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19.空の旅と、光竜

 俺は魔王城のテラスに並ぶネル、セバスさんを振り返る。後ろには、見送りに来たカイルとリーズの姿もあった。


「じゃあ、光竜のところへ案内するから付いてきてくれ」


 そう言って俺は飛行魔術を行使し、地面から足を浮かせる。


「うむ」


「かしこまりました和也様」


 俺に続いてネルとセバスも飛行魔術を行使すると、一歩前にでてきたリーズが淡々とした声で言う。


「魔王様。宰相様。和也様。お気をつけていってらっしゃいませ」


 リーズのお辞儀に合わせて、控えていた他のメイドや執務官たちも頭を下げる。


「うむ。すぐ戻る」


 そうして俺たちは、空高く飛翔した。


***


 およそ一時間前──。


「光竜……とな」


「光竜……ですか」


 俺が光竜の名を口にすると、ネルを始め魔族たちが渋い顔をした。


「ん? どうしたんだ?」


 俺が首を傾げると、セバスさんが答えてくれる。


「和也様。あなた様もご存じでしょう? 光竜は常に人族の味方。我々魔族の要求など聞き入れてはくださらないでしょう」


「えっ? なんだそれ? 光竜は別に人族の味方ってわけじゃないぞ」


「そう……なのですか?」


「ああ。なんせ俺が聖剣もらった時なんか、なんのために戦うのかって聞かれて、魔王城でスローライフを送りたいって答えたら『面白い奴じゃ。それは平和でよいのう』って笑ってたぞ。光竜はちゃんと対価を払う相手には平等だ」


 まあエルフ族とは犬猿の仲って聞いたけど、今は言う必要ないか。


「そうですか……しかしリスクが──」


 顎に手を当てて考えるセバスさん。彼の横にいたネルは一歩前に出て、彼の独り言を遮る。


「和也。妾を光竜の元へ案内してくれぬか? 可能であれば仲立ちも頼みたい」


「魔王様! それはあまりに危険です。行くのなら私どもだけで──」


「其方は有力貴族や他種族の王と交渉する際、妾なしで話を進めると言うのか?」


「それは……」


 ネルの紅い視線がセバスさんを鋭く射止めると、セバスさんは口を閉じた。


「決まりだな。……和也、案内を頼む」


「ああ構わない。ついでに俺も光竜に頼みたいものがあるしな」


***


 現在──。


「お、見えてきたぞ。あの眩しくて高い山が、光竜が住んでる光影山だ」


 分厚い雲の隙間から漏れ出た陽光がカーテンのように包んでいる、人族領と魔族領の境にある山。それを指差すと、後ろを飛んでいたネルが口を開く。


「絶景だな。この景色を皆にも見せてやりたいものだ」


「ああ……確かに、そうだな……」


 前に来たときは休みのない鍛錬を二か月やった後だったから、景色を楽しむ余裕なんてなかった。でも今は、陽光に彩られ山肌すらも輝く幻想的な光景から目が離せなかった。


「ここってこんなに綺麗だったんだなぁ……リーズたちと、それにカイルとセラにもいつかもう一度見せてやりたいなー」


 飛行速度を抑えて光影山の絶景を堪能してから、俺たちはその山の頂上に降りた。そこには、真っ白な石で作られた神殿があった。


「光竜はこの中だ。準備はいいか?」


「魔王様。確認ですが、私どもが危険と判断した場合すぐに帰ります。よろしいですね?」


「うむ。分かっておる」


「いや、やはり危険です魔王様。光竜とは私どもが対話いたします。魔王様は私どもや和也様の後ろに控えていてくださいませんか?」


 セバスさんって、孫バカみたいだなー……。


 十歳くらいの少女のようなネルと、老執事風のセバスさん。二人の容姿も相まって、セバスさんは孫に過保護なお爺ちゃんのようだった。


「セバス、其方は今更何を言っておる……交渉は妾がすると決めただろう。其方は少し心配しすぎだ」


「左様ですか。出過ぎた真似を……失礼しました」


 珍しく呆れた顔をしたネルに、ようやくセバスさんは引き下がった。


「じゃあ行くぞ」


 そうして俺たちは、光竜の神殿に足を踏み入れる。中は体育館二つ分くらいの大きさで、天井には光竜が出入りするための穴が開いていた。そして奥には、山積みになった金や宝石の上に金色のドラゴンが佇んでいた。


