思い出すら踏み躙られても
レーヴェが見つけた手記。
それは少しずつある男の懺悔を見せていきます。
この手記が伝えたかったことは何なのでしょう。
そしてトワが言う「来るべき時」は何が起こると言うのでしょう。
僕は何故止められなかったのだろう。今まで岐路に立った時、いつも最善を選んできたつもりだった。その結果がこれだというのか。
目の前には炎と煙と焼け落ちた家屋。なんとも悲惨な光景が広がっていた。遠くの空さえ赤く染まっているように見える。
かつてこの地は国の中心地であり交易が盛んだった。いつも活気に溢れた商店街。騎士たちを出迎えてくれる宿。城に仕える人々が暮らす住宅街。どこも優しい笑顔が浮かんでいた。
それなのに今はどうだろう。バチバチと家屋の木が燃える音と逃げ遅れた人を探すための部隊が走る音、そして兵器が出す機械音しか聞こえてこない。
「どうして、こんなことに――」
背後から迫る機械音に振り向きざまに素早く剣を振るい、思わずその場に崩れ落ちそうになり慌てて両足に力を入れた。宣戦布告からまだ二週間も経っていない中で僕は早くも前線からこの場所に戻されていた。
「ギギッ……ギッ」
奇妙な音を立てたところでもう一度剣を叩きこむと「それ」は完全に機能を停止した。地面で動かなくなったそれの破片を手に取り、血が滲むまで握りつぶす。
そう、この場所を焼き焦げた土地に仕立て上げたのは王が放った自律型人形兵器だった。神気が足りなかったのか、設計にミスがあったのか詳しいことは分からない。ただ僕が呼び戻された時、すでに自律型人形兵器はこちらの命令を受け付けず手当たり次第に人を殺す最悪の兵器となっていた。
こうなる予感がなかったわけではない。一か月ほど前、実験場で見た自律型人形兵器への恐怖。それがこんな形で現実になってしまうとは。結果それは多大なる人的犠牲に加え僕たちが暮らした思い出すら消し去ってしまうように街の家屋を破壊し始めたのだった。
たしかに途中までこの国は自律型人形兵器のおかげで優勢を保っていた。しかしわずか二週間で内部から崩れ去っていく。
「ご報告申し上げます! ただいま王の死去が確認されました。――無念です」
「……報告ご苦労様。それで、王の暗殺に関する容疑者は絞られたのかな」
「はい、おそらく穏健派の一部が企てたのではないかと予想されていますが決定的な証拠はなく――」
「そうか。分かった、もう行って良いよ」
どこも傷ついていない新品の鎧を着た若い騎士は僕に促されるとそそくさと城に戻って行った。街がこんなことになっていて人々が命からがら避難しているのに、よく彼は鎧に傷一つ付けず城の伝令役を果たせているものだ。全く、考えただけでうんざりする。
「王はお亡くなりになられたか――」
自分勝手な理由でこの戦争を持ちかけた張本人。元凶となった自律型人形兵器の投入を指示した者。こうなった以上反対派も多かっただろうが、まさか暗殺されてしまうなんて。
後のことなど考えもせず城の人間は私利私欲のために王を暗殺する。それがどんな結果を生むのか少しは考えなかったのか。王がいなくなれば相手国との平和条約締結に更なる時間を要する。リーダーが不在となった国にもはや混乱以外の未来は残されていない。
――この国には何体の自律型人形兵器が投入されたのだろう。それを全て破壊しなければ国民に安全な場所を提供することはできない。もたもたすればこの国は内部から崩壊してしまう。
誰か、この街の現状を見てみるがいい。焼け野原となり国民の笑顔が奪われたこの土地を。そしてその次に自分の顔をよく見てみるがいい。今まさに危機に瀕している人のことなど目もくれず戦略を立て政治ゲームに熱中している愚かな顔を。
「自分たちだけ安全な場所を陣取って、何が戦争だ! 何が王の継承争いだ! 結局お前たちが見殺しにしているんじゃないか!」
叫んでも叫んでもむなしさばかりが降り積もっていく。機械音が鳴ればその方向に剣を振るうただの人形になり果ててようとしても、この胸の痛みからは一向に解放されない。
「お願い、もうやめて! これ以上やったら貴方が壊れてしまうわ! そんなに一人で背負おうとしないで――!」
