信じた先にある道を選び取ることを
ノエルが巫女様であるトワに触れた瞬間を目撃したレーヴェ。
そこで彼は、ある事実を知ることになります。
――ノエルは、たしかにトワの身体に触れていた。
けれど三人はそれを気にする風もなく会話を続け、トワが痛みの制裁を与えた様子も、注意する様子もない。僕の角度からそう見えただけなのか――そう思い込もうとはしたけれどさすがに限界がある。
トワとベアトリーチェは僕が不審げに彼らを見ていることにも気づかずノエルのまとめた空の段ボール箱を持ち上げて部屋を出て行ってしまう。
「ノエル、今……!」
「そんな形相してどうしたんだ。箱の中からでかい虫でも出て来たのか?」
「そうじゃなくて! 今トワのことを――」
「あ、それか。トワが転ぶ寸前を目撃したから支えてやったんだよ。あのまま転んでたら顔を怪我してたかもしれない。俺たちも適度に片付けながら作業した方が良い」
やはりノエルはトワのことを支えていたんだ。でもどうして。
僕は一日目、念を押されるようにオリバーさんにルールを説明されたことを覚えている。
巫女様には決して手を触れないように。
それが当たり前のものだと思ってこれまでトワと過ごしてきた。あの髪飾りだってトワから許可をもらって、なおかつ彼女の肌に触れないよう細心の注意を払って付けてあげた。ふと遠い目になるトワを繋ぎ止めておきたくて、何度その手を握ろうとしたことか。それなのに、今ノエルは――。
「触って、たよね。今トワを支える時に」
「そりゃあな。まさか足で転びそうになってるのを助けるっていうのか? あ、お前もしかして嫉妬してるのか? 俺がトワに触れたことがそんなに悔しいのかよ」
「違うって! 巫女様に触れちゃいけないんだろ!」
途端に怪訝そうな顔になったノエルにそれ以上説明を加えることは出来なかった。
僕が間違っているっていうのか? いや、初日に僕は確かに聞いたんだ。トワだってそのルールを知っていた。聞き間違えたはずなんてない。
「お前そのルール、誰に言われた?」
「――え、オリバーさん、だけど……?」
「くそっ、あいつ最初から知ってやがったな! トワとグルで何を企んでやがる……!」
「ちょ、ちょっと、ついていけないよ! どういうこと?」
「……つまりは、お前だけに適用されるルールを不審に思われないために、さも全員が守っているもののように伝えられたってことだ」
ノエルは苦々しくそう口にし、段ボール箱に拳を叩きつけた。
彼は何と言った?
トワに触れてはいけないのは、僕だけ――?
僕だけがトワに触れられないの。一体どうして。いや、それならなぜ触れられもしない僕のことを候補にした? トワの力になれないことが分かっていてどうして僕を選んだんだ。
まるで外の世界が色を失ったかのように感じられた。現実から逃げようと揺らいだ意識を必死に繋ぎ止める。
「巫女様は神聖な力を持っているから僕たちが触れることは禁じられているってオリバーさんは言ってた。それは嘘だったんだね?」
「あぁ。そんなルールは存在しない。だいたい本物なら最初に読まされた本に書いてあるはずだろ」
「そんなこと言われたってあの日は色々あったからそれどころじゃなかったよ。――じゃあ僕に何か問題があってそんなルールが作られたんだ」
「そういうことになるな。だってお前は――」
「何の話で盛り上がっていますの?」
僕とノエルはびくりと声の方を振り返り、話を中断した。段ボール箱を片付けに行っていたベアトリーチェとトワが帰って来たようで、二人で同じような顔をして僕たちのことを不思議そうに見つめている。
廊下に声が響くような音量では話していなかったつもりだけど、ノエルは面倒になることを恐れているのか目を逸らした。
このタイミング、明らかに作為的なものを感じる。
以前ノエルが僕のことについて語ろうとした時もそうだった。まるで彼の発言に被さるようにトワが喫茶店の店内にいて、言葉を遮っている。そんなにも僕が聞いてはいけない内容なのか。――僕自身のことなのに。
「トワ、いつまでも隠しておけると思うなよ? お前とオリバーがどんなことを考えているのか分からねぇが、俺たち候補にも先に説明してくれたって良いんじゃないか?」
