僕たちに出来ることは
トワはレーヴェとの会話を受けて、少しだけ考えを改めます。
トワの語る真実を前に、候補三人はどんな道を選ぶのでしょうか。
クリスマスの翌日。
僕たち候補は大広間に集められていた。
昨日の飾り付けがまだ一部片付けられずに残っていて、普段よりも雑然とした部屋の中、候補三人は何故か微妙な距離を空けて立っている。
不安げな顔で雪の積もった真っ白な外の様子を窺うベアトリーチェ。暖炉の傍で本を片手にしながら、けれど一ページも頭に入ってこない様子のノエル。そして部屋の扉が開くのをそわそわと待っている僕。
お互い、今日は挨拶以外何も言葉を交わしていない。まるで昨日ここでダンスパーティーが開かれていたのが嘘のように静まり返っている。
二人もきっと気づいていたんだろう。こんな風にトワから大広間に呼ばれるなら、何か重大な発表があるのだということに。そしてその発表の内容は決して「良い知らせ」ではないということに。
「お待たせしました」
薄い黄色のふんわりとしたワンピースを着たトワはそう言って扉を開けると、僕たちの様子には何も触れることなく中央に置かれた椅子に腰を掛けた。ノエルがパタンと本を閉じたのをきっかけに僕たちもテーブルを挟んで反対側の席に座る。
普段からこんな風に話しているはずなのに、今日はみんなの表情は硬い。特にトワは未だに何かを迷い躊躇うように視線を遠くに投げかけている。当たり前だ。彼女がこれから僕たちに伝えようとしているのは、あまりにも残酷な運命なのだから。
「急に呼び出してしまってごめんなさい。昨日は遅くまで片付けを手伝ってくれていたのでしょう? 今日は自由に過ごしてもらうはずだったのだけど」
「構いませんわ。候補として、聞くべきことがあるのでしょう?」
ベアトリーチェがそう断言したのを聞いてトワはようやく覚悟を決めた様子で大きくため息を吐いた。話し始める前にトワが一瞬だけ僕の顔を見たから、小さく頷いて彼女の背中を押しておいてやる。
「――候補の六番目のルールを、伝えておくべきだと思ったのです。元々あのルールは私とオリバーで、候補に余計な心情を抱かせないように隠したものでした」
なるほど、トワの話を聞く限り、初日のオリバーさんは嘘を吐いていたらしい。
『あの、一応目は通しましたけれど。最後の⑥のルールが読めないんですが』
『ええ、それはわたくしがこの城の管理を任された時からすでに黒く塗りつぶされているんです。何とか修復を試みようとしたのですが、巫女様は反対されまして。ただ、知らなくて良いと』
巫女様に触れてはいけないなんてルールを僕にだけ課していたことを考えれば、そんな嘘を吐くのは難しくなかったんだろう。
「で、そんな風に隠してた内容を突然発表するっていうのはどんな心境の変化なんだ?」
「それは……」
「すぐそこに『来るべき時』が近づいて来たのか?」
「…………」
「だから俺たちに隠している場合じゃなかった?」
「ノエル、一旦黙ってくださいな。トワが困っていますでしょう?」
珍しくイライラとした様子で咎めたベアトリーチェに舌打ちし、ノエルはようやく口をつぐんだ。二人とも焦っているんだ。何か状況が悪い報告に動いたからトワが言わざるを得ないのだと、そう考えている。もちろん昨日トワと僕が話していた内容なんて知るはずもないのだし。
気まずい雰囲気になってトワの視線が困ったように動いたのを見て、僕は仕方なく口を開いた。
「僕が昨日トワに言ったんだよ。もっと僕たちのことを信じてほしいって。――それに、僕が気付いてしまったからね」
「貴方が六番目のルールに? 本当ですの、トワ?」
ベアトリーチェとノエルの視線が一旦僕に注がれたタイミングでちょこんと椅子に座り直し、トワは小さく頷いた。
「そう、レーベは知ってしまった。だからもう隠す必要もありません」
そこでトワは一呼吸置き、まるで呪いの言葉を発するように顔を歪ませて。
「候補は来るべき日に殺される。それが六番目のルールです」
