どれだけ時が進んでも
PVユニーク100人突破しました。読んでいただきありがとうございます。
物語上ではついに冬がやってきました。
レーヴェとトワが出会ってからもうかなり季節が進みましたね。そして同時に二人に残された時間は少なくなっていきます。
まだ隠されていることは多いですが、それも誰かが最善だと思っている選択の結果なのです。
十二月二十四日。世間がクリスマスイブに沸く日。古城もその例外ではなかった。
先代の巫女様が始めたというクリスマスのイベントは、少しでも城の人々が仲良くなれるようにと企画されたものらしい。
「ノエル、そちらの箱を取っていただけますか?」
「これか? 結構重いぞ?」
「この部屋の飾りが詰め込まれていますの」
四回目となるクリスマスにベアトリーチェとノエルは手際よく準備を進めていく。昨日から始めた城の飾り付けは全員が協力してくれているにもかかわらず、あまり進んでいる気はしない。いつもの大広間には箱が積み上がっていくばかりだ。何て言ったって、住んでいる人に比べて古城が大きすぎるのだ。
「レーヴェ様、こちらも飾りの入っている箱になります」
「あ、ありがとうございます。その、とりあえずはこれで大丈夫です。他の場所の手伝いをなさってください」
「かしこまりました。廊下の方を手伝っていますので何かあればお呼びください」
「はい、助かります」
もの思いに耽っている間にも騎士(彼は自分のことを騎士Aと呼ぶように言ったけれど結局今まで僕がそう呼んだことはない)が段ボール箱を持って来てくれる。こんな大量のものがどこにあったのかと聞きたくなるほど床には所狭しと箱が並んでしまった。
「ベアトリーチェ、なんかまた一つ箱が来たけど?」
「中身を確認して適当になさってください!」
こういう飾り付けは女性の方が得意だろうと、ノエルと僕でベアトリーチェに昨日頼りすぎたのが良くなかったらしく、彼女の声にはどこか棘があった。とは言っても初心者の僕には何もやるべきことが思いつかないのだから仕方ない。そもそも実家ではクリスマスの存在は知っていてもこんな大々的に飾り付けをする余裕なんてなかった。
おとなしくベアトリーチェの言葉に従って箱を開けてみると、キラキラと光るリースがいくつも入っていた。とりあえず扉と窓の辺りに飾っておけば文句を言われないだろうか。
一方のノエルは飾り付けの方に加わるつもりはさらさらないようで、ベアトリーチェの手足となって雑用をこなしている。
リースを取り付けようとふと窓の外を覗くと、白い雪がチラチラと舞っているのが見えた。この辺りで雪が降るのは決して珍しくはない。まだ村に出かけて暑いと文句を言っていたのがすぐ前のように思えるのに、とてつもない速さで季節は進んでいく。神木も春に咲かせていた花をとっくに散らしていたけれど、他の木々と違って緑の葉は枯れ落ちていない。変わらず生命力を感じさせる緑の葉を眺めていると、白銀の雪が降る森の中で神木だけが季節を忘れたように輝いて見えた。
実家に住んでいた頃は、雪が降ったら大変だったっけ。屋根に積もった雪を下ろす作業が加わるし、何より食料を自分で調達するのが難しくなる。そうなれば必然的に食費が上がって生活を圧迫していた。
こんな穏やかな視線で雪を見れたのは初めてかもしれない。
昨日神木に飾り付けた電灯が雪の中で輝いて幻想的に見える。
「順調に進んでいますか?」
「あ、トワ。どうかな? このリース、可愛くない?」
「ええ、とっても。神木からもこの部屋が綺麗に見えそうね」
白いもこもことした服を羽織っているトワはいつもより一回り小さく、可愛らしい小動物のように見えた。
――あの夏の日以来、「来るべき時」や手記で記されている過去のことを話し合ったことはない。トワは積極的にその話題を候補たちの前で出さないようにしている節があったし、僕としても考えは推測の域を出ず、具体的にトワの力になれるようなことは思いつかなかったからだ。
もちろん他にも手記のようなものはないか、大広間の古い本は一通り眺めてみたけれど、そんな重要な手がかりをこの部屋に置いてあるはずもなく。最初オリバーさんが僕を連れて行き、候補についてのルールを読んだあの書斎はずっと鍵が閉められていて入れない。まるで僕が過去の事実を知るのを誰かが阻んでいるように。いや、「誰か」なんてぼかした言い方は好きじゃない。オリバーさんとトワは二人でこの古城に関する情報を制限しているんだ。
僕が――候補が知らない方が良い、ということなのか。それなら尚更、僕が部屋であの本を見つけたことには意味があるはずだ。
「ちょっと、レーヴェ! そこで惚けてないで手伝ってくださいな!」
「ごめん、ごめん」
ベアトリーチェの叱責を受けて頭を空にし、トワと向き合う。