「…………」
「え、どうかしましたの?」
慌てたようにノエルとトワの顔を交互に見るベアトリーチェのことなど眼中にないように二人は相手から目を逸らさなかった。
トワ、何か応えてくれ。そうでないと僕は――君を疑わなきゃいけなくなってしまう。以前はまだ知るべき時ではないと彼女は言った。それからもう四か月以上が経つ。それでもまだ駄目なのか。
刻一刻と来るべき時が近づいてきている気配を感じても、まだ。
まるで何かに僕が利用されているようじゃないか。お願いだ、トワ。隠している理由だけでもいいから、何か――。
そう願う僕の気持ちを知ってか知らずか、トワはふっと微笑んだ。
「私が考えているのは『来るべき時』の事だけです、ノエル。そしてそれはオリバーも同じ。けれど候補にその訳を伝えることは出来ません」
そして彼女はゆっくりと僕の方を振り向いた。その青い瞳と美貌が僕の悩みすら取り払おうとして――。
「だからレーベ、知るべき時まではどうか待っていて頂戴。その時になれば私は必ず貴方に全てを伝えるから。――今は、貴方に迷ってほしくないの」
トワが望んでいることが全く分からなかった。僕に何の情報を伏せ、何を決断してほしいのか。それが理解できない限りトワの力になることなんて出来ない。けれどその核心を知る手段がない。
――いや、一つだけある。
僕が導かれるように出会った一冊の本。それが記す過去が今ある古城や巫女、候補に繋がっているのなら。
「トワ、君は決して迷わないでって前も言っていたよね」
「ええ」
「その決断は君を救うことになるのかな」
「――ええ、きっと」
「それなら待つよ。君が話してくれる時まで」
僕は信じる。トワが冷徹な巫女で僕を利用しようとしているのではないことを。
僕は信じる。髪飾りをあげた時、トワが心の底から喜んでくれていたことを。
チッと舌打ちをしてノエルは積んであった段ボール箱を蹴散らし部屋を出て行ってしまう。その沈黙を破ってくれたのはベアトリーチェだった。
「もう、何だか知りませんがこの部屋を汚していくなんてありえませんわ。トワ、ノエルの分も手伝ってくださいます?」
「……ええ」
「ほんと、ああいう男は面倒ですわよね。ちょっと話が思い通りにいかないだけで八つ当たりして! 少しはレーヴェのことを見習っていただきたいですわ」
「…………そう、ですね。レーベはあまり怒らないので」
「あれほど怒らないのも逆に気持ち悪いですけれど。たしか記憶では私と会った最初の日に怒っていたくらいですわね」
「それは私も覚えています。『そういう考えが、巫女様を孤独にしているんだろう』でしたっけ」
「はいはい、二人ともそれくらいで勘弁してください」
トワのことを励ますためだったのだろうけれど、この話題は僕の黒歴史とも言える初対面の日について深く掘り下げられそうだから放ってはおけない。ぷぅと膨れた顔で僕のことを見る二人の視線から逃げるように段ボール箱の飾りに没頭する振りをする。
あんな感じで出て行ったけれどノエルは大丈夫だっただろうか。この場合僕が追いかけてやるべきだったのかもしれない。そんな経験がない僕はその一歩手前で躊躇ってしまった。
せっかくトワがベアトリーチェのみならずノエルとも仲良くなってきたと思ったのに、そう上手くはいかない。元々ベアトリーチェは同じ女性同士で話も合ったのか打ち解けるのに時間はかからなかった。一方のノエルは相手を突き放すような物言いをすることが多く、お互いにまだ溝がある感じの時期が続いていた。
本当に最近だと思う。ノエルがトワに対してちゃんと真正面から心を開こうという姿勢を見せ始めたのは。だから、なのかもしれない。信じようと思った相手が隠し事をしていたら――ノエルはそういうのを嫌がるタイプだ。何とか二人が明日のイベントで仲直り出来れば良いんだけど。
そのことしか頭になかった僕は、ベアトリーチェが心配そうにこちらを覗いていたことに気づいていなかった。
何故レーヴェだけが触れてはならないのか。
そして何故その理由を知ってはいけないのか。
全ては来るべき日にある選択肢をもたらす為。
レーヴェはトワの望む道を選び取ることをが出来るのでしょうか。




