茉奈が騙されて火薬の詰まったケースを置いたりしたよな?」

「そうだけど……それが?」

「お前、当時のボヌールの判断を無茶だとは思わなかったか?いくら解決の目途が立っていたとは言え、私たちは爆破予告がされてもライブを中止にしなかったんだぞ?何なら会場が自社の系列であることを利用して、続行するように働きかけていた……アイドルの身の安全を考えていない、強引な芸能事務所の態度そのものだろう?」

「……あー」


 ──……指示を出した姉さんすら、強引だとは思っていたのか、アレ。


 今更のように冷静なツッコミがされて、俺は何だかシュールな気分になった。

 まさか、事件から数ヶ月経過した今になって論評が加えられるとは。

 しかも全ての指摘がド正論なものだから、俺は頷くしかなくなってしまうのだった。






 俺は事件解決に忙しかったので、大して気にしていなかったが────確かに当時のボヌールは、無茶苦茶な判断をしている。

 イノセントライブと大規模オーディションで大量の希望者が集まる中、爆破予告や火薬の設置がなされたのに、企画を中止しなかったのだから。

 他事務所のバレットが、レーザー事件が起きたことでクリスマスライブを中止したのと比べると、大分差がある対応である。


 一応、事件中には「追加で事件が起きたら中止は確実だが、今から犯人を捕まえられたらライブは予定通り開催出来る」なんて話をされたが、安全面を考えればあれでも論外だろう。

 現代のコンプライアンスで言えば、爆破予告をされた時には、大事を取って全イベントを即時中止にすることだってあるんじゃないだろうか。

 そっちの方が安全だし、出演者にも優しい。


 要するにあの一件は、「最後まで事件解決を諦めなかったことで、直前で犯人を確保して無事にライブがやれました」という美談などではない。

 実際には、「幸運にも犯人確保には成功したが、探偵役が居なければ爆破事件が起きていたような環境下で、事務所がライブを中止にしなかった」という怪談である。

 ライブ開催に喜んでいたグラジオラスメンバーには悪いが、理屈的にはそうなる。


 それでも身内を擁護するなら、姉さんがこの判断を下したこと自体はまだ理解出来るのだ。

 姉さんは俺よりも推理力があるので、俺が推理に失敗しても、自分が前線に出れば全ての事件を解決出来ると確信していたのだろう。

 実際、姉さんがやっても犯人確保は可能だったはずだ……多少警察への情報提供を遅らせても、何とかなると踏んでいたんだと思う。


 だからこそ、姉さんは爆破予告がされてもイベントを即時中止にはしなかった。

 どれだけ状況が悪くなっても、自分でケツを拭けると思っていたから。

 勿論これも良いことではないが、彼女なりの勝算はあったと思われる。


 しかし、そんな姉さんの判断に許可を出したボヌールの対応は、冷静に考えると割とアレである。

 いくら姉さんが企画の続行を叫んだとしても、上層部の許可が無ければ実行出来るはずがない。

 姉さんがああ言ったということはつまり、上層部も爆破予告と火薬詰めケースの留置がなされている中で、「松原夏美に任せよう」と企画にゴーサインを出したのだ。


 俺は弟だから、姉さんの推理力を信じられる。

 だが、ボヌール上層部はどうして姉さんをそこまで信じたのか?

 仮に、「まあ脅迫くらい何とかなるだろう、彼女がやるって言うのなら、任せても良いかな」くらいの考えでライブ続行に許可を出したのだとしたら……なるほど、強引でヤバイ価値観の事務所である。


 そう言えば凛音さんも、「脅迫状が倉庫を埋め尽くすくらいに届いているが、このくらいではもう対応してくれない」と愚痴っていた。

 どうもボヌール上層部は脅迫の類を軽視して、それを受け取ったアイドル側の悪影響を無視するところがある。

 その対応に乗っかっていた姉さんとしても──「お前が言うなよ」感は結構あるが──これには思うところはあったようだ。






「まあ、私としてはやりやすい事務所だった。私自身が強引な人間だからな。気質に合っていたというか……仮に別の事務所で私が同じようなことをしていたら、誰かが流石に止めただろう。私もまた、この年齢で大きな仕事を任されはしなかったはずだ」