後ろから誰かに抱きつかれて、僕はようやく握っていた破片を手放した。手からは血が滴り地面を紅く染めていく。
「ソフィア……どうして、ここに」
「貴方が昨日から外に出たままだって聞いて……。心配だったの!」
「あぁ、城の人から聞いたんだね」
振り返り、ソフィアに微笑む。しかしこの状況下で上手く笑顔が作れたかは分からなかった。
長い袖の羽織物に身を包んだソフィアは一昨日会った時よりもやつれて見えた。彼女は避難した街の人々のために大樹に祈りを捧げ、僕たちで作り上げた「霊魂の間」の管理も担ってくれている。休む時間も惜しんで彼女が祈ってくれているからこそ、まだこの地は神木の加護を受けこの程度で収まっているのだろう。
「僕は大丈夫だよ。それよりまだここは危険な区域なんだ。城まで送るからそこで待っていて」
「そんなこと言って、今日も戻らないつもりでしょう? この街から火が消えるまで動かない――そんなこと考えてるんじゃないの?」
こんな時のソフィアは本当に鋭くて困ってしまう。完全に図星だ。
彼女の言う通り、この街に放たれた兵器が全て沈黙するまで、安全な所に帰るつもりはなかった。王は暗殺され、城の人々は戦争どころではなくなってしまった。次の王位継承者を巡った醜い争い、暗殺者への処分――国民にとって最重要な安全の確保よりもそんなどうでもいいことに時間を使おうとしている。
それなら誰かがこの街を守るしか、ないじゃないか。今避難している人々が、今前線で戦っている騎士たちが帰る場所を誰かが作らなくてどうするんだ。まるで地獄の門が開いたようにこの街は真っ赤に包まれてしまった。せめてみんながこの地に足を踏み入れられるようにしてやりたい。
「――きっとソフィアは怒るだろうね。でも今の僕にはそれしか出来ることはないんだよ。僕はこの戦争が始まるのを止められなかった。王が自律型人形兵器を投入するのを止められなかった。王が暗殺されるのを止められなかった。だから僕は、これくらいしないといけないんだ」
「そんなこと、私だって同じだわ! 私がもう少し神木と通じ合えていたらこんな誤作動は起こらなかったかもしれない! いいえ、あんな兵器、理論的に無理だと言っていれば開発されなかったかもしれない! 責められるべきは、私も同じよ」
悲痛な面持ちで僕の手をとり、涙を流すソフィア。その身体がすでに相当な負荷を負っていることに僕は気が付いていた。彼女が腕を見せないよう長い羽織物を選んだのは、彼女の肌に異変が起きているから。前に文献を見たことがある。神木に穢れが溜まるとその影響を受けて巫女にも不調が現れるのだと。
住むところも店も失った悲しみ。大切な人を失った嘆き。牙をむく兵器への恐怖。戦争相手国への憎しみ。先行きへの不安。それらが神木に穢れを引き寄せている。
それはここから神木を仰いだだけで確認できる事実だった。普段は緑の葉を生い茂らせている大樹が灰色に染まっているのだ。所々火が燃えるこの地から見上げると神木の部分だけ白黒の世界のように見える。
「ごめんね、ソフィア。僕は君を守りたくて――この街に住む人々を守りたくて騎士になったはずなのに、こんなことになってしまうなんて」
どこからか人間の気配を察知して機械音が近づいてくる。僕はソフィアの手を放し、不安そうに見つめる彼女から視線を逸らした。そして次の瞬間、右手に持っていた剣でソフィアの背後に迫る自律型人形兵器を一刀両断する。まるで生物のようにそれは滑らかな動きでバランスを崩し地面に砕け散った。
「いいえ、いいえ、貴方のせいではないわ。――穢れがこんなに蔓延しているのに、まだ兵器は動きを止めないのね。それとも兵器が神気を使っているから浄化が追い付いていないのかしら」
ここも戦場だということをようやく意識したのかソフィアは少しだけ肩を強張らせた。
おそらく彼女が一番よく分かっている。この地に存在する穢れがもはや神木では浄化できないほどの量になっていることに。溢れ出した穢れはやがてこの地の養分を吸い取り、人が生きていけない土地に変えるだろう。いや、それだけならまだ良い。もしも神木が穢れを取り込み過ぎて加護を失ってしまったら、この地に災厄をもたらす存在になりかねない。
ソフィアはその恐怖を今、穢れに侵されながら身を以って知っているはずだった。
