20.これまでの成果と、宰相セバス
光竜との取引から三日。魔王城内では白い魔導灯──特にランタンタイプのものがプチブームになっていた。
夜に読書や執務作業をする時や、掃除で細かいゴミを見つける時。会議の時さえも、今まで使っていた暖色系の灯りよりも集中できると白い魔導灯が取り入れられていた。
だからと言って全てが白い魔導灯に置き換えられたわけではない。廊下や謁見の間、風呂や食堂や寝室など、暖色系の温かさや粋な雰囲気とマッチする場所は引き続き火属性魔術を活用した灯りが使用されている。
俺はというと、この三日間はのんびりとベッドに寝転がり、ラノベを読んでいた。
いやぁ……こうやって好きなだけゴロゴロできる日が来るなんてなー。料理も調味料が増えて塩味に飽きることもなくなったし、後はのんびり気が向いたときにでも部屋の家具を増やせばいいかなー。
そんなことを考えていると、コンコンコンっと扉がノックされた。
「和也様。夕餉の準備が整いました」
「ああ。今行く」
噂をすればなんとやら。俺は読んでいたラノベにしおりを挟み、ランタンの摘みを回して灯りを落とした。
***
ん? セバスさん。どうしたんだ?
食堂の両開き扉の前に立つ執事服姿の宰相──セバスさんは、俺を見て一礼した。
「和也様。夕食後、少々お時間をいただけないでしょうか?」
「……? ああ。分かった」
心なしか神妙な面持ちをしているセバスさんに、俺は首を傾げる。
……まさか、ごく潰しは出て行けとか言われるのか? ……いや、流石に大丈夫……だよな?
そんな不安は杞憂だったと分かるより先に、俺は夕食に出された鶏のかば焼きの甘く香ばしい味わいで不安なんて忘れてしまった。
***
夕食が終わり、俺はセバスさんと二人でテラスへと赴いた。
今日も料理うまかったなー。
テラスの柵に寄りかかり、おいしいものを食べて得た幸せな満腹感と、食堂から漏れる薄明りの中冷たい夜風が体を打つ高揚感を味わう。そうしていると、ピンと背筋を張ったセバスさんは俺を見据える深みのある碧眼を鋭くした。
「和也様。一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「和也様は何故、聖剣を手放したのですか?」
「なぜって、調味料が欲しかったからだけど」
ありのままの理由を答えると、セバスさんの目はさらに鋭く細められ、声も一段低くなる。
「本当にそのような理由で、魔王様を屠ることができる唯一の武器を手放したのですか?」
「あー……忘れてた。そう言えばそんな設定あったな」
たとえ魔王より強いやつでも、聖剣が無ければ魔王の脳と心臓を傷つけることはできない。この世界に来てすぐ説明されたことだ。
まあ、別にネルと戦う必要なんてもうないし、今の俺には関係ないからいいのだが。
「左様ですか……」
俺の答えを聞いたセバスさんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。それから額に手を当てると、彼は急に乾いた笑い声を上げた。
「ハハハ……『忘れていた』ですか。ハハ……実にあなた様らしい答えですね。いやはや、今まであなた様を疑い続けてきた私がバカみたいだ」
あー、セバスさんって俺を疑ってたのか。普通に気付かなかったなー。
「考えてみれば当然でした。魔王様をゆうに超えるお力をお持ちのあなた様が、わざわざからめ手を使う必要なんて微塵もない。そんなことにすら考えが至らないとは、私も老いたものですな」
セバスさんは心底愉快そうに首を横に振り、続ける。
「おそらく私は、勇者はいかなる時も魔王様の敵であるという価値観に囚われ視界が狭くなっていたのでしょう。まったく愚かしいものです」
「……同時に和也様の働きは、私どもの固定観念を打ち砕くほどにすばらしかった。和也様が来られてから、魔王城は見違えました。食事に風呂、ベッドや灯りの革命的な改良。たったの一か月でこれだけの偉業を成し遂げた。このセバス、感服いたしました」
「いや、俺はそんな大したことはしてないって……俺は俺が暮らしやすいようにしただけだ」
「ご謙遜を。和也様が考案成された商品は、すでに国民たちの暮らしにも浸透してきているのですよ?」
「いやいや、それこそセバスさんたちの働きかけの成果だよ。それに、ついこの間まで敵対していた俺が作ったものを受け入れてくれたネルだってすごい──」
「和也様にも分かりますか! そうです! 魔王様はすごいのです!」
あ、これやらかしたわ……。
やっぱりセバスさんはネルに対して孫バカになるらしい。そして孫バカというのは、孫を褒められると孫のすごさを自慢したくなるものなのだ。
「このセバス、魔王様が魔王様の座に就かれる以前は教育係として魔王様にお仕えして参りましたが、その頃から魔王様は才能の片鱗をお見せになっておられたのです。剣術、魔術、政治、礼節。どれをとっても大人顔負けでした。そうして魔王様は九年前、若干十二歳にして歴代最年少の魔王となられたのです。しかもそれだけではありませんよ? 魔王様は──」
そうしてセバスさんは人差し指をピンと立て、目を閉じてドヤ顔をしたまま、ネルのすごさを永遠と話し続けた。対して俺は、愛想笑いを浮かべ相づちを打つロボットになってセバスさんの語りをやり過ごす。
結局、セバスさんがネルの魅力を語り終えたのは、話し始めてから一時間後のことだった。
や、やっと終わったぁ……。
セバスさんの話を聞き終え、ホッと一息つく。するとセバスさんは咳払いをして話を戻す。
「コホン……何はともあれ和也様。私どもは今後あなた様が魔族にどのような恩恵をもたらすのか、楽しみにしております」
「いや、俺は自分がやりたいことしかやらないぞ?」
「ハハハ……あなた様がそう言うのであれば、そういうことにしておきましょう」
全然信じてない……俺は快適なスローライフがしたいだけなのになぁ……。
「最後に一つ、和也様のお耳に入れておきたいことが」
「ん? なんだ?」
セバスさんが微笑みを消したのを見て、俺も苦笑いをやめた。
「エルフ族との交渉の日程が決まりました。三日後の昼、和也様も同席なさりますか?」
エルフ族との交渉。特定の植物しか育たない魔族領で、恒久的に調味料の素材となる作物を生産するためにエルフと対等な協力関係を築くために準備していたものだ。
「ああ。邪魔じゃなければ同席させてくれ」
特に予定があるわけでもないし、調味料を生産できるかどうかという問題には俺自身の食生活もかかっている。俺に断る理由はなかった。
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