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22.ネルからのお礼と、リーズについて

 アイリスさんたちエルフ族との交渉が終わり、応接室には俺、ネル、リーズ、セバスさんの四人だけになった。


「和也。其方には迷惑をかけたな。すまぬ」


「この度は不甲斐ない私どもに代わり、魔王様を助けていただきありがとうございます」


 そう言ってネルとセバスさんが頭を下げる。続いてリーズも無言で頭を下げた。


「いや、そういうのはいいから頭を上げてくれ。それに今回はたまたまいい交渉材料を持ってただけだし、俺は大したことはしてないよ」


 俺がそう言うと、ネルたちは頭を上げた。セバスさんは落ち着いた優しい声で、諭すように語り掛けてくる。


「ご謙遜を。『強力な交渉材料を用意する』。それは交渉において重要な要素であり、運と実力の両方を必要とするものです。ですから、先程の交渉成立は間違いなくあなた様の功績ですよ」


「うむ。セバスの言う通りだ。其方がいなければ、妾らは甚大な損失を被ることになったであろう。感謝するぞ」


 うーん……本当にたまたまなんだけどなー。


 俺がそんなことを思っていると、ネルはリーズとセバスさんに視線を向ける。


「セバス。リーズ。すまぬが席を外してくれぬか? 妾は少し、和也と二人で話したい」


「かしこまりました。では、私どもは執務に戻ります」


 そう言ってセバスさんが部屋を出ていく。リーズはというと、俺を見て指示を待っているようだった。


「あー、ならリーズは部屋に戻ってていいぞ」


「承知いたしました」


 そうして人払いが済むと、俺と隣り合ってソファーに座っていたネルは俺に向き直る。それから視線を斜めに逸らしたまま、頬を薄く赤らめ口を開く。


「和也よ。魔王たる妾がこんなことを頼むなどおかしいとは分かっているのだが……」


 そこで言葉を区切り、躊躇うネル。俺は何を頼まれるのか全く分からなくて首を傾げた。


「なんだ?」


「……少しの間だけ、甘えても良いか?」


「は……?」


 注意しなければ聞き逃してしまいそうな小さな声で、ネルはそう呟いた。身長差で上目遣いになるネルの紅い瞳は僅かに潤んでいて、俺はネルから目を逸らせなかった。


 え……なんで……? ネルが、自分から俺に甘えてくれた……? 俺の聞き間違いか? いや、ネルは確かに甘えたいって言ったよな……まあでもそうか。ネルはさっきの交渉で失敗して弱ってるだろうし、魔王として、魔族たちには弱さを見せられないもんな。


「やはり、ダメか……?」


「いや、いいぞ。俺で良ければ好きなだけ甘えて」


 だってシンプルに嬉しいから。今までは一方的にかわいいなー、こんな妹欲しかったなーって思ってただけだったネルが、心を開いてくれて。


 俺はネルに向かって両手を大きく広げた。するとネルは、迷いなく俺の胸に飛び込んでくる。俺は、俺の胸に顔をうずめる彼女の小さな頭をそっと撫でた。


「こうして妾の頭を撫でてくれるのは其方だけだ……人前では恥ずかしいがな」


「なら、人前にいるときは撫でないようにするか?」


 おどけた口調でそう聞くと、ネルは顔を俺の胸に付けたまま上を向き、ジト目を向けてくる。


「むぅ……意地の悪い。嫌とは……言っておらぬぞ」


「ハハッ……! そうか」


 胸の中で拗ねるネルがかわいくて、思わず笑ってしまった。そうしてしばらく、布越しに伝わってくるネルの吐息と体温の温かさに癒される。


 かわいいなぁ……。


 振り子時計の音を聴きながら、サラサラとしたネルの髪を撫でていると、不意にネルは俺の胸から顔を離した。


「助かった。妾はもう大丈夫だ」


「そうか……」


 もっと甘やかしたかったんだけどなー。まあ、これが最後になるわけじゃないしな。


「また甘えたくなったらいつでも言ってくれ」


「うむ……その時は、また頼む」


 頬を赤らめ、紫の前髪を指でクルクルと弄るネル。その様子はやっぱりかわいくて……温かい目で見守っていると、不意にハッとしたネルは目を閉じ、いつもの魔王モードに戻った。


「コホン! 和也よ。見苦しい姿を見せてすまなかった」


「いや、そんなことはないって。ネル、かわいかったぞ?」


「なっ……!? そんなことは……」


 ネルは一瞬甘えモードに戻りかけたが、咳払いをして堪える。


「コホン! ……み、見苦しさついでに、其方にもう一つ頼みたいことがあったのだ。聞いてくれるか?」


「ん? なんだ?」


 聞き返すと、ネルはスッと目を細め、声のトーンを低くして言う。


「リーズのことだ。リーズはな、十年前に妾の城に来てから一度も休んでおらぬのだ」


「……っ!?」


 十年無休!? 俺より断然社蓄じゃないか!


 俺は目を見開き、ネルに矢継ぎ早に質問を飛ばす。


「それってどういうことだ? 魔王城のメイドには休みがないのか?」


「落ち着くのだ和也。魔王城では週に一度の休みを設けておる。だが、リーズは何度言っても休もうとしないのだ」


「そう……なのか……」


 リーズはどうしてそんな、自分から社畜になるようなことをするんだよ……。


 そんな疑問を浮かべる俺に対し、ネルはリーズの過去について話し出す。


「リーズはな、十年前──まだあやつが八歳だった頃に奴隷として売られていたところを妾が買い、一人のメイドとして雇ったのだ」


 それからネルは、リーズは両親の借金を返済するために売られたこと、リーズの両親は毒親だったこと、リーズが笑ったところを今まで一度も見たことがないこと、リーズは仕事をしていない時は何もせず、死んだようにじっとしていることを話した。


「故に、其方からもリーズに休むよう言ってくれぬか?」


「ああ。それはもちろん……」


「それにもし可能ならば和也。其方にリーズのことを頼みたい。妾ではどうすることもできなかったが、其方ならばあやつの心を救ってやることができるかもしれぬ……頼めるか?」


 リーズを救えなかったことを悔やむように目を細めるネルに、俺は即答した。


「分かった。やってみる」


 社畜の辛さは俺もよく分かっている。が、それでも二年近くブラック企業で耐えられたのは、俺にラノベや漫画という趣味があったから。この世界で勇者の激務に耐えられたのは、カイルたちのように本音で話せる仲間がいたからだ。


 話を聞く限り、リーズにはそういった心の支えすらないらしい。


 それってどれだけ辛いんだよ……? それは人間らしく生きてるって言えるのか?


 傲慢なのは分かっているが、それでも俺には、リーズの現状を見て見ぬふりすることはできなかった。

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