「この様子だと、霊魂の間も役に立たなかったみたいだね」
「……今は何とか死者の魂を霊魂の間に誘導するので精一杯だわ。――私は見誤っていたの。戦場で死した魂があんなにも恨みや嘆きで染まっているなんて。あんな大人数、私一人ではとても浄化できない」
――僕は間違ったのだろうか。
王が救えない命を拾い上げるために僕はソフィアと霊魂の間を作ったつもりだった。けれど、そこに死者を集めることでこの地はより穢れを引き寄せやすくなってしまったんじゃないか。死した魂を浄化できないのなら、その場に穢れが溜まっていくだけだ。こんな時に僕は死者たちに祈りを捧げることも、浄化を手伝うことも出来ないなんて。
ソフィアはこんな状態で僕を心配してここまで来てくれたというのに。
一体どこで間違ったんだろう。僕はただ、君を守りたかっただけだったんだ。
「ねぇ、■■■■。貴方はこの街を守りたい? どれだけ長い時間がかかってもあの活気ある街を取り戻したい?」
急に真剣な表情になってソフィアは僕にそう問い質した。
「それは――出来るなら守りたいし、あの街が返ってくれば良いな、とは思うよ」
そんなことが安易に口に出せないほど周りを見渡すと絶望的な風景ばかりが広がっているけれど。
「あのね、一つだけ方法があるの。この街を蘇らせる方法。でもそれには貴方に協力してもらわなくちゃいけない。どれだけの時がかかるか分からないけれど」
「もちろん協力はするさ。これは僕にとって罰のようなものだから」
「――そう」
ソフィアは一瞬迷った素振りを見せ、僕の目を奥底まで見つめてきた。彼女の青い瞳に見つめられると心の中を見られているような不思議な感覚に陥る。
彼女は一度瞬きをするとふっ、と息を吐いて微笑んだ。
「私が神木と一体になってこの地の穢れを引き受けます。だから貴方には再びこの神木に加護が宿るまで待っていてほしい。私がそれまで、私でいられるように」
この人は、何を言っているんだろう。自分から人柱になるつもりなのか。
どうして、どうして。君がそこまでする義理なんてない。君がそこまで全てを背負う義理なんてない。さっき君も言っていたじゃないか。そんなに一人で背負おうとしないでって――君も、同じだ。こんな時まで完璧な巫女様にならなくていい。だって僕は、君を守りたかっただけなんだ。それなのに、どうして。
「ソフィア――それ、本気で言っているの?」
「そうじゃないとこんな危険な場所でわざわざ話さないわ」
笑顔を崩さずそう語り掛ける彼女は、もうすでに僕が触れられない位置まで階段を駆け上って行ってしまったような印象さえあった。
「僕はそんなことをしてほしくて言ったんじゃない! 君だけが犠牲になるなんて間違ってる。この街の復興は僕たち騎士に任せておけばいいんだ!」
「――もう、駄目なのよ。このままだと穢れに染まった神木自体が災厄になってしまう」
「駄目だ! ……そうだ、自律型人形兵器が停止したら神気がその分浄化に使えるだろう? それで――」
ソフィアは困ったように表情を曇らせた。これでは僕が駄々っ子みたいじゃないか。そんな顔で僕のことを見つめないでくれ。僕のことを子ども扱いしないでくれ。僕はソフィアみたいに大樹の聖なる力を感じることは出来ないけれど、この国を守りたい意思は君と同じなんだ。それなのに君だけが全てを悟ったように犠牲になるなんて、やめてくれ。
「どうして――」
「仕方がないの。政治を担う人々がこの国の先を導く者を決めているというのなら、せめて私はその未来につながるように精一杯のことをしなきゃいけない。それが、この地にまだ彷徨う死者たちへの償いだから」
ソフィアはいつになく真剣な表情になり、丘の上にそびえる王宮に目をやった。あの場所では今も鎧の汚れ一つ知らない人たちがどうでもいい議論をしている。もしかしたら改良型の自律型人形兵器の開発についても意見が出ているかもしれない。僕はそれらを止める権限を持っていない。あの場所に怒鳴り込む行為だって無駄なことを知っている。ただこの場所で一つ一つ地道に兵器を破壊することしか出来ない。
同じように、ソフィアには人柱になるしかこの国のために出来ることはなかったんだ。こんなにも荒れ果て戦火に包まれた街の前ではもはやその選択しか残っていなかった。
