4.専属メイドと、塩作り
明日塩を作りに行くことが決まり、夕食を食べ終えた俺は席を立つ。
「あ、そう言えば俺の部屋ってどこだ?」
「そうであったな。案内させよう」
そう言うと魔王は食堂の壁際に控えているメイドたちに視線を送った。すると、黒髪を腰辺りまで伸ばした高校生くらいのメイドがスタスタと歩いてくる。
「ご案内いたします」
「ああ。よろしくな」
無表情のまま紡がれた抑揚のない声に返事をして、魔王たちを振り返る。
「じゃあ、また明日」
「うむ。ゆっくりと休むがよい」
そうして、俺はメイドに割り当てられた部屋まで案内された。
「こちらが、本日より勇者様のお部屋になります」
「へぇー。結構広いな……」
ブラックチョコレート色の両開き扉を開けて入ると、部屋はそこそこ裕福な貴族の寝室ほどの広さだった。扉と反対側の壁には大きな窓があり、部屋の中には天蓋付きのベットと机が置かれていた。
「家具につきましては、必要なものがあればお申し付けください。家具の手配が間に合わず申し訳ございません」
言われてみると確かに家具はベットと机の二つしかない。
まあ当然か。今日ここに住むって決まったんだし、家具の発注なんて間に合わないよな。
「それなら折角だし、家具は今度自分で選ぶよ」
スローライフなんだし、部屋づくりとかは自分でしてみたい。
「承知いたしました。何か他に疑問点などはございませんか?」
「そうだなぁ……今のところは大丈夫だ」
「では最後にご挨拶を──」
そう言うとメイドはスカートの裾を摘み、頭を下げた。
「わたしは本日より勇者様の専属メイドとなるリーズと申します。どうぞこれからよろしくお願いいたします」
挨拶を言い終え、顔を上げるメイド──リーズ。端正な顔を持つ彼女の黒い目は切れ長で冷たく、何の感情も読み取れなかった。
「ああよろしくなリーズ。俺は雨取和也。もう勇者じゃないし、できれば名前で呼んでくれ」
「承知いたしました和也様。ではわたしはこれで失礼いたします。何かご用がありましたら、わたしは隣室におりますのでいつでもお声がけください」
そう言うとリーズは一礼して、部屋から出ていった。
「……さて、と。寝るか!」
リーズを見送ってすぐ、俺はベットに飛び込んだ。が、全然体が沈み込まなかった。
んーと……ベット硬くない?
たぶんマットレスの中は全部羊毛だな。しかも経年劣化で硬くなってる。ベットとして機能するギリギリの硬さだ。
「まあいいか……そんなことより、やっと好きなだけ寝れるんだ!」
ステータスのおかげで肉体的疲労はほぼない。だが、高校卒業してからの三年間、四時間以上のまとまった睡眠時間を取れたことがない。
俺は仰向けになり布団をかぶる。枕も硬かったが、目を閉じると一秒と経たずに幸せな眠りに落ちていった。
──俺はこの日、十五時間眠り続けた。
***
「ここが、妾の城から最も近い海岸だ」
翌日。俺は魔王の案内で海岸に来ていた。どんよりとした雲の下、べっとりとした生ぬるい潮風が吹き抜け、魔王の紫髪とリーズの黒髪がサラサラと揺れた。
ちなみにここにいるのは俺、魔王、そして俺の専属メイドになったリーズの三人だけだ。
「噂には聞いてたけど、やっぱり魔族領の海って紫色なんだな」
「うむ。魔族領の海水には瘴気が含まれておるからな。その影響で紫に濁って見えるのだ」
ってことは、最初に海水を浄化しないとならないのか。
「よし。やるか」
まずは、今日塩にする分の海水を隔離する。海の中に土属性魔術で岩製の水槽を作り、無属性の念動力っぽい魔術で作った水槽を海岸に移動させる。
次に海水の浄化。
「魔王、リーズ。ちょっと離れててくれ」
魔族である二人にとって浄化魔術は毒だ。俺は二人が離れたのを確認し、光属性魔術のセイントベルを発動する。鐘の音とともに降り出した光の粒子が水槽内の海水に落ちると、海水は日本や人族領にある海と同じ水の色になった。
浄化を終え、次にゴミや砂などの不純物を取り除く。さっきと同じ大きさの空の水槽をもう一つ作って、海水が入った方を空の水槽に乗せる。
そして、海水が入った方の水槽の底に、砂すらも通さない微細な穴を無数に開けた。すると、水槽の底はろ紙やコーヒーフィルターのような役割を果たし、海水だけが下の水槽に溜まっていった。
最後に水分を飛ばし、塩を結晶化して取り出す。地球だと、大量の塩を取る時は天日干しとかで水分を飛ばすから時間がかかる工程だが──。
「ここは異世界らしく、魔術でゴリ押そうか」
水槽に蓋をして、爆発を起こす魔術──エクスプロージョンを水槽の中心で発動する。もちろん威力は抑える。水を一気に蒸発させつつ、塩は焦がさないように。
「……このくらいか?」
次の瞬間、水槽の中から爆音が轟く。衝撃が収まった後、水槽の壁や蓋を展開図のように開くとあちこちに白い結晶が付いていた。
「よし! 成功だ!」
俺は、上手く塩が作れた喜びと安堵に思わずガッツポーズをした。
「ほう。この白い粉が塩という物なのだな」
「ああ。試しに舐めてみるといいよ。しょっぱいから」
「そうするとしよう」
魔王は頷くと、前屈みになって指先で塩をなぞる。そうして人差し指についた塩をチロっと舐めると、魔王の肩がビクッと跳ねた。
きっと思ってたよりしょっぱくてびっくりしたんだなー。
時々垣間見える魔王のあどけなさを微笑ましく思っていると、魔王はすぐに表情を引き締めた。
「ふむ。確かにしょっぱいな。これならば良い調味料になる。民たちもきっと喜ぶだろう」
「では、回収はわたしが」
「いや、大丈夫だ。回収は俺が魔術でやるから、リーズはそこで木箱を持っていてくれ」
「承知いたしました」
相変わらずの無表情で、洗濯カゴ程度の大きさの木箱を持ったリーズが前に出てくる。
俺は念動力っぽい魔術を使い、展開した水槽のパーツに付いた塩をリーズが持っている木箱に集めた。
とりあえず塩を作ることには成功したな。後は魔族の誰かに方法を伝えて引き継ぐだけ──あ、そう言えば……。
「そう言えば魔族は光属性魔術を使えないよな? 浄化魔術が刻まれた魔道具をカイルに作ってもらった方がいいか?」
「いいや。それでは意味がない。魔族にとって光属性の魔道具に魔力を込めること自体が自殺行為なのだ」
「そうか……なら浄化の工程だけは俺かカイルがやらなきゃダメってことだな」
「そうでもないぞ。魔族の中にも一人だけ、光属性魔術を扱える者がおる」
「そうなのか?」
俺が聞き返すと、魔王は不思議そうに首を傾げた。
「勇者、其方も知っておろう。光の四天王ルミナのことを」




