〜そして、陸へ~.9
ーー!!
気がついた時、辺りは宵闇に包まれていた。
灯り取りの燭が、眠りの妨げにならないよう少し離れた卓に、壁に向けて置かれていた。
そしてローラは、自分が何かを握っていたことに気づいた。
あろうことか。
眼の前には、果たして件の人物が眠っていた。
自分がしっかりと掴んで離さなかったものは、恋しい人のシャツの裾だった。
意識を失う前、周囲は明るかった筈だ。それがここまで暗いということは、かなりの時がたったのだろう。
「……!」
慌てて飛び起きると、力を入れて握っていた指を外す。
あんまり強く握っていたためか、痺れてしまってうまく指が動かない。
やっとのこと外して見ても、不自然なしわが、シャツに刻まれてしまっている。
ローラの握った形になってしまった上等な布地を、両の手のひらで一生懸命のばしてみる。挟んでプレスしてみたりパンパン叩いたりして、やっと少し見られるようになった。
ちょっとだけ安心すると、ローラはようやくウィルの顔をじっくり見る余裕が出てきた。
閉じられた目蓋を長い睫毛が縁取っている。形の良い唇は薄く開いて、静かな寝息をたてていた。
初めて出会った頃、彼は10才の少年だった。面影はあるものの、すっかり成長した彼はもう、大人の男性だった。
ーウィルは今、いくつだっけ。19才…かな。
対してローラは16才のまま。あの頃と殆ど何も変わっていない。
彼の“時”を、ここで止めたく、ない。
…私も一緒に、成長していけたらいいのに…。
ローラの頬を一筋の涙が伝う。それは落ちたシーツに吸い込まれる前に、真珠となってコロコロと転がった。
ーいけないー!
慌ててそれを拾うと、ギュッと握りしめた。こんな場面を誰かに見られたら、すぐに正体が知れてしまう。
ヴァリーの言うように、あとは言動。迂闊に喋れなくて、本当に良かった。
気をつけなくては。
ローラは枕の下にそれを一旦隠すと、もう一度ウィルを見た。
……起こしたほうが、いい?
きっとしがみついて離れない怪我人を突き放せず、無理に手を開かせたりしないで、側にいてくれたのだろう。
ー優しい人。よく知りもしない者のために、こんなに良くしてくれるなんて。
この人は、いつもこんなふうに、分け隔てなく皆に優しいのだろうか。
別の女性の傍らで、無防備に眠る彼の姿を想像してしまい、頭をぶんぶん降る。
そ、そんなの、嫌……。
胸が、ぎゅうっと締め付けられるような痛みに、彼女は覚えがあった。
けれど同時に、他の可能性に気づく。
刺客が男とは限らない……!それに、ねている間に襲われないとも限らない。
刺客にとっては、むしろ好都合ではないか。
今、幸運にも同じ寝台にいることはこれもまた、良かったこと。自分はウィルの側に、できるだけいることを考えればいい。
自分の考えに正当性を得ると、彼女は開き直ってまた横になった。そして、触れないくらい近くに寄って、今度はシャツの飾り紐を一本しっかり掴むと、安心したように目を閉じた。
そのまま、今度こそ真の眠りに落ちていく。
少女の静かな寝息が聞こえ始めると、眠っていた筈のウィルが、スッと瞳を開く。
「何を考えているのかな、……お姫様は」
握られた飾り紐を見ると、クスリと笑う。それが動かないように反対の腕を上げ、眠る美しい少女の黒髪を後ろに払った。
「……あれ、俺ってもしかして、男として見られてない?」
冗談めかした口調とは裏腹に、その表情は動かず、夜が更ける中しばらくローラの顔を見つめていた……。




