最も残酷な事実
長い間が空いてしまいました。もう少しで完結する予定ですのでもう少しだけお付き合いいただければと思います。
城の入り口にはすでに候補を含む全員が集まって来ていた。青白い顔で穢れの塊(そうだ、こんな時ほど名前を付けようじゃないか。安直かもしれないが形を重視して「巨人」と呼ぶことにしよう)を仰ぎ見ている。普段はクールなノエルでさえ歯を強く食いしばっていた。
「あんまり驚いていないようですね、レーヴェ様」
「あ、騎士さん。違いますよ、自分の部屋でこれでもかって言うほど腰を抜かしてきたんです。騎士さんこそあまり驚いていないですね」
「我々は『騎士』ですから。こういう時のためにずっと訓練をしていますので」
「……二百年も前から、ですか?」
白い布で顔は隠れていたが、明らかに騎士さんは戸惑っていた。候補が過去のことを知っているのだとは誰からも聞いていなかったのだと思う。けれど彼は今日が最後の時だと割り切ったのか、案外素直に頷いてくれた。
「そうです。あの時我々に浄化するほどの神気を扱える者はいなかった。ですからこの道を選んだのですよ」
「おい、こっちで待機だ」
「承知しました。――ではレーヴェ様、我々は為すべきことをするまで。どうかお気を付けて」
騎士さんは他の騎士に引っ張られるように僕の前から去って行く。
あぁ、彼らこそ、過去に神官であった人たちなんだ。穢れを貯めこんだ巫女様を浄化することさえ叶わなかった彼らは今度こそ巫女様を救うために身体を張るんだろう。
もはや人間などではなく巨人と化した巫女様を、救うために。
「ゴォォォォォォ!」
大きく唸り声をあげた巨人はゆっくりと足を一歩踏み出した。それだけで建物が大きく悲鳴を上げる程の揺れが起こる。このまま巨人が移動すれば、一瞬にして枯れた木々のようにこの地に宿る加護を奪い去るだろう。村まで行けばどんな大きな被害が起きるか――。
「騎士の内、第一弾、予定通り対象に向かいなさい。第二弾は様子を見つつ待機! 巫女様の支援を急げ!」
声を荒らげるオリバーさんの姿。さすがに彼も起きたばかりだったのか、青く輝く髪に寝ぐせが付いている。
彼にしてはようやく、といった所なのだろうか。二百年間この地で待ち続けた時が、やっと。
「オリバーさん、いったい何事ですの! 私たち候補はどうすれば……」
「候補の方々はこの場で待機していてください。もうすぐ巫女様もこちらに来られる予定です。その後に巫女様の命令に従って――」
「……これが『来るべき時』か。やっとお前たちが待ち望んだ日が来たわけだ。あいつがどれだけ苦しむことになるか、分かっているくせに」
「そうです、ノエル。遂に『来るべき時』が訪れたのです」
ふっとあざ笑うかのように視線を逸らしたノエルにオリバーさんが苦々しく口を開くよりも早く、彼女の声は僕たちの元に届いた。こんな時でなければ思わず聞き惚れてしまうほど澄んだ声。
後ろを振り返ると、数人のメイドと共に真っ白な衣装に身を包んだトワが古城からの階段を下りてくるところだった。
「あ――巫女、さま――」
思わずベアトリーチェの口から漏れ出た畏怖を帯びた言葉。それほどまでにトワは強い存在感を放っていた。巨人を目の前にしても焦りさえ見せない微笑みを見せて。
けれど僕は知っていた。それが、想像を絶するほどの孤独を隠すための仮面であることを。
「私はこれからあの穢れを浄化します」
「あれ、を――?」
珍しく茫然とした様子でノエルは遠くを見遣った。その先には今にも森を灰色に染めようと歩みを進める巨人がいる。
「ソフィアさんは、それで解放されるの?」
「な、あんな姿になったのが、昔の巫女様だって言うんですの?」
ベアトリーチェは信じられないといった様子で巨人を見上げた。放たれた矢を腕で振り払い、もがき苦しむように唸り声をあげる巨人。手記を最後まで読めていないベアトリーチェ達がすぐに現実を受け止めるのは難しいだろう。
あれが手記で出て来たソフィアさんだなんて僕も信じられなかった。どれだけの穢れを貯めこめばあそこまで成長するのか。そしてどれだけ孤独な時を過ごして今、この地に再び現れたのか。
もしもあれがトワだったら。トワが穢れを浄化しきれずやがて災厄を生む化け物になってしまうのなら、僕もオリバーさんのように次の浄化の機会を待ったに違いないのだ。
