9.ジークスと、風呂造り③
「おぅ勇者。こりゃなんだ? またなんかいいもん作ってるのかぁ?」
露天風呂の仕切りを飛び越えた俺に、大柄な中年男のジークスが軽い調子で話しかけてくる。彼の後ろには、部下らしき近衛騎士が二十人ほど控えていた。
「勇者……魔王城に住み始めたって聞いたが、本当に大丈夫なのか?」
「フン! どうせだまし討ちして来るに決まっている。今のうちに殺してしまえ」
「バカ野郎……! 勇者に聞かれたら殺されるぞ」
ハハ……信頼無いなー俺。
ジークスの部下たちのヒソヒソ話は、ステータスによって強化された俺の聴力があれば嫌でも聞こえてくる。俺は苦笑いして彼らの話を流していると、ジークスが短い茶髪を生やした後頭部に手を当て、苦い顔をした。
「わりぃな勇者。あんなうまいもん食わせてもらったってのに」
「いいよ。ずっと戦ってきた相手をいきなり信用できるわけないからな」
「そう言ってくれると助かるぜ」
「あ、あと俺のことは和也って呼んでくれないか? 俺はもう勇者じゃない。勇者って呼ぶのは変だろ」
「だな。……それで和也、ここで何作ってたんだ?」
「男湯だよ」
そう言った瞬間、ジークスの背後で騎士たちが笑う。
「プっ! 勇者は男のくせに風呂が好きなのか。まるで女だな!」
「あんなのの何がいいんだか。おれたちなんかには高尚な勇者様のお考えは理解できないね。ハハッ!」
魔族特有の文化──男は風呂に入らない。その影響からか、騎士たちは俺に聞こえる声量で俺を嘲笑した。
うーん。一度入ったら風呂の良さが分かると思うんだけどなー。まあ文化の違いなら無理に入れとは言えないよなぁ……。
元々男湯は俺が入るためだけに造り始めた。けれど、折角なら魔族の男たちにも風呂の良さを布教したい気もする。
大人数で風呂に浸かってワイワイやるっていうのも楽しそうだと思ったんだけどなぁ……。
「なあ和也。おまえがそこまでして風呂に入りたいってことは、風呂っていうのはいいもんなのか?」
「「「えっ?」」」
意外にも風呂に興味を持った様子のジークスに、俺と騎士たちの声が重なる。
「だ、団長! どうして風呂なんかに興味を持つんですか!」
「そうですよ。男らしい団長が女の娯楽なんかに──」
「うるせぇなぁおまえら。そうやって与えられた価値観に囚われてちゃあ、見つけられたはずのいいもんも見つけられねぇぞ」
「「「……っ!」」」
ジークスの言葉にハッとさせられ、言葉を詰まらせる騎士たち。彼らを一瞥し、ジークスは何事もなかったかのように再度俺に聞いてくる。
「そんで、風呂ってのはいいもんなのか?」
こういう無自覚に部下を導くところが、ジークスが騎士団長に選ばれた理由なんだろうな。俺も歳を取ったらこういうおっさんになりたい。
俺はジークスに羨望の目を向けつつ、頷いた。
「ああ。風呂は最高だぞ。特に運動したりした後とか、疲れた時に入ると格別だ」
「そりゃいいな。ぜひともオレも入ってみてぇもんだ」
「それなら完成したら教えるよ。一応、大人数で入っても問題ないように造ってるからな」
「そりゃ完成がが楽しみだ。期待してるぜ」
「ああ」
そうして部下たちと城内へ戻っていくジークスの背を見送った後、俺は仕切りを飛び越えリーズの元へと戻った。
いやぁ、期待してくれる人がいるっていいな! なんかすごいやる気出てきた。
ブラック企業で働いていた時は、膨大な量の仕事を徹夜で終わらせるのが当然で、誰も褒めも期待もしてくれなかった。それに勇者になってからも、国王や貴族からは便利な道具としか思われず、助けた人たちと関わる余裕すらなかった。
だから、誰かに期待されることがすごく新鮮で……嬉しい。
「リーズ。明日からもよろしくなっ!」
「はい。もちろんです」
テンションが上がって、思わず声が上擦る。そんな俺とは対照的にリーズは相変わらず無表情。
