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21.エルフと交渉

 宰相のセバスさんが孫バカだと発覚してから三日。予定通り、魔王城にエルフの一団が到着した。まもなく、エルフ族に魔族領での調味料生産への協力を取り付けるための会談が始まる。


「お初にお目にかかります。私はエルフ族外交官、アイリス・トーチと申します。この度は魔王城へご招待いただき感謝いたします」


 エルフ……初めて見たなー。


 応接室のソファーに座る俺とネルの前で、長い耳と、胸元まであるプラチナブロンドのローサイドテールが特徴的な清楚系美少女──アイリスさんがお辞儀した。


「うむ。妾が魔王のノクティネル・ナイトメアだ。まあまずは座れ」


「失礼いたします」


 そうしてアイリスさんは、ローテーブルをはさんで俺たちと向き合う形でソファーに座った。彼女の後ろには、護衛らしきエルフ族の女性が二人控えている。こちらもセバスとリーズが控えているからお互い様だ。


「では早速、本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 凛とした翡翠色の瞳でまっすぐにネルを見つめるアイリス。対してネルは、ソファーの肘置きに頬杖をついて足を組み、魔王らしく堂々とした態度でアイリスを見返した。


「構わぬ」


「ではまず前提として、我々エルフ族としては魔族への人員派遣は可能です。条件次第ではすぐにでも第一団を派遣しましょう」


 要はエルフにとってのメリットを提示しろってことだな。


「ふむ。貴公の言い分は分かった。……セバス」


「はっ!」


 ネルに呼ばれたセバスさんは前に出ると、ローテーブルに大陸全土が描かれた地図を広げた。そして、エルフ族領と接する位置にある、線で区切られた土地を指差した。


「この土地をエルフ族に譲渡する。当然、開拓のための労働力も派遣する」


「なるほど。土地、ですか……」


 エルフ族領は、人族や魔族と比べてかなり狭い。比率で言うと、エルフ族領は大陸の五パーセントにも満たないのだ。だから領地明け渡しはエルフ族にとって大きなメリットになる……はずだ。


「確かに魅力的な条件です。しかし足りませんね」


 ん? 意外だな。作物と土地、どっちも長期的に利益が出るから、俺には対等な取引に見えたんだけど……。


「ほう……?」


 ネルも「対等な取引のはずだが?」と言いたげに目を細める。ネルの魔王としての威圧感に、アイリスさんの額からは冷や汗が浮かび上がった。が、アイリスさんは怖気づくことなくネルを見返した。


「確かに我々の領地は不足しています。ですが、ひっ迫している、というほどではありません。方やあなた方魔族は、必要としている作物を全くと言っていいほど育てられていませんよね?」


 なるほど。つまり「エルフ側は最悪土地が手に入らなくなってもいいけど、魔族側は作物を育てるために何としてでもエルフの協力を取り付ける必要があるでしょ?」とこちらが下手に見られているということか。


「ふむ。つまり貴公は、等価交換はしないと申すか」


「はい。察しがいいですね。流石は魔王様です」


 この人、おしとやかな顔して搾り取れるだけ搾り取ろうとしてるなー……。


 俺はアイリスさんに白い目を向け、内心ため息を吐いた。ネルを見ると、痛いところを突かれたと、頬に当てた手に力がこもっていた。


 うーん……ネルたちも交渉材料は他にも用意してるだろうけど、この反応だと厳しいか……? セバスさんは何か考えあるのか?