「必ず救って見せます。この地を守るために犠牲になったソフィアさんも。彼女を待ち続けたオリバーも。神木が加護を与えてきたこの地も、全て」
強い意思を感じさせる彼女の言葉は、僕の胸を一層締め付けた。
トワの言う「全部」に、トワ自身は入っていないのだろう。過去のソフィアさん同様、彼女は自分を犠牲にしてこの地を守るつもりなのだ。それが彼女の生まれ落ちた意味であり、運命なのだと言い聞かせて。
僕は、やっぱり行かせたくない。オリバーさんみたいに後悔したくない。そう胸の奥が疼くのに、トワの微笑みの前ではなかなか口に出せなかった。
いや、本当はトワには伝わっていたのかもしれない。その上で、僕に言わせなかったのかもしれない。そう感じたのは、トワが僕たちの言葉を待たずに話題を変えたからだった。
「ノエル、ベアトリーチェ、レーベ。これまで私のことを導いてくれてありがとうございます。これが最後ですから――どうか願いを聞いてください」
「あ、あの時言っていた、『新たな可能性』ですの?」
「そう。私はこれから神木から授かった力を全て注いで災厄を鎮めるつもりです。でもそれだけでは根本的な解決にはならない。いずれ同じようなことが繰り返されます」
トワの言葉はまた新たな存在が巫女様として生まれ、トワと同じように辛い運命を背負うのだということを暗に示している。そして候補である僕たちもまた、オリバーさんと同じように何百年もの間「次の来るべき時」を待ち続ける未来があることも示していて。ノエルはそんな先のことを想像したようで、苦々しい顔をした。
「それで、新たな可能性っていうのに賭ければ、こんなクソッたれな循環を終わらせられるのか?」
「希望に過ぎないですけれど。でも私はもう、同じような運命を誰にも背負ってほしくない。私やソフィアさんが選んだ未来が、光あるものだと信じたいんです」
「うん、僕も信じるよ」
間髪入れずに返事をしたせいで、トワが見たこともないほど目を真ん丸く見開いた。
トワに出来るだけ不安な思いをさせたくなかった。他人より感情が読めてしまう彼女のことだ、僕たちに願いを伝えるだけでどれだけの勇気が必要だったことだろう。彼女は自分の言葉が「願い」ではなく「命令」になることを酷く怯えている。彼女がこれから背負う運命のことを考えれば、余計な心配を掛けさせてくはないのだ。そんな僕の気持ちを察したのか、ノエルとベアトリーチェも口々にトワの意志を肯定する。
「どんなに僅かな可能性でも俺が必ず叶えてやる。だから安心しろ、トワ。俺はずっとお前の味方だ」
「私も手記を読んで思いましたの。誰もが最善だと信じた道が繋がる先が幸福であったならどんなに良いか、と。私の祖先にあたるアシュリーさんはきっと、そんな未来を信じて候補をこの城に送り込んだんですわ。トワの願いは私の願いでもあるんですわよ?」
「ノエル、ベアトリーチェ――。本当にありがとうございます。きっと貴方たち二人が候補でなければ私はこんな願いを託せなかった。こんな来るべき時に希望なんて託せなかった」
「「それはレーヴェのおかげだな(ですわよ)」」
さすが候補として長い間同じ空間で過ごしてきただけあって抜群のタイミングの良さを披露した二人はスッと道を開け、僕とトワを交互に見つめた。
「レーベ、貴方の存在に私はどれだけ救われたか分かりません。私がこれから伝えること、それはおそらく貴方にとって最も残酷な事実。そしてその真実を伝えなかったことは私が新たな可能性を夢見てしまった故の我が儘。だからどれだけ私のことを恨んでも構いません」
「恨んだりしないよ。トワが何を隠していたって、君と過ごした日々は本物だ。それだけで十分なんだよ。さぁ、君の願いを教えて」
ノエルが、ベアトリーチェが、オリバーさんが、そして近くにいた騎士たちもが見守る中。僕の微笑みをじっと見つめていたトワはゴクリと唾を呑みこみ、口を開いた。
「どうかこの地を彷徨う魂たちから解放してほしい。それは死者である貴方にしか頼めないことだから」
トワが最も残酷な事実だと言い切ったその内容は、今まさに巨人がこの地を災厄をもたらそうとしていることさえ忘れさせていったのだった。
ようやくレーヴェの存在に関する謎が明かされました。
トワはそんなレーヴェの体質を知った上で候補にしたのです。
森でレーヴェに出会ったトワはきっと、大きな運命を感じたことでしょう。




