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30.エルフ族の王子②

 いやぁ食べた食べた。やっぱり米はなんにでも合うなー。


 俺は夕食を食べ終え、自室に向かっている。広間ではトリンストたちの歓迎会が開かれているようだが、俺は堅苦しいパーティーは好きじゃないからいつも通り食堂で夕食を済ませた。


 そうして階段に差し掛かった時、階段途中の踊り場から聞き覚えのあるチャラい声が聞こえてきた。


「ねぇキミかわいいね。ボクと一緒に楽しいことしない?」


「こ、困ります……」


 あの王子、またやってるのか……さっきあんなにアイリスさんにボコボコにされてたのに懲りないなぁ……。


 トリンストの周りには護衛やアイリスさんの姿はない。おそらく彼はパーティーを無断で抜け出してきたのだろう。


「トリンスト王子。何やってるんだ?」


 俺は敬語を使う気になれずため口で声をかける。するとトリンストの翡翠色の瞳は俺を捉え、軽薄な声を出す。


「んー? なんだ勇者じゃないか。奇遇だなぁ!」


 トリンストの注意が俺に向く。俺は、トリンストに絡まれていたメイドに視線を送り、逃げるよう促した。するとメイドはペコっと頭を下げ走り去っていく。


「あ、待ってくれよー」


 遠くに走り去ったメイドの背中に向かって未練がましく手を伸ばすトリンスト。


「トリンスト王子。歓迎パーティーはどうしたんだよ」


「んー? いいじゃんかそんなこと。それより勇者。おまえ本当に魔王城で暮らしてるんだね」


「ああ。いろいろあってな。それよりパーティーに戻らないとまたアイリスさんに──」


「ボクなら」


 ……なんだ? 急に雰囲気が変わった……?


 急に声のトーンを低くしたトリンスト。彼はへらへらとした笑顔を引っ込め、スッと目を細めた。


「ボクなら、同胞を裏切るようなことはしないぞ?」


 ああそうか。トリンストは、勇者のくせに魔族に寝返ったことに怒ってるのか。傍から見れば俺は人族の裏切り者だもんな。トリンストにも同族意識はあるなんて意外だ……。


「トリンスト王子は何か勘違いしてるみたいだけど、俺は仲間を裏切ってないぞ」


 俺はトリンストの目を真っすぐに見つめ返し、事情を説明する。


 異世界から来たから、俺の仲間と呼べる相手はパーティーメンバーの二人だけしかいなかったこと。いきなり休みなしの鍛錬をさせられて、勇者として使い潰されたこと。そしてパーティーメンバーのカイルとセラも限界が近かったこと。


 俺の話を聞くにつれ、トリンストの表情は次第に軽薄な笑顔へと戻っていった。


「なるほどねぇ。そういうことか。それは大変だったね。ボクはおまえのこと誤解してたよ」


「誤解が解けたならよかったよ」


「あ! そうだ勇者。おまえこの後暇? さっきからかわいい女の子たちに逃げられてばっかりでつまんないんだ。ちょっと付き合ってよ」


 そう言ってトリンストは俺の肩に腕を回し、酒を煽るジェスチャーをした。


 切り替え早いなー。うーん……まあどうせこの後はゴロゴロして寝るだけだしな。


「分かった。なら厨房から酒を──」


「おっとぉ、それなら大丈夫ー」


 そう言ってトリンストは、服の内側から見るからに高級そうな酒瓶を取り出し、振って見せた。


 それ、絶対パーティー会場から盗んできただろ……。


 俺は、肩を組んだトリンストに白い目を向けながら自室まで歩いた。


 それから俺はベッド、トリンストは椅子に座り最初の一杯を煽った。直後、トリンストは立ち上がり、ベッド横にあるカラーボックスの中段を覗き込んだ。


「んー? これはなんなんだー?」


「それはライトノベルのラブコメだ。架空の主人公とヒロインの恋愛をコミカルに書いたものだ」


「へぇー。これっておまえが元いた世界から持ってきたのか?」


「ああ」


 表紙に描かれたヒロインに惹かれたのか、興味津々に第一巻を手に取るトリンスト。俺は翻訳魔術を使い、トリンストにも読めるようにした。


「試しに読んでもいいぞ?」


「マジで!? じゃ、読ませてもらうよー」


 それから十分後、静かにプロローグを読み終えたトリンストが顔を上げる。


「これ面白いなぁ! ボクは本嫌いなのにスラスラ読めたよ。でもこんなかわいい幼馴染、現実にいるわけないだろー」


「そりゃ、ラノベはリアルより理想を追求するものだからな。トリンスト王子も、アイリスさんが優しかったらーとか考えたことない?」


「マジでそれなー! アイリスのやつ、ボクの元教育係だからっていちいちうるさいんだよねー。この前だって、折角かわいい女の子が乗り気になってくれたところに割り込んでくるしさー。それにちょっと街に女の子探しに出ただけで──」


