君を失う日
やっとプロローグに繋がる場面を書くことが出来ました。
タイトルそのままの内容になります。
どうして、見届けることしか出来ないんだろう。
古城に縛られ、幾多の日々を共に過ごしても。
どれだけ幸せを願い、傍にいても。
僕たち候補は巫女様の最期を変えることは出来ない。
神木の加護がない僕たちには、災厄からこの地を守ることは出来ない。
そんな当たり前で、けれど納得のいかない事実を僕たち三人は嫌という程突きつけられたように感じた。
「ノエル」
巨人を目で追いつつ拳を握りしめていたノエルに、トワは優しく呼びかけた。まるでいつか来る別れの時のために、伝えるべき言葉を常に考えていたんじゃないかと勘繰るほど彼女はよどみなく言葉を紡いでいく。
「候補として色々な悩みがあったはずなのに、貴方は常にこの時のため、何が出来るかを考えてくれていた。私の異変に気が付いたのか、クリスマスの辺りから貴方は本格的に城を探り、私の力になる方法を見つけようと頑張ってくれていましたね。私は本当に嬉しかった。――だからお願い。私が消えた後、レーベのことを支えてあげて頂戴」
「けっ、俺の気持ちを全部知っててそんなこと言うんだもんな。ほんと、トワには敵わねぇよ。……まぁ後のことは任せろ。お前は俺がどう言ったって死ぬつもりらしいからな」
「あらノエル、その言い方はさすがに失礼ですわよ?」
出来る限りしんみりとした雰囲気にならないよう、ベアトリーチェはからかうようにノエルを小突いた。それを見たトワはクスリと笑いを漏らす。
「ベアトリーチェも、ありがとうございます。女の子同士でしか言えない話をして、色々なことを教えてもらえてとても楽しかった。まるで私に年上の姉が出来たような感覚でした。候補としてもクレスト本家と連絡を取り、いつも私を支えてくれていましたね。感謝しています」
「それは良かったですわ。トワと友達になれたこと、ベアトリーチェ・クレストとして誇りに思います」
トワが培ってきた絆。形のないそれを再確認するように三人は互いの顔を見つめ頷いていた。
僕も彼らのようにトワを送り出さないといけないんだ。泣き言はいらない。彼女の決断を迷わせるような言葉を伝えることは出来ない。
「レーベ、貴方には出来る限りこの地を解放するための方法を教えたかったのだけれど、生憎そんな時間は残されていないようです」
「うん、そうみたいだね」
いくら騎士たちが抵抗を示しても、巨人は動きを止めない。いずれ手記で読んだような災厄をこの地へもたらすだろう。トワはそれを望まない。
「貴方たちなら、きっと分かるはず。あの手記に呼ばれた貴方たちなら」
僕は返事の代わりに大きく頷いて見せた。何も言わなくても彼女には伝わるはずだ。僕の意志が固いことくらいは。
「そろそろ行かなくては。聖水の用意を」
重要なことは伝え終えたとばかりにトワはそう指示し、メイドの一人から木の器に入った水を受け取った。
そう、トワは分かったはずだった。僕が彼女を行かせたくないことくらい。願いを叶えるだけじゃ、満足できないことくらい。
「大樹に宿りし神よ、巫女の想いに応え、ここに浄化の儀式を開始せん」
緊張を帯びたトワの声が水面を描くように広がっていく。それに反応を示した神木はさらに輝きを増した。
行ってほしくない。僕を置いていかないでほしい。それなのにどうして――。酷すぎる、だろう。どうしてトワが。どうしてトワが死ななきゃいけないんだ!
