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8.カイルとの交渉、風呂造り②

「カイル。ちょっといいか?」


 風呂で使うための魔石を作ってもらおうと、カイルがいる部屋の扉をノックする。しかし返事は帰ってこない。けれど、中からは確かに人の気配がした。


 また魔術の研究に没頭してるのか。


「カイル。入るぞ」


 一応断ってから扉を開けると案の定、大量の魔導書が積まれた机にかじりつくカイルがいた。カイルは俺に気付くと、濃いクマが浮かぶ紫色の瞳を向けてきた。


「和也。僕は見ての通り忙しいんだ……きみにかまっている暇は、ない……」


「まあそう言うなって。今日はカイルにいいものを持ってきたんだ」


「いい物……? もしや、アレ……なのか……?」


 俺の言葉に反応し、普段は瞼を半分閉じているカイルの目が大きく見開かれる。


 よし! 食いついた。


 カイルはいつも魔術の研究ばかりで、他のことには一切興味がない。カイルに頼みごとをするなら、まずはカイルにとって得になる報酬を提示する。これがカイルと一年間付きあって身に着けた交渉術だ。


 想定通りの反応に口元を緩めつつ、俺は隠し持っていた袋をカイルの前にぶら下げた。


「そうだ。今日持ってきたのは地球産のコーヒー豆だ」


 地球産コーヒー。その単語を聞いた途端、死んだ魚のようなカイルの目が、光を取り戻す。


「地球産コーヒーだと! 絶妙な苦みとカフェインが思考速度を向上させる劇薬! こちらの世界のものより遥かにこだわり抜かれた舌ざわりと脳活性化作用が特徴で、一度その効果を知ってしまったらこちらの世界のコーヒーには戻れない、薬物のような依存性を持った魅惑の液体か!」


「あ……ああ。まあそうだな。誇張しすぎな気がするけど……」


 オタク語り並みの早口でまくし立てるカイルに気圧されつつも、俺はこの交渉の成功を確信した。


 カイルは基本魔術のことしか頭にない。けれど、前に一度地球産のコーヒーを振る舞ってからは、質の良いカフェインに興味を持つようになったのだ。


「カイルはこのコーヒー豆、欲しいだろ?」


「当然だ! それ一つで魔術の研究がどれほど捗るか……」


「だよな。なら、一つ頼みを聞いてくれ」


「何でも言え。僕にできることなら何でもする……!」


 食い気味にそう言ったカイルの前に、俺は一枚の紙を置いた。


「火魔石を三百五十個。それと威力抑えめのウォータージェットを出す小型魔道具を五十個。作れるか?」


「もちろん。僕はこれでも神童と呼ばれた宮廷魔術師だぞ? その程度、明日の朝までには完成させてやる」


「そんなに早くできるのか?」


 本来、魔石一つ作るのには三十分ほどかかる。しかも作成時の魔力消費が激しいから、魔石職人は日に二十個も作れれば一人前と言われているのだ。


 それなら明日の内に浴槽は作り切れる! やっぱりカイルってすごい奴だったんだなー。


「流石カイルだな。なら明日の朝取りに来るから、コーヒー豆はその時に渡すよ」


***


 さてと。次は露天風呂だな。


 脱衣所と浴室は、あとはカイルの魔石が来ないと始められない作業と、業者に任せる作業だけとなった。


 中庭との仕切りは木で作りたいんだよなー。


 俺の中では露天風呂の仕切りは竹や木のイメージが強い。室内と同じように土属性魔術の岩で作ると、空を見上げた時に圧迫感が出そうだから避けたい。


「リーズ。昨日のうちに頼んでおいた木材って届いてるか?」


 そう。俺は露天風呂を作る時に木材が必要になることを予見し、魔王ネルに風呂を作る許可を取る際に木材も発注しておいたのだ。


「はい。すでに中庭の方へ運んでおります」


「流石、仕事が早いな」


「お褒めいただき光栄です」


 リーズは一切の感情を表に出さずに頭を下げた。その上下関係がはっきり見えるやり取りに、前から思っていたことが口をついて出た。


「なあリーズ。そんなにかしこまらなくてもいいんだぞ?」


「いえ。仕事ですので」


「そうか……」


 あんまり無理に言ってもよくないしな……リーズが俺に心を許してくれるまで待つしかないか。


 気を取り直して、俺は浴室の壁に中庭と繋がる扉を設置するための穴を開けた。すると、リーズが言っていたように大量の丸太が積まれていた。


 そうだな……まず先に浴槽を作ろう。中庭との仕切りは後から浴槽の大きさに合わせて作ればいいし。


 俺は早速、浴室の扉から少し離れた位置に立ち地面に手をつく。そうして土属性魔術で歪んだひょうたんのような形に地面をへこませた。


 それから角の取れた岩を浴槽の壁や床に敷き詰める。仕上げに、扉と浴槽の間に平たい岩をいくつか設置し、周囲を砂利で敷き詰めた。


 次は中庭との仕切りだ。


「来い。霊剣デウスマキナ」


 俺は久々に、強化しすぎて霊剣へと進化した勇者の聖剣を呼び出す。


「……!? 和也様。何をされるおつもりですか?」


「ん?」


 リーズが急にバックステップして、俺から距離を取る。警戒の色が浮かんだリーズの黒い瞳には、俺が手に持っている霊剣が映し出されていた。


「……ああ悪い。いきなり剣抜いたら怖いよな。安心してくれ。丸太から板材を切り出すだけだから」


 そう言っても、リーズは警戒を解かない。


 まあ、言葉で言っても信じられないよな。


 俺はリーズに背を向け、アダマンタイトすら豆腐のように斬り裂く霊剣を丸太に向かって振り下ろす。三メートルはある丸太を、長方形になるように表面を斬り落としていく。そして、切った木を板材になるよう五センチくらいの厚さに加工した。


 そうして使い終えた霊剣をしまうと、ようやくリーズは警戒を解いてくれた。


 次に、さっき砂利を敷いた範囲を囲うように深さ四十センチの溝を作り、念動力的な魔術で板材を溝の中に敷き詰めていく。


 最後に土属性魔術で溝板材周辺の地盤を固め、仕切りの完成だ。


「ふぅ……だいぶ形になってきたな」


 あとは余ったスペースに桶風呂を置いて、カイルに頼んだ火魔石を設置すれば露天風呂は完成だ。


 外見だけで言えば、本物の温泉と遜色ない。我ながらいい出来だ。


「あ、そうだ」


 このままでは、この露天風呂は魔王城の二階の窓から丸見えだ。


 俺は手のひらを空に向け、露天風呂が二階から見えないよう結界を張る。マジックミラーのように、露天風呂からは空が見えるが二階からは露天風呂が見えないようにするやつだ。


 その時、四六時中雲に覆われた空がいっそう暗くなり始めていることに気付く。


「あれ? もう夕方か……リーズ。今日は手伝ってくれてありがとな」


「いえ。和也様に尽くすことがわたしの勤めですから」


 そうして、今日のところは引き上げようとした時、豪快な声が響いた。


「おぅおぅ。なんだぁこれは?」


 どうやら声の主は仕切りの向こう側にいるらしい。露天風呂を造る許可はネルに取っているから大丈夫だと思うが、話が伝わっていない魔族に露天風呂を不審物として壊されたら面倒だ。


「これは魔王に許可を取って作ったものだから壊さないでくれ!」


 そう叫んでから、俺は仕切りを飛び越えて反対側の地面に着地した。


「なんだぁ? 誰かと思えば勇者じゃねぇか」


 そこにいたのは、四天王にして近衛騎士団長のジークスだった。

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