さぁ、光を照らそう
衝撃の事実を知ったレーヴェは、それでもトワを支えるため必死で彼女に語り掛けます。
君を失う日。
やっとタイトルの意味が分かりましたね。
「私は、『来るべき時』が来たら、死ぬのよ」
まるでずいぶん昔から決められていたことのように、彼女は顔色一つ変えずに言葉を紡ぎだした。
何を、言っているんだろう。
トワが、死ぬ?
候補が「来るべき時」に巫女様を支えても、彼女は。
死ぬ、のか?
「……じょ、冗談、言わないでよ。そんなこと言われても僕の気持ちは変わらないし――」
「本当のことです。私は――巫女は『来るべき時』に使命を終えたら、死ぬ。いいえ、もっと正確に言うならば『来るべき時』に死ぬことが私の使命」
ブロンド色の髪が風に吹かれ、彼女の顔を一瞬覆い尽くした。
こんな時に嘘を言う人ではない。そんなの僕が一番分かっている。そしてこの事実を僕に伝えることなく「来るべき時」を迎えようとしていたことも。
「どうして――どうして君はそんな大事なこと! 僕たちにずっと黙っているつもりだったんだろう? 僕たちを信じてなかったの?」
「――信じて、どうなるというの。これは巫女の使命。全てが終わった後で貴方たちにそのことを伝えるつもりだった」
「君が何も言わずに消えてしまったら、僕たちの想いはどうなるの! ベアトリーチェもノエルも僕も少しでも君の孤独を癒せたらってずっと思ってた。それなのに何も伝えられないまま、これは巫女様として当然の行為でしたって納得すると、そう本気で思ってたの?」
握りしめた拳に痛みが走っても、僕は声を荒げるのを止められなかった。僕たちに頼らず自分だけで全部背負って消えようとするトワのことが許せなかった。まるで巫女様が死んでも候補はそれを当然のこととして受け入れると思っているような考えが許せなかった。
僕たちは友達だと思っていたのに。
少しでもトワの傍にいたいと思っていたのに。
トワにとって僕たちは、ただの候補に過ぎなかったというの。
そんなはず、ないだろう。
「それなら! ――それなら、どうしたら良かったというの。貴方たちがその死を悲しんだって、この運命を罵ったって、それは全部貴方たちの自己満足でしょう! レーベ、貴方のこと、愛してる、愛してる、愛してる、ずっと傍にいてほしいって願ってる。だけど! どうせ死ぬのなら、貴方たちへの想いを感じないでいたいの」
初めて感情を露わにしたトワは一歩後ろに下がってバルコニーの柵に体重を預けた。ストールに降り積もった雪が水滴となり、無様な表情をした僕のことを映し出す。
「レーベに大切な存在だと思われていて、私はね、とても嬉しい。でもその気持ちを受け入れようとすれば逆にどんどん寂しくなっていく。ベアトリーチェやノエルを必要とすればするほど、私の心は冷え切っていくの。私はきっともうすぐ死ぬのに、今幸せになったら逃げたくなってしまう。――遠ざけていなければ私はもう耐えられない! 私は――貴方たちを殺すなんて出来ないもの!」
あぁ、そういうことか。
僕はこの時、彼女の抱え込んだ闇を初めて知った。
来るべき時。それはあの手記から察するに、神木が穢れに染まり災厄と化す日。何等かの理由で巫女様は死ななくてはいけない。物語的に言うなら、人柱みたいなものなんだろう。そしてきっとその運命を変えることはできない。だからこそ、古城の人々は巫女様に候補を与えることにした。
そう、候補は巫女様と共に死ぬための存在なんだ。
「候補は来るべき日に殺される。それが黒塗りにされていた六番目のルール?」
「……っ、何で知って――」
「いや、今の話を聞いていたらそうかな、と。巫女様は来るべき日に死ななくてはならない。それはかわいそうだ。せめて巫女様が選んだ存在を一緒に弔ってやればいいんじゃないかって。そう、昔の人は思ったんだろう?」
「……どうして、こんな酷いルールが造られたの。候補から貴方を選びますなんて、言えるわけないでしょう。貴方を今から殺しますなんて、言えるわけないでしょう。ただ候補は巻き込まれただけでしょう! 私みたいに生まれた時から決まっていた運命ではないのに。私に、貴方たちの未来を奪う資格なんてない!」
神様、どうして彼女なのですか。どうして彼女を巫女様に選んだのですか。
ただこの古城に縛られて使命を待ち死んでいく巫女様たち。そして使命を迎えてもその先には死しか残されていない悲しき運命。さらに最後、彼女に人の命を奪えと言う。
