過去の想いを知り、未来へ繋げて
手記の作者がついに明かされます。
「――過去の過ちってなんだよ」
低い声でオリバーさんを咎めたのはノエルだった。まずい、この二人は仲が悪いんだった。どう考えてもここで喧嘩してる暇はないと思うんだけれど、二人は一歩も譲らないとでもいうように厳しい目で睨み合っている。その様子をおろおろと見つめる僕やベアトリーチェを見兼ねてか否か。トワはオリバーさんに青く澄んだ瞳を向け、大きく息を吸った。
「このルールは……いいえ、この古城に関わる儀式はある人の後悔から生まれたものです。そうでしょう、オリバー?」
「――やっぱりお前に繋がるのかよ、この胡散臭い奴め」
苦々しくそう吐き捨てたノエルの視線はトワを経由し再びオリバーさんに注がれた。
いつものオリバーさんは若い見た目からは想像もつかない程、落ち着いた雰囲気を持っていた。まるで僕たちの古城での生活を見届けることこそが使命であるかのように、オリバーさんが僕たちに意見を出すことはほとんどなかった。そんなオリバーさんがこんなにも感情をむき出しにするなんて。昨日僕がソフィアさんの名前を出した時と言い、どうにもオリバーさんに余裕がないように見える。
「レーベ、貴方は知っているでしょう? オリバーがどうして⑥のルールを作ったのか」
やっぱり僕の予想通り、あの手記の作者はオリバーさんだったんだ。二百年以上も前、ソフィアさんという巫女様を守れず悔いた物語の主人公は。
まだあの手記も全ての物語を見せてくれているわけじゃない。でも今までの内容から分かるのは――。
念のために持って来ていた手記を机の上に置くと、ベアトリーチェとノエルは興味深々な様子でページをめくり始めた。
すでに青白い顔をしたオリバーさんをこれ以上追い詰めるのは気が引けたけれど僕はトワに促されるがまま渋々口を開く。
「昔、この地の穢れを浄化するために身を捧げた巫女様がいました。けれど貴方はきっと後悔しているんですよね。巫女様を――ソフィアさんを一人で行かせてしまったことを」
「まさかレーヴェ様、貴方は私の手記を――」
オリバーさんは驚いたようにそう呟き、トワが否定しないのを見てククッと笑みをこぼした。普段のオリバーさんからは想像もできない態度に、ベアトリーチェが思わず強く手を握り締める。
「それ以上、何も仰らないでください。レーヴェ様、貴方が私の手記を開いてしまったのは完全に予想外でしたよ。しかし貴方に何が分かるというのですか。そんな風に、全てを知ったかのように語らないでいただきたい!」
オリバーさんの怒りをはらんだ声に、しまった、と思った。過去の出来事が記された本を見つけて謎を紐解いた主人公のような感覚がどこかにあった。まるで歴史上の出来事を語るような気分だったのだ。けれど彼にとっては足掻いて来たかけがえのない時間であり、今もまだ癒えぬ傷跡を残した忌々しい体験でもあったから。
「レーヴェ様が仰る通りです。あの時わたくしは、ソフィアを止めることが出来なかった。彼女を一人で行かせてしまった。ですからソフィアは」
「そう、このルールを作ったオリバーに悪意はない。ただオリバーは自分の後悔を二度と繰り返さないようにしたかっただけです。それが分かっていたから私はこのルールを捨て去ることを躊躇ってしまいました。けれど! やはり私は候補を連れて行くことなどできません」
オリバーさんが先を続けるより早くトワはそう言うと、オリバーさんをまっすぐに見つめた。
二人の間に漂う緊張感を心配そうに見つめるベアトリーチェ。そして何か情報を得ようと手記を黙々と読み進めていくノエル。そんな四人の方を見ながら、僕の頭の中には別の思考が渦巻いていた。
何かがおかしい。まだ隠されている何かがある。そうでないと、僕が読んできた手記の内容と辻褄が合わない。
荒れ野となったこの地を浄化するため、ソフィアさんは神木に身を捧げることになった。そしてオリバーさんはソフィアさんを一人で行かせてしまった。それは手記から読み取れる。でも穢れが浄化出来れば、ソフィアさんを神木から解放することが出来るんじゃなかったのか?
