15.スリーピングバードと、新しい枕
「おっ、あれか?」
「はい。あれがシスイ湖です」
枕の素材──スリーピングバードの羽を取るため、一時間飛行してやってきたシスイ湖。その湖は、紫の草が生えた草原に囲まれていて、水面が鏡のように空の雲を反射していた。
「なら、あの白いアヒルみたいなのがスリーピングバードか?」
アヒルみたいと言ってもスリーピングバードは魔獣だ。身長は人間くらいあるし、くちばしが異様に鋭く、足には鷲のように立派な鉤爪がある。
「はい。わたしも実物を見たことはありませんが、おそらくそうでしょう」
シスイ湖周辺の草原には、まばらにスリーピングバードがいた。だいたいは三から五羽ごとに群れている。
俺は近くの木陰に降りた。
「あ、そうだ……」
俺はアイテムポーチから「生奪の腕輪」という、錆びた手枷のようなアイテムを取り出し、左手首にはめた。
「和也様? なぜ自ら呪具を?」
「あー、それはな……運動したいからだ。自慢じゃないけど、実際俺のステータスはスリーピングバード相手には高すぎて、軽く汗を流すこともできないから」
生奪の腕輪は、全ステータスを百分の一にまで下げる呪具だ。
俺のステータスは全能力値カンスト──『99999』になっている。百分の一にすると約千。鑑定したところスリーピングバードの平均ステータスが二千五百くらいだから、まあ倒せなくはないステータス差だ。
「そう言えば、リーズは武器持ってるみたいだけど戦うのか?」
そう言って俺は、リーズが短剣を隠しているであろう太もも辺りを見る。おそらく、スカートの下に隠しているのだろう。
「ご命令とあれば」
「あー、それならリーズの好きにしてくれ。戦いたいなら戦ってもいいし、戦いたくなかったら戦わなくていい」
「いえ、わたしは主である和也様に従うまでです」
いや、ここは自分で決めて欲しいんだけど……運動嫌いな人に無理やり運動させるとかってなると嫌だし。
「うーん……そうだな。なら、リーズは体動かすの好き?」
「苦手ではありません」
「そうじゃなくて……好きか嫌いかで応えて欲しいんだが……」
「はぁ……? そうですね……少なくとも嫌いではないと思います」
「なら一緒に戦おう」
「承知いたしました」
そう言ってローブを脱ぎ、スカートの下から日本の短剣を抜くリーズ。まだ構えすらとっていないのに、並みの騎士たちよりも強そうなオーラを纏っていた。
俺は俺で、アイテムポーチから一般的な片手剣を取り出す。勇者の霊剣だと強すぎるからな。
俺は剣先を、五十メートルくらい先にいるスリーピングバード四羽の群れに向け、リーズを見た。
「行くぞ」
「はい」
気配を消し、木陰から同時に飛び出す俺とリーズ。俺たちはものの数秒で群れまでたどり着き、気取られる前に一人一羽ずつ首を刎ねた。
「「グワッ!?」」
残りの二羽が俺たちを警戒し距離を取る。俺はリーズに視線を送りアイコンタクトを取ると、リーズは頷いてくれた。
次の瞬間、俺とリーズは同時に地面を蹴った。俺は右、リーズは左のスリーピングバードに突っ込む。
俺は勢いそのままに剣を振り上げる。が、流石にステータス差でかわされた。と同時に、スリーピングバードはカンフーさながらの蹴りで俺の顔面を狙ってくる。
「っと。やっぱりステータス的にはちょうどいいな」
俺は半身になって紙一重で蹴りをかわすと、隙だらけの胴体に突きを放──たずにバックステップ。まだまだ運動し足りないからだ。
一瞬リーズの方に目をやる。
リーズはスリーピングバードが蹴りを繰り出したタイミングで跳躍。そのまま空中で一回転し、逆手に持った短剣でスリーピングバードの首を斬り落とした。
リーズって、結構強かったんだなー。
「グワッ!」
俺と対峙しているスリーピングバードの鳴き声がして、俺はスリーピングバードに向き直る。すると、白い翼を広げたスリーピングバードの周りにはいくつもの小石が生成されていた。土属性魔術ロックバレットだ。
「へぇー、魔術使うのか」
「グワッ!」
翼を閉じると同時に、石礫がマシンガンのごとく飛んでくる。
ロックバレットにしては速くない!? これ今のステータスじゃかわせないわ。
「いけるかな……」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンッ!