「強引で無茶苦茶やる事務所だからこそ、まだ若い姉さんに色んなことを任せることがあった。だから、若くして活躍出来たって流れか」

「そうなるな。自分で言うのもアレだが、私みたいな人格の人間が、猫被りもせずに活躍出来る環境は限られている。逆に言えば、そんな私が活躍したボヌールの現環境は、割と異常ってことだ」


 ──自分で言うんだよなあ、こう言うこと……。


 呆れつつも、理屈としては理解する。

 姉さんはとかく我が強いので、周囲にどれだけ言われても性格や信念を曲げることは基本的にない。

 しかし同時に馬鹿でもないので、自分の素の性格が受け入れられにくい物であることも分かっているのだ。


 だからこそ、自分が好き放題やっているのに意外と反発が無かったボヌールの環境に、「あれ?」と思ったのだろう。

 自由に動きながらも、「私みたいな人間の提案を即受諾するなんて、こいつらヤバイんじゃないか?」とも感じていたのだ。


「……そう言う意味では、姉さんが辞めてからのボヌールって、ちょっと怖い気もするな。だって強引な手段と体質はそのままなのに、姉さんみたいな『最悪の事態でも対応可能な名探偵』はいなくなるんだろう?それって……」


 はっきり言えば、強気なプロデュースはガンガンやる癖に、そこで生じたトラブルは解決出来ない事務所になってしまう訳だ。

 何かと炎上しやすいこのご時世に、そんなワイルドな営業方針の事務所が生き残っていけるのか、割と疑問である。

 いやまあ、ボヌールは姉さんの入社前から長らく芸能界に君臨していたのだから、流石に自力で何とかするとは思うが……そう思ったところで、姉さんは更に嫌な話を付け足してくる。


「確かに、古巣のことを思うと心配にはなる。業績も最近良くないしな」

「え、そうなのか?」

「今までの流れを思えば、当然だろう。去年の春は月野羽衣が未成年喫煙騒動で長期謹慎、夏は凛音の引退騒動、秋にはイノセントライブで爆破予告だ。これで業績が上がる方がおかしい」

「……確かに」


 全部自分が関わっていることなので、それはそれはよく理解出来た。

 こうして振り返ると、不祥事塗れの事務所である。

 俺がクライアントだったら、絶対に案件を任せたくない。


「何なら、アレだな……この一年、俺が謎を解く度にボヌールの業績悪化を招いていたような……『ライジングタイム』や『落とし穴ロワイアル』みたいなアイドルが活躍出来る番組も、推理でコーナーごと潰したし」

「別にお前のせいじゃない。問題を起こした側が悪いんであって、告発者に責を問うのは変な話だ。特に凛音に関しては、ボヌールの自業自得という側面もある。アイツからの脅迫に従って、凛音個人にはどの会社も損害賠償の類を請求しないと交渉をまとめたのはボヌールだ……ボヌールへ請求された違約金については、律儀に払っていたがな」

「……うーん」


 姉さんは庇ってくれたが、それでもやはり微妙な気分になる。

 他の細々とした事件はともかく、凛音さんの引退が業績に直に影響することは、経営に詳しくない俺でも推測出来た。

 凛音さんの稼ぎがなくなることもそうだが、将来的に企画していたはずのイベントまで中止になってしまったのは大損だろう。


 そもそも凛音さんがあんな引退のやり方をしたのは、十周年記念イベントを中止に追い込みつつも、違約金を払いたくなかったからだ。

 ボヌールはまんまとそれを受け入れてしまったので、凛音さんには何の請求もせず、自社の責任に関してのみ対応する感じになったらしい。

 凛音さんの人気を思えば、あのドタバタでボヌールが支払った額だけでもとんでもないことになっていそうだ。


 しかもその損失は、これからもそうそう補填はされない。

 凛音さんクラスのトップアイドルを再び発掘して売り出すのは、とんでもなく難しいからだ。

 他のアイドルの収益の全てを合計しても、下手すると足りないかもしれない。


 つまりボヌールは、あの一件で簡単には埋まることのない財務上の穴を抱えたのだ。

 これからどれだけ営業を頑張っても、業績が元に戻るのは十年後か、二十年後か……。

 その起点に自分が噛んでいると言うのは、間違いなく気分の良い話ではない。


 ──しかし、それを分かっていて退職を選ぶ姉さんって、色々凄いな……いやまあ、新しいことに興味を抱いた姉さんからすれば、古巣の状況なんてもうどうでも良いんだろうけど。