数十秒の間、誰一人として身動き一つしなかった。まるで本当に時が止まっているかのようで、けれど大広間にある時計の針の音だけが耳障りなほどに響いていた。
「巫女は来るべき日、候補から一人を選んでその魂と共に眠りに就くはずだった」
「――過去形ということは、今は違うんですの?」
「候補の魂が必ずしも必要と言うわけではありません。だから私はこんなルール、捨て去ってしまいたかった」
ベアトリーチェはトワを責めるような口調になったことを反省するように顔を伏せた。そう、トワがこんなルールを作ったわけじゃない。まるで僕たちが生贄の候補であるかのようなルール、心優しいトワが創るはずなんてない。多分これはきっと――。
「お前は俺たちを殺さない。――じゃあ俺たちの存在意義はなくなったってことか?」
「すぐに貴方たちを候補から外そうと考えているわけではありません。ただ、私には貴方たちの誰かを殺すことなんて出来ない――一緒に眠ってほしいなんて言えません。それだけは『来るべき時』の前に伝えておきたいと思いました」
トワがそう言うと同時、ベアトリーチェは静かに席を立ち、トワの背後に移動した。そして彼女を後ろから包み込むように抱擁して。
「ありがとうございます、トワ。ずっと隠し通すにはとても辛かったでしょう。私たちのことを、そんな風に想ってくれたことが嬉しいですわ。そしてそれ以上に、この秘密を私たちに話してくれて、嬉しいんです」
不思議そうな表情で見上げたトワの髪を優しく撫で、ベアトリーチェは隣の席に座り直した。
「『来るべき時』まで隠し通すことも出来たのでしょう。最終的に何も言わないまま私たちを生かすことも。けれど貴方は真実を話してくださいました。気づいていましたか? トワが『来るべき日』のことを話すのは、これが初めてなんですのよ。やっと――やっとトワに近づけた気がして……」
「それはどうだかな」
まるで感動の再会のように見つめ合ったトワとベアトリーチェの雰囲気を完全に壊すようにノエルがぼそりと呟いた。僕はただ、静かに怒りのオーラを放つノエルのことを止められることも出来ず、黙って見ていることしか出来なかった。
多分、僕にはノエルの気持ちが痛いように分かってしまったからだと思う。僕が昨日バルコニーで抱いたのと同じような感情をノエルも持っているように感じられたから。
茫然と口を開けたまま何かの言葉を探すベアトリーチェをよそに、トワは感情を抑えた視線をノエルに投げかけた。
「……ノエル。私が貴方のことを選べない以上、近いうち貴方は私という存在から解き放たれるでしょう。いいえ、もしかしたらその前に『来るべき日』が訪れてしまうかもしれない。貴方の言う通り、その日まで時間がないのです。けれど、どちらにせよ貴方の未来を奪うようなことは――」
「散々隠しておいてそれかよ。本当にお前は俺のことを分かってないんだな。……それは俺も同じか。お前は絶対に一線を超えさせない。お前の大事な想いを全て隠そうと距離を置こうとする。あのな、俺は別に一刻も早くこの古城から離れたいとかそういうことを思っているわけじゃねぇ」
声を震わせて話すノエル。僕はこの時、やっとノエルが抱き続けてきた想いというものを理解していた。いや、むしろ何故今まで気づかなかったんだろう。彼は僕よりも遥かに大人で、ずっとその胸の中に抑え続けていたから。僕は――いや、僕よりも長い時間を共に過ごしていたベアトリーチェさえ分からなかったのだと思う。
ノエルが、トワのことをこんなに想っているなんて。
「俺はただ、『来るべき時』にお前の力になれればそれで良かったんだ。お前が何も言わず消えてしまわないのなら、それで良いんだよ。それなのにお前とオリバーは揃いもそろって俺に隠し事をしやがって――お前の役に立てないのなら、どうして俺が候補になることを許した! どうして俺に何も言わなかった! 一緒に悩めたはずだ。一緒に違う道を考えられたはずだ。候補はお前を支えるためにあるんじゃないのかよ!」
