27.ネルの部屋と、調味料作りの進捗報告
夕食後。俺はネルに頼まれた魔導灯修理のためネルの部屋を訪れた。
「ここがネルの部屋か……なんか質素だな」
「それはそうだろう。ここは寝るだけの部屋なのだぞ?」
部屋には天蓋付きのベッドとサイドテーブル。それと高級そうなハンガーラックと化粧台が置かれていた。他には何もなく、ネルの言う通り寝て支度をするだけの部屋といった内装だ。
「和也。あれだ」
ネルが顎をクイっと動かして指し示した先──窓のすぐ横には、煌々と輝く光魔石が落ちていた。どうやら、窓の横の壁に取り付けられた魔導灯から落ちたらしい。
「ネル。いったん灯りを消してくれ」
「うむ」
ネルが壁のスイッチを押し、部屋の灯りは落ちている光魔石だけとなる。俺は光魔石を拾い上げ、飛行魔術で魔導灯の中を確認した。
……うん。回路の方は大丈夫そうだな。ってことは、光魔石と魔導線の繋ぎが甘かっただけだな。
俺は光魔石から外れた魔導線を二本見つけ、光魔石に繋ぎ直す。それからネルに頼んで、壁のスイッチを押してもらうと、魔導灯は正常に白い光を放った。
「よし。直ったぞ」
「そのようだな。助かったぞ和也」
「ああ。また壊れたら遠慮なく言ってくれ」
「助かる」
「じゃあ俺は部屋に戻るから。おやすみ、ネル」
軽く手を振って部屋を出ようとすると、服の裾を引かれた。
「ま、待つのだ和也」
「ん? なんだ?」
振り返ると、ネルは俺の服から手を離し咳払いをした。するとネルの纏う雰囲気が魔王のそれになる。
「コホンっ……其方の耳に入れておきたい話がある。少し長くなるのだが、ベッドに座って話さぬか?」
「ああ。いいぞ」
俺は頷き、ネルと並んでベッドに腰掛ける。
「それで話ってなんだ?」
「うむ。話とは調味料についてだ。其方のおかげでエルフ族との交渉は成功し、かの者たち協力のもと、作物を安定生産する目処は立った。そこで次に必要になるのは──」
「作物から調味料を作るための工場、か。それで俺に調味料の作り方を教えて欲しいってことか?」
「流石は和也だ。話が早いな。……頼めるか?」
「ああ。もちろんだ」
俺は即答し、パラレルゲートを発動する。今回は俺が借りてる部屋ではなく、実家からある物を取り寄せ、ネルに差し出す。
「これは、なんだ?」
「これは調味料図鑑だ。これには詳しい調味料の作り方が書いてある。翻訳魔術を掛けておいたから参考にしてくれ」
俺だって元は一般人だ。調味料の製造方法なんてよく知らない。
図鑑持っててよかった……俺が小学生だった頃に母さんに買ってもらったんだっけ。あの時は図鑑くれるくらいならマンガ買ってくれって思ってたけど、母さんに感謝だな。
「ほう。確かに事細かに手順がかかれておるな」
「だろ? そこに乗ってる専用機械とかは魔術で代用できるだろうし、特に味噌とか寝かせる時間が長い調味料は、時間魔術を使える魔族を雇えば短縮できるはずだ」
「うむ。そうだな。細かい点は明日セバスたちと会議するとしよう」
「ああ。頼んだぞネル。工場に関して俺ができることはないからな。調味料の完成、楽しみにしとくよ」
そう言って俺は、ネルの頭をそっと撫でる。レースのようにサラサラの紫髪が甘く絡みついてくる感触が心地よかった。
撫でられているネルは頬を赤くし、満更でもなさそうに俯いて口をすぼめた。
「むぅ……これでは締まらないではないか……」
「ハハッ……いいだろ別に。今は俺とネルの二人なんだし、もっと甘えていいんだぞ?」
「意地の悪い……」
照れた表情のままジト目を向けてくるネルはツンデレ猫みたいにかわいくて、俺はまた笑った。
***
一か月後──。
夕食を終え、食堂で魔族領産の毒々しい見た目のリンゴ(意外と瑞々しくておいしい)を食べていると、ネルが口を開く。
「和也。其方がくれた調味料図鑑のおかげで無事、工場が完成したぞ」
「本当かっ?」
「うむ。加えて、明日には畑の方から初の収穫品が届く」
そこから先の詳細な説明は、この事業を取り仕切っている宰相のセバスさんが継いだ。
「まず、どの調味料の工場をどの程度の規模で作るか、もしくは作らないかという精査においては、料理長のクカック様の助言を参考に決めさせていただきました。また、工場で働く人員には生活が困窮している貧民街の住人や貧しい庶民層を中心に職員募集をかけたところ、問題なく集まりました」
「ん? それってつまり、貧困問題の解決も狙ってるのか?」
「はい。おっしゃる通りでございます。和也様が提案された調味料生産事業のおかげで、長年問題視されていた貧困問題に一石を投じることができました。感謝いたします」
「いや、それはセバスさんの力だよ。調味料を作って売るっていう道のりで他の問題も同時に解決するなんてすごいな」
「お褒めにあずかり光栄です」
俺の前に座ったセバスさんは目を閉じ、胸に手を当てて軽く頭を下げる。その謙虚な姿勢と服装や白い髪と髭が相まって、セバスさんは本当に執事にしか見えない。
「和也」
ネルが改まった口調で俺を呼ぶ。ネルの方を見ると、その凛とした紅い瞳と目が合った。
「妾からも改めて感謝する。其方のおかげで、多種多様な調味料を民たちに届けることができる。其方が妾の城に来てから、魔族の食文化は見違えたぞ」
「あ、ああ……」
事実だけを並べて褒められると否定できなくて、なんて返せばいいか分からなくなる。俺は首に手を当てて顔を逸らし、目を泳がせた。
「ま、まあ何はともあれ、これで調味料の心配はなくなるんだな」
「うむ。そうなるな」
そろそろ光竜からもらった調味料も尽きかけていたし、調味料の安定生産は俺としてもありがたい。俺はフッと息を吐き、心を落ち着かせた。
ん? そう言えば調味料の材料を収穫できたってことは、頼んでたアレも一緒に運ばれてくるんじゃ……。
エルフ族に頼んでいたあることを思い出すと、途端に明日が待ち遠しくなった。




