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23.リーズに休んでもらいたい

「いえ、わたしに休暇は不要です」


 リーズが無休で働いていると知り「休んだら?」と提案してみたのだが、あっさり断られた。だからと言って、社畜を経験した俺としてはリーズのことを放っておくことなどできない。


「どうするかなー」


 俺は自室のベッドに寝転がり、天井を見つめる。


 ネルは、リーズは仕事以外の時間何もせず、死んだように過ごしていると言っていた。なら、リーズを楽しませればいいんじゃないか? そうすれば休日にやりたいことが見つかって、休日が欲しくなるんじゃないか?


「けど、リーズって何が好きなんだ……?」


 料理は……甘い物がワンチャンあるか? 風呂は今以上の物は無理だし、運動は別に好きって感じじゃなかったよなぁ……あとは──。


「あ! そういえばリーズ、あの時は表情を見せてくれたな」


 よし! これでいこう。ついでにあれも準備して……。


 俺はある計画の準備をし、リーズの部屋をノックした。


*** リーズ視点 ***


 昼前。わたしは和也様に付き従い、テラスに移動した。空は相変わらずの曇りで、わたしの目に映る世界は今日も灰色。


「和也様。一体どちらへ向かわれるのですか?」


 もしまた城下町にでも行くのなら、魔王様へ報告し、和也様に変装してもらう必要がある。十年間毎日そうしてきたように、今日もわたしは自分の役割をこなすだけ。そう思っていたのに──。


「雲の上だ」


 ニッと無邪気に笑ってわたしを振り返る和也様。彼の言葉に、ドクンと胸が高鳴った。そして視界には、以前スリーピングバードの羽を求めて空を飛んだ時に見た光景が鮮明に映し出される。


 その時だけは町も城も人も大地も、全てが色付いて見えて──。


 ……っ! いけません。わたしには、和也様の専属メイドという役目があるでしょう。


 わたしは目を閉じ、フッと息を吐く。仕事に不必要な雑念を振り払ってから、もう一度目を開けた。すると、和也様はわたしに手を差し伸べてくれていた。


「リーズ。ついてきてくれるか?」


「はい」


 わたしは了承し、和也様の手を取った。


「ありがとなリーズ。じゃあ一気に行くぞ。目を瞑っててくれ」


「はい」


 わたしが目を閉じた瞬間、和也様の魔力がわたしの体を包み込む。ふわりと地面から足が浮き、温かく柔らかい春風のような風がわたしたちの周りを流れた。前に飛んだ時と同じ感覚に、鼓動が早くなる。


 何故こんなに胸が高鳴るのでしょうか……? わたしには不必要だと言って──。


「リーズ。ついたぞ」


 和也様の声を聞き、わたしは目を開ける。が、眩しくてよく見えない。目を細めてゆっくりと瞼を上げていくと、だんだんとピントが合ってきて──。


「……っ!? すごい……」


 目の前に広がる絶景に、思わず息を呑んだ。


 空は吸い込まれそうなほど青く突き抜け、足元では視界を埋め尽くす薄灰色の雲海が、まるで生きているかのようにうねり、モクモクと風に流れている。何もかものスケールが大きすぎて、現実感が薄らいでいく。


 寒いわけでも怖いわけでもないのに、自然と体が震える。息をするたびに、澄み切ったおいしい空気が喉を通り抜け、なぜか焦燥感が沸き上がってくる。


 胸の前でギュッと手を握り、焦燥感を紛らわそうとしたけれど意味はなかった。代わりに、痛いくらい速くなった鼓動の音だけが伝わってくる。


「和也様……わたし、何故だか胸が張り裂けそうです」


「えっ? 自分で理由分からないのか?」


 心底不思議そうに首を傾げる和也様。わたしは自分の立場も忘れて、彼の服の裾にしがみついた。


「和也様は分かるのですか……!? よろしければ、わたしにも理由を教えていただけないでしょうか? 胸が張り裂けそうなくらい苦しくて……このままではわたし、どうにかなってしまいそうです……!」


 すると和也様は困ったように顔を逸らし、それから目だけでわたしを振り返る。


「あー、その……リーズはこの景色に感動してるんだと思うぞ」


「感動……? わたしがですか?」


 物心つく前からずっと、無感動のまま与えられた役割をこなすだけの存在だったわたしが……?


