〜そして、陸へ~10.
薬湯が効いたのか、ぐっすり眠ったローラは朝早くに目が覚めた。
ーウィルが、いないー
手に残された飾り紐を見つめ、少し落胆する。きっと次に起きた時も、側にいると思っていたのだ。
そっとウィルがいた辺りに手を滑らせると、沈みかけていた彼女の顔がほころぶ。
まだ温かい。
おそらくは、つい先程までここで眠っていた。それで随分嬉しくなる。
気を取り直したローラは、とりあえず寝台から降りてみることにした。
せっかく足があるのに、歩けないなんて!
元々が行動的で活発な彼女は、身体を動かしたくてしょうがなかった。
昨日と同じように、足をずらし寝台から下ろす。
そして、片膝ずつ、上げ下げしてみた。
ー動く。一本ずつ動かせるのが、面白くて仕方ない。
意を決して、彼女は床にお尻を落とし、周りを見回した。寝台の頭の方の壁が近かったので、そちらににじり寄る。壁に寄りかかりながら、なんとか立ち上がった。
ーそうよ。交互に、前に出せばいいだけでしょ?
バランスの取り方も分からず、片側の体重を殆ど預けるようにして、一歩前に出す。そして次は反対の足。
何度かそれを繰り返すと、少しずつだが、前に進むことができた。
しかしすぐに額に汗が浮かんでくる。
何、コレ…。ものすっごく大変なんだケド。何で、みんなあんなに簡単に歩けるの?
ほんの5メートルほどの距離を必死に進み、バルコニーに続く窓にたどり着いた。そっと押して見ると、施錠されていなかったそれは、スッと音もなく開いた。
手すりをたどりながら、外の景色に目を奪われる。
眼下には広大な庭園が広がり、それを囲う城壁が見える。その向こうには朝焼けの空に浮かぶ港町と、広い広い海が見えた。
その光景は、不思議に懐かしさを覚えるものだった。外から海を見たことなんて、ない。
けれどなぜか、涙が出てくる。
ーあ!いけないっ。
何粒か真珠が落ちる音がして我に返る。コンコンッと、手すりに弾かれた真っ白な宝石は、朝焼けの色に染まりながら、地上へと落ちていってしまった。
思わずそれを追いかけて、手すりを乗り出すように下を覗き込むと、ローラの胸の辺りまである硬い感触が揺れる。
ーえ??
頑丈に見えた手すりにピシリとひびが入り、体重をかけてしまった彼女の体ごと、重力のままに吸い込もうとする。
だが、実際には落ちていったのは手すりのみ。彼女の方は、、強い力でバルコニーに引き戻されていた。
あまりの出来事に、呆然としていたローラの身体は、小刻みに震えていた。
「大丈夫。もう、大丈夫だよ」
彼女の身体を支えていたのは、いつの間にか戻ってきたウィルだった。
そして同時に彼女は理解した。
ー狙われたのは、ウィル!
震える彼女を支えて、部屋に連れて戻ると、そっと椅子に座らせた。
「怖い目にあわせてすまない。そろそろ目を覚ますと思って、食べるものを持ってきたんだ」
テーブルの上に、飲み物や食べ物を乗せた盆が置いてある。少し乱暴に置かれたのか、中身が崩れていた。
ーまだ、心臓がバクバクいっている。あんなに高いところから落ちそうになったのは、勿論生まれて初めての経験だった。けれど、自分の考えが十中八九間違いないと思うと、それもこの胸の痛みの原因であると思えた。
この様子では確かに、ウィルは日常的に命の危険に晒されているといヴァリーの言葉通りだろう。
ウィルはというと、震える少女を気遣うような態度ばかりで、先程の手すりの件が真に誰を狙ったのかについて、一切頓着していない。
そのことがなぜか、ローラの胸をまた締め付けるのだった。




