もう君とあの桜を見ることは
いよいよクライマックスへ向かいます
「これが、過去の全て――」
手記の最期のページを手にしながら、僕はいつしか泣いていることに気が付いた。
ずっと、こんな残酷な古城のルールを作った人のことを恨んでいた。それなのに、みんなが最善を選び取ろうと足掻いた結果がこれだなんて。
ソフィアという巫女様は穢れを引き受けた代償で災厄となり、彼女を浄化するために新たな巫女様が生まれ落ちた。そして巫女様を守るために時を止めた人々がいた。この古城の人々はどんな気持ちで巫女様を見守って来たんだろう。どんな気持ちで「来るべき時」を待っているんだろう。
こんなの、誰も悪くないじゃないか。
トワが孤独に苛まれても、誰かを責めることなんて出来ない。酷い運命だったのだと嘆くしかない。
『ねぇ、レーベ。どうか迷わないで頂戴。貴方がその手記を通じて過去の出来事を知っても、どうか誰のことも責めないで頂戴』
僕が手記を読んでいるとトワに知られたあの日、彼女はそう言った。今ならその意味が分かる。これは、誰かが悪いとかいう話じゃなかった。ソフィアさんとオリバーさんが最善だと思う道を選んできた結果なんだ。
それでも。
僕はトワの運命に納得できたわけじゃない。過去の人々がどれだけ最善を尽くした結果でも、トワが死ななきゃいけない理由にはならない。だってソフィアさんが災厄となってしまったのは、神木にその身を捧げたからだろう? 同じ道を歩もうとしているトワが無事なわけがない。
『けれど巫女様、貴方の決断が候補たちに大きな後悔を残すかもしれないということ、胸に刻んでおいてください。「来るべき時」のあと、残されるのは彼らなのですから』
トワが候補の六番目のルールを明かしてくれたとき、オリバーさんはそう忠告していた。あの時は深く考えないようにしていたけれど、本当に僕は後悔しないだろうか。トワの言う通り、僕たち候補の内誰かの命を奪うなんてこと、優しい彼女には出来ないかもしれない。でも僕たちが彼女の意見を尊重して本当に独りで背負わせてしまったら?
またソフィアさんのように、トワ自身が災厄となる可能性だって。いや、また新たな巫女様のように未来へ責任を背負わせるんだとしたら。
オリバーさんの後悔を、再び繰り返すことになるんじゃないのか。あれだけ厳重に隠された居た手記を僕たちは見ているのに?
クリスマスの翌日。僕が初めて手記をノエルとベアトリーチェに見せた日。結局ノエルとトワがどんな話をしていたか、僕は知らない。けれど次の日から、ノエルは今までと同じように候補が集まる広間に顔を出していた。トワやオリバーさん、僕たちに対しても特に変わった態度はなかった。僕やベアトリーチェと同じ結論にでも達したんだろうか。
毎日不安だった。本当に僕のしていることはトワにとってプラスになっているのか、分からなかったから。もちろんトワに聞いたって答えははぐらかせられるだろうし。
トワに一人で背負いこんでほしくなくて、一人で穢れを浄化するため神木に身を捧げようなんてそんなこと決断してほしくなくて。トワの居場所はここなんだって伝え続けた。
それはあながち間違っていなかったのかもしれない。オリバーさんの手記を読む限り、巫女様を一人で行かせてしまっては駄目だ。
ピチチ、と陽気な気候を表す小鳥の泣き声で我に返った。いつまでも感傷に浸っている暇はない。早くこの内容をノエルとベアトリーチェに見せなきゃ。どれだけ古城のルールが普通と違っていても、城に縛られると感じるほど自由のないものであっても。僕たちには責める権利すらないんだって伝えなきゃ。
本を机に置いてカーテンを開けた。
今日はいい天気で窓から差し込む朝日が眩しい。こうして毎日少しずつ開かれていく本を読み、着替えるのが僕の日課となっていた。けれどそれも、今日で終わり。
お日様の香りがする服に袖を通し、ふと窓の外の神木に目をやる。
その時だった。突然立っていられないほどの地震に襲われたのは。
地の底から響いてくるような轟音に思わず耳に手を当て、縮こまる。本がぎっしりと入っていた書棚が大きな音を立てて床に倒れた。
「なん、だ……これ」
まるで手記の最後を追体験しているようじゃないか。あの日、この辺りは大きな地震に襲われたという。それならこの地震は。
床を這いずるように窓へ向かう。揺れている最中に窓に近づいたら危ないなんて、そういう理性は最早残っていなかった。
この胸騒ぎがただの予感であってくれたらどんなに良いか。窓の外の様子を知りたくて、でも知りたくない自分がいて。それでもトワのためにも自分の目で確かめるんだと鼓舞する。
目に入ったのは僕の予想通りの光景だった。
「遂に――来たって言うのか」
神木の先、緑の森だった部分に現れたのは黒い靄だった。いや、そんな一言で表せるものじゃない。大きさにして神木の二倍弱。ここから見ると黒ずんだ霧が集まっているように見える。けれどちゃんと質量はあるようで、森だった部分は地面が陥没していた。しかもその部分だけ灰が被ったように木々が枯れ果てていく。そしてその形。まるで巨人を思わせるように、胴体に足や手、頭が付いているように見える。
あれが、かつて災厄をもたらそうとした穢れの塊。手記が書かれてから二百年超、この穢れはソフィアさんとこの地の奥深くに眠っていたというのか。これほどの穢れを器に入れてずっと、浄化の時を待っていたというのか。
三月二十五日。君と出会ってから三百六十日。
僕は過去を知っているはずなのに、しばらく部屋の中で固まっていることしか出来なかった。それほどまでにあの穢れの塊は僕たちに本能的な恐怖をもたらし、決して人間の手で何とか出来る物ではないことを思い知らせた。
トワ、君はあれを浄化するために生まれてきたというのかい。
そうやって周辺の村を守る運命にあるというのかい。
机の上に置かれたカレンダーを見ると桜の花びらが描かれていた。その時僕はようやく理解したんだ。
もう君と、あの桜を見ることは出来ないのだと。候補になって一年になる四月を迎えることは出来ないのだと。
遂にその日がやってきました。
残酷な運命に四人はどのような答えをだすのでしょうか。