回避を諦め、俺はひたすら石礫を斬り落とした。が──
「いったぁ……やっぱりこのステータスじゃ全部は無理だったかー」
石礫の一つが、剣を持っていた右手に直撃してしまった。反動で剣を落とし、俺は一見窮地に追い込まれる。
けれど俺は爽やかな気分だった。運動して熱を持ち、軽く汗ばんだ体が心地よかった。
やっぱり、久々に汗をかくのはいいな。
「グワッ!」
そんなことを考えていると、すかさずスリーピングバードが蹴りを繰り出してくる。
「和也様!」
助けに入ろうと姿勢を低くするリーズ。俺は彼女を手で制し、スライディングで蹴りを掻い潜ってスリーピングバードの懐へ。そして立ち上がると同時に、スリーピングバードの腹に全力のパンチをお見舞いした。
「グウゥッ……!」
十分汗かいたし、そろそろ終わらせるか。
よろけるスリーピングバードを一瞥し、俺は片手剣を拾う。そうして、俺はスリーピングバードの首を斬り落とした。
「和也様! ご無事ですか?」
「ああ。大丈夫だよ」
心なしかいつもより早口になったリーズが駆け寄ってくる。俺は彼女に、ロックバレットを被弾して痣ができた右手の甲を見せながら光属性魔術で治癒する。すると右手の甲は光に包まれ、痣が一瞬で消えた。
「余計な心配、でしたね」
「そんなことないよ。心配してくれてありがとな」
「はぁ……」
リーズは、何故お礼を言われたのかよく分からないといった声を出した。
それから俺は、スリーピングバードの羽毛の取り方が分からなかったため、リーズに教えてもらいながら採取した。そうして二人で協力して四羽のスリーピングバードの死骸から羽毛を取り終えたころには、辺りは薄暗くなっていた。
***
「いらっしゃ──昼のお客様。やはりスリーピングバードの羽は諦めになったのですか? でしたら先ほどの商品を──」
「いや、スリーピングバードの羽を取ってきたから渡しに来たんだ」
枕屋に戻った俺は、アイテムポーチからスリーピングバードの羽毛を取り出し、カウンターに置いた。
「これは……本物!? この短時間でどうやって!?」
羽毛を見て、ぽかんと口を開けるぽっちゃり中年店員。そんな彼に、俺は確認する。
「これで枕を作ってもらえるか?」
「ええもちろんですとも! これほどいい素材で枕を作れるなんて、枕職人として腕がなるというものです!」
そう言う店員は、人好きのする柔らかい笑顔でコクコクと頷いた。
「あー、それと、ちょっといいか?」
そう言って俺は、周りに聞こえない声量で店員と少し話をした。
***
翌日午後。俺はリーズとともに、枕屋に完成した枕を取りに来た。
「こちらでございます」
「おお! ホントに柔らかいな!」
スリーピングバードの羽を使った枕は、押せば押すだけ沈み込んだ。しかも、その沈み込みは、俺好みの枕の高さ付近で止まるようになっていて、だからといって硬くなるなんてこともない。肌触りも絹のようにサラサラで良好だ。
俺が枕の感触を確かめていると、店員はリーズの前に紙袋を差し出した。中身は俺が昨日店員に頼んでリーズ用に作ってもらったスリーピングバードの羽を使った枕だ。
「こちらがお連れ様の枕です。ご確認ください」
「はい……? わたし、ですか?」
リーズは相変わらずの無表情だが、声は珍しく困惑していた。
「ああ。それは俺からのお礼だ。リーズには毎回助けられてるし、それにこれから長い付き合いになりそうだからな。……まあ、嫌なら受け取らなくてもいいんだけど」
リーズはたぶん、今使っている枕が合っていない。前にリーズの部屋の前で話したことがあるが、その時ドアの隙間からチラッと見えたリーズの枕は、リーズの体形では高すぎだった。
だから今回、俺はリーズにも枕を作ってもらおうと思ったのだ。
「和──ご主人様からの贈り物は大変うれしく思います。ですが……」
紙袋の中に入っていた枕を確認すると、リーズは袋を俺に差し出した。
「このような高級品、わたしなどには分不相応です」
「そんなことはないよ。それにその枕は、リーズが倒した分のスリーピングバードの羽を使ってるんだ。実質費用はほとんどリーズが払っているようなものだから、金のことも気にしなくていい。むしろ俺が受け取ったら、リーズから金を取ったことになるしな」
「はぁ……そう言うことでしたら、ありがたく頂戴いたします」
俺とリーズの関係は、現代で喩えると上司と部下だ。けれどリーズとは対等でありたい。俺が昔働いていたブラック企業にいたような、部下を労働力としてしか見ない上司にはなりたくない。
だからこういう金が絡む面では絶対に、俺のせいでリーズが損をする展開は作りたくない。
「よし。じゃあ帰るか」
「はい」
リーズが枕を喜んでくれたかは分からない。今の行動はただの自己満足だったのかもしれない。そうは思いながらも、リーズの本心を聞くことはできないまま、俺は彼女とともに魔王城に帰宅した。
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