 俺は後ろに控えているリーズに視線を送る。俺は口元に手を当て、アイリスさんから唇を読まれないようにする。すると、意図を汲んでくれたリーズは俺の口元に耳を近づけ、邪魔な髪を耳にかけた。


「リーズ。今回用意してる交渉材料って全部わかるか?」


 コクリと頷くリーズに、今度は俺が耳を差し出す。


「宰相様がご用意なさった交渉材料は、領地明け渡しと有事の際の援軍派遣、そしてブラックミスリルの一部譲渡です」


「ありがとうリーズ」


 やっぱりセバスさんは色々用意してたか。けど、この調子だとそれ全部搾り取られるぞ……。


「ならば、有事の際の援軍派遣も約束しよう」


「ありがとうございます。かの魔族軍が味方になるとは、大変心強いです。ですが我々エルフ族は中立種族。有事など滅多に起こりません。これではまだ、協力はできません」


 翡翠色の瞳を鋭くして、ネルに挑戦的な上目遣いを向けるアイリスさん。今この場は完全に彼女の手中だ。心なしか、ネルの魔王としてのオーラも弱まっている気がする。


「ならば我が魔族領で採掘したブラックミスリルの一割を貴公らに譲渡する。これで手を打ってはくれぬか?」


 あ、ネル。それはダメだ。交渉で下手に出たら、限界まで巻き上げられる……!


「魔王様それは──」


 ネルの発言に、セバスさんは焦りを口にし、アイリスさんはニヤリと口元を緩め、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「五割です。領地の譲渡、援軍協定、そしてブラックミスリルを採掘量の五割。これらをお約束いただけるのであれば、我々は喜んで魔族に協力いたします」


 思えば、ネルはまともに交渉したのはこれが初めてだったのだろう。光竜との一件は例外として、魔族は他種族との関わりを断っていた。それに種族内での交渉に王が出向くことなんてまずないから。


「くっ……」


 ネルは奥歯を噛みしめ、セバスさんを見る。セバスさんは額を押さえながら、悔しそうに頷いた。


「……よかろう。我ら魔族は──」


「少し待ってくれないか」


 俺はネルを手で制し、口を開いた。


 俺は半分部外者みたいなものだから遠慮してたけど、これ以上は見てられない。だいたい調味料の生産をしようと言い出したのは俺だしな。責任くらいは取る。


「和也……」


 珍しく弱々しい声を出すネル。俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。


「ネルはよく頑張ったよ。大丈夫だ。ここからは俺がやる」


 これでも勇者として、ブラック会社員として取引を幾度となく経験している。それになにより、俺には強力な切り札だってあるのだ。今の俺なら、この最悪な状況を巻き返せるはずだ。


「すまぬ……頼んだ……」


 目を伏せたネルの頭をもう一度優しくなでてから、俺はアイリスさんに向き直った。


「ゆ、勇者様。お言葉ですが、我々は譲歩するつもりはありませんよ」


 勝ちを確信していたアイリスさんは、唐突に乱入してきた俺に対して引き攣った笑みを向けてくる。そんな彼女に対し、俺はこの場では俺にしか出せない切り札を切った。


「光竜とエルフ族との仲介。これでどうだ?」


「……!? 今なんと……?」


「エルフ族が光竜と和解するために、俺が仲介人になるって言ったんだ」


 ネルたち魔族は知らないだろうが、エルフ族と光竜は犬猿の仲。だがそれはエルフ族にとっては先祖の話でしかない。今はむしろ、光竜と交渉するために関係を改善しようと画策していると、勇者の旅の道中で耳にした。


 やっぱりこのカードは効果抜群だったな。


 光竜という単語を聞いた途端、アイリスさんの目の色が変わった。姿勢もわずかに前傾している。追い打ちをかけるならここだろう。


「俺が光竜との仲介を引き受ける場合、領地の譲渡、ブラックミスリルを採掘量の五割の譲渡は無効だ。援軍協定も、エルフ族側が一方的に攻撃された時だけ有効なものにする」


「そう来ますか……」


 今度はアイリスさんが苦い顔をする番だった。彼女は視線を落とし、肩にかかるローサイドテイルを撫でながら深く考え込む。十秒後、アイリスさんは肩を落とし口を開く。


「……分かりました。その条件で手を打ちましょう」


 それから農地を作る場所について会議した後、エルフたちは一度エルフ領へと帰還した。

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