――いつだって最善の道を歩んできたつもりだった。それなのに目の前の彼女は死を覚悟している。もう、二人で思い浮かべた未来を歩むことはできない。そしてもはやこの先に僕が望むものなどなかった。
それでも。いや、そうだとしても。僕たちは投げ出すことは出来ないんだね。
「ソフィア――分かったよ。再びこの地に加護が訪れるまで、僕は待つ。君には辛い思いをさせてしまうけれど。だから、絶対に帰って来て。ずっと、ずっと待っているから」
「貴方がこの国をどこかで支えてくれるのなら、きっと遠い未来じゃない。そして貴方が待っていてくれるのなら、私は永遠にも似た時間でも耐えて見せる」
それはこの場で命を絶つよりも苦しい決断だった。彼女はこれから神木と同化し、その身に穢れを宿し続ける。自我すら侵されるその環境で、しかし彼女は穢れを引きうけ続けるため生き永らえなければならない。
「すぐに君を解き放つよ。それまで、待っていて」
「――ええ。待ってる」
この地の穢れが浄化出来れば、彼女を神木から解放することが出来る。その日まで。
たとえこの手が触れ合えなくても。たとえこの声が君に届かなくても。
僕たちのこの想いは、決してなくならないから。
そんなソフィアの決断が分かったはずなんてないのに、どこからか自律型人形兵器が何体もこちらに向かってくる音がする。まるで彼女が神木に辿り着き、儀式を行うのを阻止するかのように。
「■■■■様! 助太刀いたします!」
剣を持ち直して唇を歯噛みした時、まだどこも錆びていない銀の鎧を身にまとい兵器に剣を振った男はそう言って目が細くなるほどの笑みを見せた。
「どうして――君は」
彼の顔は見たことがある。たしかどこかの貴族の御曹司で、血筋を買われて騎士になったエリートだ。階級はまだ僕よりも下だったがいずれは王の右腕にまで上り詰めるだろうと言われるほどの家筋ではあった。
彼ほどの人物ならば今まさに王宮での後継者争いに名を馳せているはずだ。その証拠に、彼の鎧にはまだ傷一つついておらず戦場を経験していないのがよく分かる。
「自分はアシュリー・クレストと申します! この街を守るため、自分も戦わせてください!」
戦場を経験したはずがないのに迷いのない太刀筋。この人は自分の家柄に満足せずちゃんと訓練してきた人なんだ。――そんな人が、まだ王宮には残っていたなんて。僕は、何も見ていなかった。
「助かります! 巫女様を神木まで送り届けたいんです!」
「了解いたしました! 後ろはお任せください」
アシュリーと名乗った男はこんな全く有名でもない家柄の僕を援護しようと剣を強く握り直した。
こんな僕に付いて来てくれる人がいるなんて。街に放たれた人形兵器を全て破壊すると言っただけで、鼻で笑う騎士がいた。まだ燃え続ける街に入った僕のことを名誉のためだとあざ笑う騎士もいた。でも中にはこの男のような人もいる。まだこの街を、この国を守ろうと思って立ち上がってくれる人がいる。
だから、大丈夫だよ、ソフィア。君の行為を無駄になんかさせない。必ずこの地に加護を取り戻して見せる。
「――お願い、ソフィア」
「ええ、分かったわ。貴方のこと、信じてるから」
前方から切りかかろうとする人形兵器にソフィアを庇って右腕を差し出す。衝撃だけで意識が飛びそうだったが、仕方ない。今、彼女の命よりも守らなければいけないものなんてない。
血しぶきが飛ぶ悲惨な光景にソフィアが振り向くよりも早くその人形兵器に剣を叩きこむ。崩れていく人形兵器の後ろには加勢しようと慌てて剣を抜く巡回の騎士たちの姿が見えた。
「邪魔をするなぁぁ!」
巡回の騎士たちに手を引かれながら街と王宮への道を繋ぐ門の中に入り、尚も神木に向かって走り続けるソフィアの姿を見送って。
僕は三方面から迫る人形兵器に剣を大きく振りかぶった。
――その先には、きっと光輝く未来があることを信じて。
どうしても神木と一体化する決断を迫られたソフィア。
そして彼女を再び取り戻すため、思い出の地の復興を決意する手記の書き手。
二人が望み、その身を差し出してまで尽力するのなら。
その先には幸福が待っている。そう、信じるしかないのです。