そうだ。僕は悲しくて虚しくて情けなくて、でもそんな痛みが帯びた想いを涙でしか伝える方法を知らない。
「トワ!」
気づけば僕は彼女の白い手を掴んでいた。古城に来てから一度も触れてはならなかった細く折れそうな手。それを強く握りしめ、彼女が消えるのを阻止するかのようにグイッと引っ張る。
僕が握った部分には黒い靄が立ち昇っていた。これが、死者の魂の穢れ。神聖な力を神木から授かったトワに触れ、見えるようになったんだろう。けれど今だけは許してほしかった。今までもこれから先も彼女に触れられないのなら、せめて彼女との別れを惜しむ今だけは。
僕が今ここにいて、彼女が僕の前にいたんだっていう実感が欲しいから。
「トワ、本当にあれを、浄化するの……?」
名残惜しそうに振り返ったトワに、僕は独りごとのような愚問を放つ。
その時に向けられた君の笑顔を、一生忘れることはないだろう。
僕の問いかけに対して、君は事も無げに大きく頷いたね。まるでその問いかけがどれだけ残酷なものだったか、気づいていないように。
けれど君は誰よりもその質問の意味を理解していた。そして君の決断がどれほど周りに影響を与えるのかも知っていたんだ。
息を呑んで見守るオリバーさんやメイド、騎士たち。そしてトワを支えるために集められた僕たち候補。過去と現在の人々を守るために行われる浄化の儀式。
――君はそのために生まれ、生き方を選び、その時を待っていたのだから。
どうしてそんなに笑っていられるのか。どうしてそんなにも他人のことばかり考えられるのか。僕の頭では君のその思考を完全に理解することは出来なかったように思う。嘆き悲しむだけの僕とは違う。予定された運命なのだと諦める僕とは違う。
君はその小さな身体にとてつもなく大きな覚悟と勇気を抱え込んでいた。
君はどうしてこの決断をしたんだろう。
僕が悪かったんだろうか。
僕が彼女をあの場所から――古城の日常という箱庭から連れ出してしまったから。
外の世界を教えることで彼女の使命感を強く抱かせてしまったから。
守るべき存在を教えてしまったから。
僕が彼女と出会ってしまったから。
僕が――。
けれど君はそうやって責める僕に言うんだろう。それこそ、予定された運命だったのだと。
きっと君は最初に出会った時からこの運命を予期していた。いずれは離れ離れになることを知りながら、僕と同じ時を過ごした。
僕は君をこんなに想っているのに。君をこんなにも失いたくないと思っているのに。僕が、それでも君の手を離してしまうことを誰よりも分かっていた。
――でもね。僕はやっぱりこんな運命を受け入れることなんて出来ないよ。
ねぇ、君は僕と過ごして少しでも楽しかったかな。少しでも本心から笑えたかな。
僕と出会えて良かったと思ってくれたかな。
僕は君にとって大切な人になれたのかな。
僕の名前を呼ぶ時の、甘い声が脳裏に響く。
泣き出しそうな僕の目を見つめた、青く澄んだ瞳。
森の中で輝く白い肌。
――全部、大切な思い出となっていく。
君なら僕がこの運命を憎むことを知っていたはずだった。けれどその決意を変えなかった。それほどに君の力は絶大で、残酷で、人々の希望だったから。
ねぇ、この手を伸ばしたら君は付いて来てくれるかな。
まだ君のことを思い出にしたくないと言ったら、君は喜んでくれるのかな。
こんな残酷な運命を変えたいと願ってくれるのかな。
僕の表情から全てを悟ったように、目の前に立っていた君は困った顔になって視線を逸らした。
「レーヴェ。貴方に会えて私は――幸せだった。貴方がいてくれたから、私はきっとこの試練を乗り越えられる」
「……なん、で」
反則じゃないか。最後だけ、こんな。
「ちゃんと、僕の名前を呼んでくれたんだね」
「ふふっ、ずっと練習していましたから」
トワはゆっくりと手を離すと神木の方を振り返り、今度こそこちらを振り向くことはなかった。
神木がその太い幹の真ん中に口を開け、まるで元々自らの一部だったかのようにトワを吸い込んでいく。その先にあるのは巨人を構成する黒い靄とは対極にあるような眩いほどの光。その輝きに負けないよう僕は目を細くしながらも、神木と一体になっていくトワから目を逸らさなかった。
これがトワの生きて来た意味。この古城に縛られ僕たちと出会い友達になって――かけがえのない大切な日々は今、終わりを告げる。
ドクンという鼓動に合わせて神木は幹を脈動させ大地を震わせた。
レーヴェがいたことで、少しでもトワがこれまでの日々を楽しかったと感じてもらえれば――。