彼女は十分、苦しんでいるじゃないですか。強大な力を与えられても普通の人間のようにその力に驕ることなく、周辺の村のために神木に祈りを捧げているじゃないですか。
どうしてそんな彼女が、人を愛し、想うことすら許されないのですか。まるで何かの罰のように逃げ出すことすら許されないのですか。
「トワ」
びくりと肩を震わす彼女は怯えた猫のように僕を見つめ直した。
トワ。
「永遠」という意味を込めて与えた名前。そんな彼女に永遠も、自由も与えられないというのなら。僕には一体何が出来るんだろう。
「ねぇ、トワは言ってたよね。僕にまだ言えない事実が君を救うことになるんだって。この地に新たな可能性を示すことになるんだって」
「……ええ。でも、それは――」
「君がいずれ使命を迎えた時、死んでしまうのだとしても、僕のこの気持ちは変わらないよ。君が僕のことを想うほど寂しさを感じるのなら、その寂しささえなくなるまで僕が傍にいてあげる。ずっと、君のことを愛し続けてあげる。だから、ね。僕に君の希望を託してほしい」
ねぇ、トワ。僕はね、少しだけ信じてみたい。来るべき日に候補から選ばれた者が死ぬんだって、君は悲しそうに告げた。でも僕は、もしかしたらそれは真実じゃないって思うんだ。
候補はね、君を独りぼっちにさせたくないんだよ。これは候補側の想いなんだ。
ねぇ、トワ。だからそんな悲しい顔をしないで。申し訳ないと謝らないで。
これは僕の決断だ。僕にしか出来ないことがあるのなら、せめてそれくらい君のために足掻き続けてみせるよ。
「あぁ――貴方はいつも、私が諦めて手放したものを拾い上げてくれる。私にもう一度大切なものを与えてくれる」
孤独さえ愛すように彼女は茨に閉じこもって自分の心を守ろうとする。何をしても変えられない運命を前にして、無の心で受け止めようとする。そう、彼女は生まれた時から巫女様であり、死という結末を知っているのだ。
「けれど、それが私を苦しめていることに何故気づかないのですか。どれだけ願っても私は巫女という使命から逃れられない。私は『来るべき時』のために創られたものなのだから!」
「……うん、そうだね。これはただの僕の我が儘かもしれない。たとえ変えられない運命だとしても。あと一年も経たずに君が目の前から消えていくのだとしても。僕は、君の力になりたい。せめて君にずっと寄り添ってあげたい」
トワ、君はどこかで望んでいたはずだ。
だからあの時、君は僕をこの古城に連れて来た。この地に新たな可能性を示すために。そしてトワ、君の希望になるために。
――僕は、たとえこの手が触れ合えなくても君の力になる。
「君は賭けたんだ。古城に来た僕が過去を記した手記に呼ばれ、過去の想いを知ることを。その上で君は僕に何らかの行動を求めるつもりだった。そうだろう?」
■■■■の視点で書かれた本がなぜ僕の部屋の書棚に入っていたのか。それはトワが隠したからじゃないのか。不思議な力によって閉じられた本を開き、過去を知ることの出来る人物を待っていたんじゃないのか。
『来るべき時』にトワの望む決断が出来る人を、きっと探していたんだ。
「……良い、の? 私は、貴方に頼って良いの? それがレーベにとって望まない未来をもたらしても?」
縋るように見つめるトワの青い瞳。降りこんだ白い雪が時折視界を遮っても、彼女のその想いは僕の心に直接伝わってくる。
「君が僕のことを信じてくれるのなら。君の隣でその笑顔を見続けることができるのなら。どんな未来だって僕にとっては残酷なんかじゃない」
クリスマス。サンタクロースが子供たちにプレゼントを持って来てくれる日。
凍えるような寒さの中で、僕は目の前で涙を流す大切な少女のために、「来るべき時」を共に待つことを約束した。
この僕の決断が彼女に遅いクリスマスプレゼントを届けられるように願いながら。
『レーベ、貴方に託します。この地に縛られた人々が願い、そして決して叶えられなかった希望を』
トワが望んだ願いは他人に聞かれないよう僕の頭に直接流れ込んで、僕の背中を押した。
レーヴェにとって望まない結末。
その言葉が何を示しているのかはまだわかりません。
けれど刻一刻と「来るべき時」が迫ってくる中で、ようやくトワはレーヴェを頼ることができました。
この想いが新たな未来を紡ぎだせるよう願うしかありません。