『またあの過ちを繰り返そうなどと――』
あの過ちってなんだ? 言うまでもなくこの地には神木の加護が戻って来ていて、だからこそ周辺の村だって栄えているんじゃないのか? まさか。
僕の表情から考えていることを悟ったのか、オリバーさんは取り繕ったように穏やかな表情で僕に笑いかけた。
「レーヴェ様はまだ、わたくしの手記を最後までお読みになっていないのですね。……わたくしはずっと思っているのです。あの時わたくしが一緒に眠る選択をしていれば。わたくしがずっと巫女様の――ソフィアの隣にいることを選択していなければ。この古城も存在していなかったのではないかと。ここで二百年以上の時を過ごしてきたわたくしの考えは、間違っているでしょうか」
穏やかな口調に戻ったオリバーさんにそう問いかけられ僕たちは言葉を失った。これが、⑥のルールを作ったオリバーさんの想い。巫女様みたいな強大な力があるか否かじゃない。ただ巫女様と共に眠り、彼女の孤独を癒し、少しでも穢れを分かち合ってあげられる人がいたなら。オリバーさんが過ちと呼ぶ何かは起きなかったかもしれない。
『候補になると貴方はこの城に囚われる……このわたくしのように』
初日のあの忠告が今になると痛いほどによく分かる。
過去に起こった「何か」のせいで時を止められてしまったオリバーさんは二百年以上この古城に留まり、何人もの巫女様を見てきた。オリバーさんが守れなかったソフィアさんの次を担う巫女様を何人も見守り、「来るべき時」を待ち続けている。巫女様のことを一番に想っているのはオリバーさんだったのかもしれない。
⑥ 候補は来るべき時、巫女によって殺される。
巫女様が寂しい想いをしなくていいよう、候補から一人を選んでせめて一緒に眠りに就けますように、と。
「オリバーさん、私はその考え、間違っていると思いますわ」
凛としたベアトリーチェの声にオリバーさんは信じられないと言った様子で見つめ返していた。
「私はレーヴェのように過去の出来事を知っているわけではありませんし、オリバーさんのように過去を生きて来たわけではありません。ですから私が多くを語るのは過去の人々を――この古城でずっと時を止めてきた貴方の想いを踏み躙ることになるでしょう。ただ一つだけ……ソフィアさんという昔の巫女様は決して貴方を巻き込むことは望んでいなかったと思います」
ベアトリーチェの言葉はただ理想を語っているだけなのかもしれない。ソフィアさんが実際に味わった苦しみや孤独は誰も体感することは出来ないし、何よりソフィアさんがどんな最期を迎えたのかも分からない。オリバーさんが後悔をするほどなのだから、よっぽど報われない最期だったのかもしれない。
それでも。
ソフィアさんが神木に身を捧げると覚悟した時。彼女が願ったことは、今のトワが願っていることと同じだと思う。いや、オリバーさんも、僕たち候補も同じ願いを抱えているんだろう。
大切な人のことを、身を挺してでも守り抜きたいって。
「……分かりました。そこまで言うのなら、勝手になさってください。けれど巫女様、貴方の決断が候補たちに大きな後悔を残すかもしれないということ、胸に刻んでおいてください。『来るべき時』のあと、残されるのは彼らなのですから」
「あーそうだな。俺とお前はどうにも思考が似ているらしい。きっと俺はトワを失えば後悔するんだろう。自分だけ生き残っても仕方ない。何のために候補になったんだって」
トワの表情から、もう考えが変わらないことを察したノエルは諦めた様子でそう肩を下ろした。
「でもトワが望むのなら、俺はその後悔すら受け止めてやりたいと思う。仕方ねぇからな。トワとレーヴェのこと、信じるさ。それがトワ、お前を救うことに繋がっているなら」
皮肉っぽく言ったノエルの言葉に、クリスマスイブのやり取りを思い出す。そう言えばあの時、僕は聞いたんだ。それがトワを救うことに繋がるのかって。ノエル、お前も同じ気持ちだったんだな。
「――まったく、そうやって勘ばかり冴えて意思の強い所がアシュリーに似ている。そして巫女様が頑固なのはソフィアの時から変わっていませんね」
オリバーさんはそう吐き捨てるとこれ以上の議論は無駄だと感じたのからバタンと大きな音を立てて扉を開け、出て行ってしまった。
きっとオリバーさんは自分の意見を否定されて悲しくもあり、けれど同時に嬉しくもあるのではないでしょうか。あの時と同じように、今の巫女様の周りには彼女を幸せにしたいと願うレーヴェたちがいてくれるのですから。