そうして、風呂造り一日目が終了した。
***
翌日。昨日リーズに頼んで手配してもらった業者が到着し、脱衣所と風呂場の洗面台と排水溝の整備、それと壁に開けた穴を埋める扉の設置が始まった。
俺はというと、カイルに作ってもらった魔石の設置作業だ。
室内、通常温度の浴槽の壁や床に土属性魔術でくぼみを作り、火魔石を入れる。そして、入浴中に手足が火魔石に触れないよう、水だけを通す結界を張る。最後に魔力を注ぎ、火魔石を起動させた。
火魔石一つでどのくらい水が温まるか未知数なので、とりあえずは女湯と同じ五十センチごとに火魔石を設置した。それから魔術で浴槽に水を満たした。
水が均等に温まるまで、隣の熱湯の火魔石設置作業に入る。こっちは通常風呂の半分──二十五センチ間隔で火魔石を置いてみる。そして、浴槽を水で満たした。
「よし。ひとまず設置は終了」
一つの火魔石を設置するのに四工程もかかるから、思いのほか時間がかかった。気付けば作業開始から一時間半が経過していた。
ちなみに、蛇口に火魔石を付けて直接お湯が出るようにしなかったのにはいくつか理由がある。
一つは、魔術で一気に水を出してからその水を温めた方が早く風呂を沸かせるから。
もう一つは、蛇口から出したお湯は冷めるからだ。銭湯や温泉のように常にお湯を垂れ流しにし続ければ温度は保てるかもしれないが、それだと水がもったいない。
その点、火魔石を浴槽に埋め込めば長い時間適温を保つことができる。
「こっちはもう温まってるよな」
最初に作業を終えた通常風呂の水面からは、白い湯気が立っている。
上手くいっててくれよ……?
唾を呑み、恐る恐るお湯に手を入れる。すると、ほどよく温まったお湯が俺の手を包み込んだ。
「よし! 成功だ! これなら露天風呂も同じ感覚で設置すればいいな」
そうして露天風呂の火魔石設置作業を終え、今度は熱めの風呂──熱湯の温度を確認する。
こっちも上手くいっててくれよ?
通常風呂の時よりも自信を持って、躊躇なくお湯に手を突っ込む。だが──。
「アッツっ!」
俺は脊髄反射で手をお湯から引っ込める。ドラゴンのブレスよりも熱い──は言い過ぎかもしれないが、とにかく熱すぎる。とても人間が入れる温度ではない。
「和也様。大丈夫ですか?」
そう言って駆け寄ってきてくれたのは、俺が火魔石設置作業をしている間ずっと背景と同化していたリーズだった。
「ああ。大丈夫だ。火傷もしてない」
俺は手をプラプラさせてリーズに無事を知らせる。
これでも俺は一応元勇者。全ステータスカンストした俺の防御力は伊達じゃない。まあ、防御力が上がっても火傷しないってだけで、熱いには熱いんだけど……。
「そうですか。それは何よりです。出しゃばったマネをしてしまい、申し訳ございません」
「だからそんな毎回謝らなくていいって。リーズは俺を心配してくれたんだろう? むしろありがとな」
「いえ、わたしはお礼を言われるようなことは何も」
「そんなことないよ。高校卒業してからずっと、俺を心配してくれる人なんて一人もいなかった。だからリーズが心配してくれて嬉しかったんだ」
「は、はぁ……」
その時ごく僅かにリーズの黒い双眸が揺らいだことに、俺は気付かなかった。
俺は視線を熱湯に戻し、自嘲する。
まあ、最初から全部うまくいくわけないよな。
俺は気を取り直し、魔術で一気に熱湯のお湯を消した。それから火魔石の間隔を変えてもう一度水を張る──まだまだ熱い。もう一度──まだ熱い。もっと間隔開けて──今度はぬるい。ならもう少し間隔を狭くして──アツッ!
俺は日が落ちるまでトライアンドエラーを繰り返し、ようやく熱湯をちょうどいい温度に調整し終えるのだった。
「ふぅ……結構時間かかったな。でもこれで、あとはサウナとジェットバスだけだ」