「久しぶりだな。光竜」


「和也か」


 俺が近づくと、光竜は金色のウロコに覆われた翼を広げ、前足を地面についた。


「……どうやらお主は、魔王城でスローライフとやらを送るという願いを叶えたようじゃな」


「ああ」


 光竜は地響きのように低い声を出すと、全てを見通すような虹色の双眸を細め、俺の後ろにいるネルとセバスさんを見る。


「して魔王ネルよ。お主は我に何用じゃ?」


 ネルは急に名前を呼ばれても動じることなく胸を張り、光竜の眼前に歩み寄る。


「光竜よ。妾は貴公に光魔石の恒久的な生産、供給を頼みたい」


「よかろう。ただし対価は支払ってもらう。──ブラックミスリルじゃ」


 ブラックミスリル──魔族領でしか取れないレアメタルで、アダマンタイトに次ぎこの世界で二番目に高価で希少な金属。アメジストに近い紫色の宝石のような見た目をしている。いかにも宝石好きの光竜が欲しがりそうなものだ。だから当然、ネルも準備してきている。


「セバス」


「はっ!」


 ネルに呼ばれたセバスさんは収納魔術から黒塗りの木箱を取り出し、ふたを開けた。


「光竜よ。これでよいか?」


 光竜は箱の中で暗い輝きを放つブラックミスリルを確認すると、魔術を使ってブラックミスリルを持ち上げた。


「よかろう。ここに契約は成立した。まずは一万、光魔石を持って行くがよい」


 そう言って何もない空間に前足をかざすと、一瞬光った後、光魔石の山が現れた。


「これが光竜の力か。すさまじいな」


「魔王様。私どもが回収いたします」


「頼む」


 そうして光竜とセバスさんの視線が光魔石の方に向くと、ネルはこっそり、ホッと息を吐いた。


 ネル、緊張してたのか……まあそうだよな。


 ネルは自分と対等以上の相手と話すことなんてほとんどなかっただろうし、魔王として動く以上、俺が想像できないほど重い責任がのしかかるだろう。


 やっぱりネルはすごいな。まだこんなに小さいのに魔族の暮らしを背負うなんて……。


「お疲れ。ネル。がんばったな」


 そんな言葉が自然と口を突いて出た。気付けば俺は、ネルの頭をポンッと撫でていた。


「なっ!? 何をする和也! こんな童のような……」


「まあいいだろ? 本当に嫌だったら俺を殴ればいいよ」


「うぐっ……それは……そこまで、嫌じゃない……かもしれぬ……」


 頬を赤くして目を逸らすネル、めっちゃかわいい! ホント妹に欲しいなー。


 そうしてネルの仕草と、手のひらから伝わるネルのサラサラとした紫髪の感触に癒されていると、不意に殺意のこもった視線を感じた。バッとネルの頭から手を離し視線の主を探すと、セバスさんだった。


「和也様。魔王様に一体何をなさっているのですか?」


 怖っ!? あの人がこんなに感情を剥き出しにしてるの初めてみたな……。


 異常に落ち着いた声を出し、まるで孫に纏わりつく害虫を見るような目を向けてくるセバスさん。やっぱりあの人、ネルに対して孫バカ発揮してる気がする──ネルとセバスさんが親族かは知らないけど。


「して和也よ。お主も我に用があったのではないか?」


「……ん? ……あ、ああそうだったな。俺も光竜に頼みたいことがあったんだよ」


 セバスさんの人を射殺しかねない目を苦笑いで防御していた俺に、光竜が助け舟を出してくれた。俺が光竜に向き直ると、セバスさんはようやく殺意のこもった目をやめてくれた。


「魔族領で塩以外の調味料が作れるまでしばらく時間かかりそうなんだ。だから二か月分くらいの調味料を作ってくれないか?」


「「「はっ!?」」」


 なぜか、三人から驚愕の声が上がった。俺何か変なこと言ったかな……?


「お主は我を便利屋か何かと勘違いしておらんか!?」


「違うのか?」


 対価を受け取る代わりに望みを叶える。光竜のやっていることは便利屋と一緒だ。少なくとも俺はそう思う。


「……っ! ま、まあよい。ならば対価として、お主が持っておる聖剣レアを返してもらおう。お主にはもう必要ない代物じゃろう?」


「分かった。あ、聖剣進化して霊剣になってるんだが大丈夫か?」


「なっ!?」


 アイテムポーチから取り出した霊剣を見せると、光竜の瞳はドルマークならぬ宝石マークに変わった。言われてみると確かに、霊剣は装飾が凝られていて宝石好きの光竜にとっては魅力的かもしれない。


「歴代の勇者は誰も聖剣を進化させられなかったが、まさか進化した聖剣がこれほど煌びやかなものじゃったとは……ほ、本当に我がこの剣をもらってもよいのか?」


 さっきまでの威厳はどこへやら。尻尾を振って興奮する光竜は、霊剣を見て舌なめずりした。子どもみたいにはしゃぐ光竜を見て、ネルとセバスさんはあんぐりと口を開けた。


 三人の顔を見比べているとなんだか可笑しくなってきて、俺は半笑いになりながら光竜に頷いた。


「ああ。調味料と交換だ」


 そうして俺たちは光竜との交渉を終え、魔王城に帰還した。

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