「何故和也様はわたしが感動していると思われたのですか?」


「だってリーズ……泣いてるだろ?」


「えっ……?」


 指摘されて初めて、目尻が熱いことに気付く。目元に触れると雫があって、涙が頬を伝っていたことも分かった。


 どうして、わたしは泣いているのでしょう……?


 そんな疑問を浮かべながらも、わたしは無意識のうちにメイドという役目に戻ろうとしてしまう。


「お、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」


 わたしは混乱しながらも謝罪し、涙を拭う。けれど何度拭っても涙は止まらなかった。


「全然いいって。むしろリーズが感情を見せてくれて嬉しいよ」


「はぁ……? ですがこれでは業務に支障が……」


「大丈夫だ。今は特にリーズにやってもらうことはないからな。それより座ろう?」


 そう言って和也様は、アイテムポーチから絨毯を取り出す。そして絨毯に魔術を掛け、雲の上に浮かせた。わたしは彼に促されるまま、絨毯に座り込む。


 それから和也様は雲海を眺め、わたしが泣き止むのを待ってくれた。


***


「リーズ。そろそろ昼食にしようか」


 しばらくしてわたしが落ち着くと、和也様はアイテムポーチから鳥串が並んだ皿を二つ取り出し、一つをわたしの前に置く。


「いえ、わたしは結構ですので」


「そう遠慮するなって。いい景色を眺めながら食べるご飯はおいしいぞ?」


「はぁ……? 分かりました」


 よく分からない理屈だが、わたしは素直に鳥串を手に取り口に入れた。


「……っ!? おい……しい……」


 普段から食べ慣れているはずのただの鳥串(塩)。だというのに、口の中に広がる塩味や鶏肉本来の香ばしさ、崩れた鶏肉の触感すらも普段より鮮明に感じられて──胸の奥が温かくなった。


「なっ? こうやって景色を眺めながらご飯を食べるのっていいだろ?」


 そう言って自慢げに微笑む和也様を見て、わたしも思わず……微笑んだ。


「はい。そうですね……!」


 自然と目元は柔らかく緩み、口角も僅かに上がる。こんな感覚、生まれて初めてだった。


*** 和也視点 ***


 リーズ。やっと笑ってくれたな。


 リーズに楽しんでもらえたことに安堵して、俺も鳥串を食べる。


 景色を眺める良さを分かってくれただろうし、これで後はリーズが休みを欲しくなってくれればいいんだけど……まあすぐには難しいか。


 雲海を眺めるリーズの端正な横顔を見ると、分かりにくいが、普段よりも少しだけ柔らかい表情を浮かべていた。メイド服の裾やフリル、サラサラの長い黒髪が風に揺られて、リーズの魅力を引き立てている。


 まあ、リーズが休みたいって言うまで、時々いろんなところに連れて行こうかな。俺も絶景を見るのは楽しいし。


 そうして俺たちは、青い空と雲海を眺めながら鳥串を食べた。もこもことしている雲は、ゆっくりと影の形を変えていく。その様子を眺めていると、あっという間に鳥串を食べ終えてしまった。


「よし。じゃあそろそろ帰るか」


「……はい」


 リーズにしては珍しく返答までに間があった。おそらくはまだこの景色を見ていたいのだろう。それでも俺は迷うことなく立ち上がり、リーズに手を差し伸べる。


 リーズには悪いけど、今はまだリーズを満足させない方がいいんだよなー。


 その方がリーズの中で、また絶景を見たいという欲求が強まるはずだから。そうなれば、休みが欲しいと思ってくれるかもしれない。


「リーズ。またこういうきれいな景色を見に行こうなっ?」


 そう声をかけると、リーズは目を見開き、それから目を伏せ、嬉しそうにほんの少しだけ口端を緩めた。


「……はい」


 吐息混じりの柔らかい声で小さく頷き、リーズは俺の手を取る。ガラス細工のように繊細でサラサラとしたリーズの手からは、早くなった鼓動が伝わってくる。


 リーズがこんなに興奮するなんて意外だな。……まあ、リーズも喜んでくれたみたいだし、俺も楽しかったし、二人でここに来てよかったかなー。


 俺はリーズの黒い瞳を見つめ、微笑み返す。それから俺は飛行魔術を発動して、二人で雲海の中に飛び込んだ。

この話を読んでいただきありがとうございます!


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