~そして、陸へ~4.
「大丈夫か?」
何度も咳き込む彼女の背中を、優しくさすって声を掛けてくる。
「君は誰だい?名前を言えるかい?」
その問いかけに真の名を答えようとして、驚いた。
ーー覚えて、ない?
私の、名?私は誰だったかしら……。
いや、違う。『・・・・』だということは、解る。
解るのに、言葉にならない。否、することができないのだ。
彼女は、自分で自分の身体を抱きしめる。寒くないのに、肌が粟立っていた。
『・・・・!』
声を出そうとするが、やはり声は出ない。
小さな息遣いが聞こえたのか、ウィルが背をさすりながら声を掛けてくる。
「……ん、何だって?」
彼女は、違う名なら口にできるかどうか、試して見ることにした。
『ロー……』
「ロー……?」
ローレライと言いそうになって、止める。コレではウィルに気付かれてしまうかも知れない。
『……ロー、ラ』
それだけ言うと、また、激しく咳き込んでしまう。
「ああ、ごめんごめん。もういいよ、喋らなくて。今、医師を呼ぶから……」
そう言うと、ウィルは上掛けを彼女の胸元までそっと引き上げると、部屋を出ていってしまう。
ーーどうしてこんなことになったのか……。
真実の名を失うということの意味を、今、改めて感じていた。恐ろしいまでの喪失感だった。
彼女は、己の喉元に、そっと手をやった。
ーーけれど、こうしている間にも、彼女が人の姿でいられる時間が、刻一刻と過ぎて行く。
ーー悩んでる暇なんて、ない!!
確かに、人魚として生きてきた自分の持っていたものは、この手に殆ど残っていないかも知れない。
けれど私は、まだ、忘れていない。
全てを捨てても、ここに来ようとしていた、その意味も。
読んでくださって、ありがとうございます。




