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真珠の姫君~海に捧げる子守歌~  作者: とも
第一章 緩やかな時
19/36

~緩やかな時~18.

海の世界しか知らない。

マリエッタは、生まれて初めて陸上の世界を見ていた。

海に程近い港町。水揚げされたたくさんの魚が並ぶ大きな市場。(ひし)めき合う人々。

けれどこれがそうなのだと、彼女は知ってもいた。ヴァリーに小さな頃から幾度も聞いた、未知の世界そのものだった。

意図していないのに、視界が変わっていく。街の中心から少し離れた丘の上の屋敷。そこに、小さな頃のウィルがいた。


ーーでも、とても辛そうで哀しそうーー

寝台の(かたわ)らで、そこに横たわる美しい女性(ひと)の手を、一生懸命握っている。


マリエッタにも分かるほど、今にも消えていきそうな生命(いのち)の炎だった。

ウィルによく似たその女性は、そうっと囁いた。


「ごめんね、ウィル……。私が死んだら貴方は連れ戻されてしまう……。守ってあげられなくて、……ごめんね」

一筋の涙をこぼす。

「母さま……、逝かないで……」


バシュッ

突然の光に、場面が切り替わる。

船の上はまるで戦場のようだった。

あちらこちらで火の手が上がり、傷を負って倒れている人が一人や二人ではない。


ドオォン!!

平和な海の底では聞いたこともないような爆音が響き、船体の手すりが欠ける。

一体何が起こっているのか。


ーーウィルはどこ……?


マリエッタの意識が、求める小さな影に引き寄せられる。

「坊主、こっちに……!」

船員に手を引かれ、被害の少ない方に連れて行かれている。

「畜生!一体全体なんだってんだ!!」

大海を渡っていくわけではない、ろくな攻撃の術を持たない貨物船の船員達は、状況を(いま)だ把握できなかった。

「海賊なんぞに狙われるようなもん、何にも積んじゃいねぇぞ!」

「僕のせいだ……」

ポツリとウィルが一人ごちる。その声は轟くような人々の喚き声にかき消された。


「ボート下ろせっ!早くしろ!!」

避難用のボートを、皆が手分けして下ろす中、傷ついた船体がぐらりと揺れた。

一瞬の後、少年の体は宙に浮き、欠けた手すりをすり抜けて真っ暗な波間に消える。

「坊主ーっ!!」


バシャッ

またも場面が替わる。

何だかやけに広く、明るい建物の中に、ウィルは立っていた。


「おおっ……。よくぞご無事で……!」

あごに白い髭をたくわえた老人が、少しやつれたウィルにしがみつき、涙を流している。

小さな少年は、マリエッタの見覚えがある風体(ふうてい)だった。

ーーこれは、私が送った、あの日?

髪や服は乾いて塩を吹き、薄汚れているのに、高貴な立ち居振舞いは隠しようがない。


優雅な仕草で、視線の先にいる人物に礼をとった。

「ただ今戻りました。国王陛下」


ーー国王?

マリエッタがウィルから目を移すと、玉座に黙して座す大柄な男性がいた。

ゆっくりと、閉じた双眸(そうぼう)を開く。そこにはウィルと同じ、緑がかった青い瞳があった。

(ひざまず)く少年を見据えながら、国王は立ち上がった。


「ーよく戻った、我が息子よ」

ーー息子……。マリエッタの思考が止まる。だがまだ終わりではなかった。


「たった今慣例に従い、第一王子であるウィルフリート=アルス=ガーレイ=ファンドバレスを、王位継承者とする」


沸き起こる歓声、鳴り止まぬ拍手。立ちあがりそれに応える少年。


ーー国王陛下の、息子。王位継承者……。


彼女はようやく理解した。襲撃を受けた船に乗っていたウィル。船から落ちた理由を語りたがらなかったワケも。



読んでくださってありがとうございます(*^^*)

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