 姉さんだって、ボヌール在職中に極端な業績悪化があったなら、もうちょっと反応したことだろう。

 しかし既にプロデュースの手法を学び終わり、グラジオラスが軌道に乗った現在では、そこまで心配はしないようだ。


 仮にボヌールが潰れるようなことになっても、現時点まで実力を伸ばしたグラジオラスメンバーなら、もう大丈夫だと踏んでいるのか。

 レーザー事件終盤で、会社の意向に反してでも警視庁幹部に凛音さんの犯行について情報を流したのは、この辺りの事情からなのかもしれない。


 ──逆に言えば、木馬事件の頃はまだグラジオラスメンバーの実力に満足してはいなかったのかな。だからあの時は、ボヌールがその経営を続けられるように手を貸した。脅迫に目を瞑ってまで……。


 当時の事情を推察しつつ、俺はこんがらがった事情に空笑いをする。

 本当に、色んな仕事を同時並行でやる人だ。


 ……しかしボヌールの内部事情など、最早アメリカに行く姉さんには関係ない。

 気が付けば、話が逸れていた。

 本来の話題について聞き終えるべく、俺は次の職場について聞いてみる。


「……で、最後に聞きたいんだけど、日本じゃなくてアメリカで働くことにした理由は何なんだ?今度は何を目的に?」

「まあ、それは簡単な発想だ。日本でのプロデュースは大体学んだから、次は海外でのプロデュースを学んでみようと思ってな。私がこれから掴む真実が、日本の事件だけとは限らない訳だから。価値観の分断が進む外国で、日本出身の私がどれだけやれるか……試してみたくなった」

「つまり、『真実』をプロデュースするやり方を極めるために、次はグローバルな市場でやりたいってことか……父さんっぽいな、何か」


 改めて、姉さんが父さんの……松原拓斗の子どもであることを再確認する。

 要するに、日本なんて小さな島国で見つかる事件や真実だけでは満足しないのだ、この人たちは。

 興味ある物があれば、名探偵の能力を持つ者たちはどこへでも行く。


 ──でも、そうなると……姉さんは父さんと同じで、もう殆ど日本には帰ってこないつもりなのか?アメリカでも学び終えたら、いよいよ真実のプロデュースとやらを実践するだろうし……。


 姉さんが、いなくなる。

 もう、一緒には暮らせなくなる。


 一連の話を聞いた俺は、ようやくそれをじんわりと自覚する。


 ここで話すまでは、推測はしていても実感は伴っていなかった。

 しかし本人の口から聞くと、改めて分からされてしまう。

 これからは、そう簡単には姉さんには会えなくなるのだと。


 姉さんはずっと、俺の保護者代わりだった。

 どれだけ無茶苦茶な人間で、薄情で、冷酷で、倫理観と道徳心が全体的に乏しくて、他者に無茶振りを繰り返していて、しょうもない悪戯を仕掛けてきて、俺の推理力や意思や人間関係を都合の良いようにコントロールする人でも。

 それでも、俺の姉だった。


 保育園に通っていた頃は、自分もまだ学生だったのに毎日迎えに来てくれた。

 小学生の俺が推理ミスをした時には、小馬鹿にしながらもフォローしてくれた。

 授業参観も、三者面談も、卒業式も、合唱コンクールも、全部姉さんが傍にいた。


 その人が……いなくなる。

 恐らくはもう一ヶ月もしない内に、我が家から消えてしまう。

 いくらネットや電話がある現代と言えども、日本に住む俺の「日常」から、彼女の姿が消えることには変わりがない。


 このことを実感すると同時に、俺はらしくもない感情に囚われて姉さんの横顔を見つめてしまう。




 ……数秒後、渋滞が解消されて車が動き始めた。

 それを見た姉さんは、会話を打ち切ってアクセルを踏む。

 お陰で俺は、柄にもなく「寂しい」なんてことは言わずに済んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