古城に来てから八ヶ月。少しはトワに心配されないよう、考えていることを隠すのが上手くなったと自分では思っている。さすがに一瞬顔を見られただけで考えていることが分かってしまうのは僕にとって都合が悪かったし、「来るべき時」のことについて考えを巡らせているのは出来れば内緒にしておきたかった。
「トワ、君も手伝ってくれるかな」
「もちろんです」
トワはゆっくりと微笑み、近くにあった段ボール箱に手を伸ばした。
彼女は日々、変わり続けている。最初はぎこちなかった僕たちとの会話を自然にこなし、一つ一つの反応も普通の少女そのものへ。けれど、本当にそれで良かったのか。彼女に「普通の少女」という知識を与え、この「箱庭」から出るように促したことは、かえって苦しめているだけなんじゃないか。彼女を結局、巫女様として縛り付けているんじゃないか。そう考えずにはいられない。
――そう言えば、僕が本で読んだ過去の巫女様は、普通の「幼馴染」だった。僕の視点に立つ「■■■■」が守ってやりたいと思わせるほどに。
ただ、こうやって過去の断片を知るごとに思うんだ。あの「僕」と名乗る人物は――。
「レーべ、ベアトリーチェに怒られますよ?」
いつの間にかトワが僕のことを覗き込んでいることにも気づかなかった。この頃こうやってもの思いばかりで胸がざわざわする。
「あ、うん。ごめん」
「何かあったのですか」
「ううん、そうじゃないんだ。ただ、こんな風にクリスマスの飾り付けをするのは初めてだなぁって思って。実家ではこんな感じじゃなかったから」
僕がそう誤魔化すとトワは疑いもなく大きく頷いた。
「そうですか。――来年はどうなるかまだ分からないですから、存分に楽しんでくださいね」
「あ、そうだった。来年もこうして過ごすには君の許可を取って継続に儀式をしなきゃいけないんだっけ」
夏の終わりにベアトリーチェとノエルはその継続の儀式の時期を迎えて何日か会えない状態だった。何だか契約の更新みたいで変な感じだけど、一年で候補からは一度外れるらしい。
「レーベ、貴方は帰りたいですか?」
「――あぁ、実家の事? それは両親に顔を見せて無事だってことを知らせたいけれど、今はそんなに執着してないかな。この古城にいるのも楽しくなってきたし」
背後からノエルに視線を感じたけれど、振り返るとすぐに目を逸らされてしまった。何だか変な感じだ。そんなノエルに注目されるほど面白い答えも出せないんだけれど。
「――そう。毎日が楽しいみたいで良かった」
トワは特に僕の候補について延長する予定だともそうでないとも触れずさっさと自分の作業に戻って行ってしまった。
トワに面と向かって言うことは出来ないけれど、僕としては、今はまだ古城から帰りたくなかった。まだトワの力になれていない。トワが待っている「来るべき時」のために候補は巫女様を支えなきゃいけないのに、僕はトワのことをまだ知らなさすぎる。
ちらりと彼女の方を窺うと、彼女は星の飾りを持って扉の方に移動しているところだった。床を埋め尽くすように箱が並ぶ中を白いもこもこが器用に移動していく。
――かわいいな。
不覚にもそう心の中で呟いた僕は頭を振って雑念を振り払った。
この頃僕がトワのことを見る回数が多くなったとノエルに指摘されていた。もしかして八月にノエルが言っていたように僕はトワに恋してるのか? いや、違う。今のはあのもふもふの服が可愛かったわけで、あの服を着てたらベアトリーチェも相当可愛いと言うか――ってそれも違う!
ただ一つ言えるのは、八月の時に抱いていた気持ちではもはやないということ。トワが毎日身に着けてくれている僕があげた髪飾りを見る度に、胸がドクンと痛くなるのは何故だか分からないけれど。
この気持ちは一体何なんだろう。
「おっと、危ない!」
ノエルが急に大声を出したことで我に返りその方向に目をやる。今日はこんなことばかりで全く作業が進まないなぁとか考えながら動かした視線の先にはトワとノエルの姿。
あれ――ノエルがトワの身体を支えてる?
この位置から見ると、体勢を崩したトワの腰に手を添え、彼女を抱きとめているように見える。
「気を付けろよ、トワ」
「ええ。ごめんなさい、箱に躓いてしまって」
「私が悪かったのですわ。トワ、その星の飾りを付けたら一旦その辺にある箱を一緒に他の部屋に運んでくださいます?」
「分かりました。ノエル、何個かまとめてくれますか」
「了解。その間に飾りをつけちゃえよ」
箱に躓いて転びかけたトワを寸前でノエルが支え、大事には至らなかった。それは喜ばしいことだ。けれど違和感がないだろうか。
ノエルは、たしかにトワの身体に触れていた。
そう、僕が古城で課された掟を、破っていたのだ。
巫女様に触れてはいけない。
オリバーさんに初日、レーヴェはそう告げられました。
だからこそレーヴェは大切な存在に触れられないまま、もどかしさと共に時間を過ごしてきたのです。
では触れてしまったら一体、何が起こってしまうのでしょう。