「ハハ……」


 聞けば聞くほどトリンストが悪いな。


 酒に酔った勢いと日頃の鬱憤で饒舌になり、部屋の外にまで聞こえる声でアイリスさんの愚痴を並べるトリンスト。この時俺たちは、扉の外に迫る人影に気付かなかった。


***


 扉の外──。


「こんなところに……」


 パーティーから姿を消したトリンストを探していたアイリスさん。彼女はトリンストの声が聞こえる部屋の前に立ち、ドアノブに手を掛ける。そこでようやく、トリンストが何を言っているか鮮明に聞き取れた。


「──それにアイリスのやつ、最近はどんどん当たりがキツくなってるんだよねー。ああ見えてちょっと太ってきたし、もう人間で言うアラサー──婚期ギリギリの売れ残りだからボクに八つ当たりしてるんだ。女の子たちにモテるボクに嫉妬でもしてるのかねー? ハハッ!」


「……っ!」


***


 部屋の中──。


「なっ? 勇者。おまえもアイリスがひどいと思う──えぁっ?」


 部屋の外から突如ドアノブが折れるようなバキンッという音が鳴り、荒ぶる殺意が流れ込んでくる。トリンストは扉に視線を固定し、頬に冷や汗を流した。


 直後。部屋の扉が蹴り飛ばされ、俺とトリンストに向かって飛んでくる。


「危なっ!?」


「うわあぁぁぁっ!?」


 俺は横に跳んで扉をかわす。けれど反応が遅れたトリンストは、その整った顔面に思いっきり扉の直撃を受け、地面に崩れ落ちた。


「トリス! あなた言っていいことと悪いことがあるでしょう! 大事なパーティーを抜け出して何をしているかと思えば陰口だなんて……私の育て方が悪かったのかしら……」


 頭を抱え、首を横に振るアイリスさん。一見トリンストの面倒を見る気苦労に同情しそうになる。が、彼女のスラリと細い足は扉の下敷きになったトリンストの頭をしっかりと踏みつけていた。


「うぐぅ……」


 トリンストの口からは、力無い呻き声が漏れていた。


 うん。何を見せられてるのこれ?


「ハァ……」


 気が済んだのか、アイリスさんは盛大なため息を吐き、トリンストの頭から足をどける。それからトリンストの胴体に乗った扉をどかした。そこで初めて、俺とアイリスさんの目が合う。


「いらしたのですか勇者様。ぁ……お見苦しいところをお見せしてすみません。ですがなぜこのようなところでトリスと一緒にいたのですか?」


「廊下でばったりあって一杯やることになったんだ。それにここ、俺の部屋だし」


「そうだったんですか……それはすみません。壊してしまった扉は弁償します」


 丁寧に頭を下げるアイリスさんに、俺は手を振って頭を上げるよう促す。


「いや、いいってこのくらい。顔上げてくれ」


「寛大なお心遣いには感謝します。が、訪問先の設備を壊して弁償せずに帰ったとなればエルフ族の沽券に関わります。ですから弁償だけはさせてください」


「ああ。そう言うことならありがたく弁償を受け取るよ」


 一通り話がつくと、アイリスさんはトリンストの襟を掴んで地面に座らせる。


「さあ、パーティー会場に戻りますよトリス」


「ちぇっ……!」


 アイリスさんに首根っこを掴まれ、不貞腐れた顔で引きずられて行くトリンスト。彼は扉があった場所を通るとき、俺に向かってパチンとウインクした。


「勇者──いいや和也! ボクのことはトリスでいいからなっ!」


 そう言って爽やかな笑顔を浮かべるトリンスト──トリスを見ていると、やっぱり嫌いにはなれなかった。


「ああ。またなトリス。パーティー頑張れよ」


 これは、トリスが魔王城に滞在している間は騒がしくなりそうだ。

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