「ええ、候補は私を支えるためにあります。ですから本当は貴方たちの内一人を――」
「お前は『来るべき時』を迎えたら、死ぬつもりだろう!」
そうか、トワの表情を見て察したのか。彼女のこれからの残酷な運命を。そしてそれを伝えずに自分の元を去ろうとしたことを。
ようやく自分の気持ちに素直になってトワと話せるようになったのに、トワは決してノエルにある一線を超えさせなかった。そしてオリバーさんとトワは「来るべき時」のことを何も語ろうとしない。ノエルはずっと待っていたのに。トワが彼のことを頼り、全てを話してくれる時を。「来るべき時」に何を望んでいるのか、話してくれることを。
僕がその役目を取ってしまっていたんだ。ノエルがなりたかったヒーローの役目を僕が奪ってしまったんだ。
「そう、ノエルの言う通り、私は『来るべき日』になったらこの魂を眠りに就かせる。たとえあのルールを廃止して、貴方たちを生かしても、私の運命が変わることはありません。だから――」
「お前を助けられないのなら、俺は何のためにここまで!」
「――だから、私の願いを叶えてください」
素直に僕たちの協力を欲したトワの言葉に、一瞬だけノエルの身体は硬直した。普段のトワからはそれほど考えられない言葉だった。「来るべき時」に何が起こるのか、どんな未来が待っているのかを知りながら決して何も語らなかったトワ。自分が死ぬ運命にありながら、僕たちにはその悲しみすら触れさせなかったトワ。
そんなトワが変わったのは、僕の気持ちが少しでも届いたからだろうか。君に信じてほしいと言った僕の願いが届いたからだろうか。――そうであってほしいと思う。
「な……」
「私が託せるのは、たった一つの可能性。レーベの存在がこの地にもたらしてくれた、新たな道だけ。ベアトリーチェ、ノエル、そしてレーベ。お願い、どうか最後まで私のことを信じて頂戴。その時になれば必ず何をしてほしいのか伝えます。けれど今は……」
「トワ、貴方を信じれば、私は貴方を救えますの?」
すがるように見つめたベアトリーチェとは視線を合わさず、トワは小さく頷いた。
嘘だと思った。
トワは「願いを叶えてほしい」と言った。その願いはトワの生死に関わるものじゃないんだろう。だからベアトリーチェの問いには、半分本当で半分嘘、が正解かもしれない。トワの心を救うことにはなるけれど、トワという存在自体を救うことにはならない。
トワが願いを口にしたことは確かに大きな前進。けれどそれだけじゃ、まだ足りない。
「やっぱり、駄目なのかな。僕が望んでもトワと一緒に眠りに就くなんて、そんなことは出来ないのかな。だって僕は君の隣にいたくて、それで」
昨日の全てを諦めてしまったようなトワの顔を思い出し、僕の口は勝手に動いていた。昨日理解したんじゃないのかと言わんばかりのトワの視線を受け流し、一番意見の近そうなノエルの助けを求める。
「あぁ、そうだな。お前の願いは何だって叶えてやる。でもお前のことを本当の意味で救えるのか? 古くからのしきたり通りお前と一緒に眠ることが。少しでもお前の負担を減らせるなら。こんな魂、いくらでも」
「ノエル、レーベ。貴方たちの気持ちは本当に嬉しく思います。けれど私には――できません」
ノエルが言い終わるよりも先にトワはまるで定型文のような言葉を紡いだ。取り付く島もないトワの態度に思わずノエルが舌打ちした時。
「この期に及んでそんなことを仰るのですか! またあの過ちを繰り返そうなどと――」
意思は固いのだと主張するようにぎゅっと口を結んだトワを叱る声が部屋中に響き渡った。ふと後ろを振り返ると、いつのまにか部屋の扉が開いている。
そして怒りを露わにした顔で立っていたのは、珍しく白い布を外したオリバーさんだった。
ついにオリバーさんが語り始めます。
城の管理者として見守る立場が多いオリバーさんですが、きっとその内には様々な想いを秘めているはずです。




