14.ネルのベッド作りと、枕屋
リーズに頼まれ、ネルの分のマットレスを作る。
「ふぅ……もうちょっとだな」
キルトの中にバクシープの毛、不織布、スプリングを入れた。後はキルトの上面を縫い付けるだけだ。俺はリーズと手分けして手作業で糸を通していく。
作業を続け、夜の十時を回った頃、ガチャっと扉が開く音がしてネルが部屋に戻ってきた。
「ん? 其方ら、まだ作業しておったのか。今日はもう遅い。残りは明日にしても良いのだぞ」
「いや、もう終わるから大丈夫だ。それにこのままだと、ネルがベッドで寝れないだろ?」
「そうか。ならば其方の言葉に甘えさせてもらうぞ」
それから三十分くらいで、作業は終わった。
「ほう! これは良いものだな」
早速寝転がり、子どもっぽく表情を緩めるネル。彼女を見ていると俺まで自然と微笑んでしまう。
かわいいなー。
そんなことを思いながらネルを眺めていると、不意にネルは魔王モードに切り替え体を起こした。
「和也。このマットレスの作り方を職人に伝えても良いか? これほどの品を妾だけが使うなど、民たちに申し訳が立たん」
「ああ。いいぞ」
その方が、次マットレスの寿命が来た時に自分で作り直さなくてよくなるからな。
会話が終わって俺も部屋に戻ろうかと思った時、ネルに用事があったことを思い出す。
「あ、そういえば。……ネル、明日城下町に行ってもいいか?」
「すまんが許可できん。人族の其方が城下町に現れれば騒ぎになる」
「ああ。それなら大丈夫だ」
そう言って俺は、ポケットから「変化の指輪」を取り出し、左中指にはめた。
次の瞬間、俺の目は赤く染まり、瞳孔が縦長に割れる。頭からは魔族と同じ二本の角が生え、髪は灰色に染まった。
「其方、和也なのか?」
紅い瞳を見開くネルに、俺はコクリと頷いた。
「これは勇者だった時に魔族に紛れるためにカイルが作った魔道具『変化の指輪』だ。これなら、城下町に行っても問題ないだろ?」
「うむ。それは構わぬが……やはり其方ら勇者パーティーの力はすさまじいな」
***
翌日。昼食を摂り終えた俺は、リーズとともに城下町に来ていた。ちなみにリーズはメイド服が目立たないよう、灰色のローブに身を包んでいた。
城下町は人族も魔族も変わらないな。
大通りには店や屋台が立ち並び、道を埋め尽くすほどの魔族たちが行き交っている。
「おっ、もう焼き鳥屋があるんだな」
「はい。魔王様が、国民たちにも肉を焼くことのすばらしさを伝えようとご尽力なさってましたから」
「そうなのか」
ネル、そんなに塩焼き気に入ってくれたのか。
会話が止まった。俺は気まずくならないよう、話題を振る。
「そう言えば、リーズは枕って柔らかいのと硬いのどっちが好きなんだ?」
「そうですね……わたしは柔らかい方が好みです」
「奇遇だな。俺も枕は柔らかい方が好きなんだよ」
俺とリーズは、枕屋に着くまで他愛のない会話を続けた。
「和也様。こちらが庶民向けの枕屋です」
「ん? ああもう着いたのか」
「ですが本当にこちらでよろしかったのですか? 貴族向けの枕屋の方がより質の高い枕を扱っていると思いますが」
「いいんだよ。高いイコールいい枕ってわけじゃないからな」
それに俺は元々、ただの日本人だ。貴族が使うような高級品だとかえって落ち着かない。
「いらっしゃいませー」
枕屋に入ると、店内には所狭しと枕が並べられていた。
「枕ってこんなに種類があるんだな」
「はいー。当店は『お客様一人一人の睡眠に寄り添った品を』をコンセプトにしておりますのでー」
声をかけてきたのは、ふっくらとした体形で物腰が柔らかい中年男性の店員だ。
「どうですお客様? よろしければお客様に合った枕を選んで差し上げられますが?」
そう言って店員は、店の片隅にあるベッドを指した。おそらく枕を試すための物だろう。
「なら、お願いします」
「ではでは、どうぞこちらへー」
俺は店員に促されるままベッドに寝転がり、最適な枕の高さや柔らかさを測ってもらった。
「そうですねー。お客様の場合ですと、こちらの商品がよろしいかと。本来ならばもう一段階柔らかいものがお客様にピッタリなのですが、当店ではご用意できかねます。申し訳ございません」
「あー、それってどうにかなりませんか?」
「どうしてもというのであれば、値は張りますが貴族向けの枕屋に行けば取り扱っているはずです。もしくは、スリーピングバードという魔獣の羽を持ってきていただければ当店でも作ることはできますが……」
「なら、そのスリーピングバードの羽を持ってきます。そいつはどこに生息しているか分かりますか?」
「よろしいのですか!? スリーピングバードは精鋭揃いの騎士様が三人がかりで倒すような魔獣ですよ?」
「はい。こう見えても腕には自信がありますから」
勇者として戦うのはもう嫌だけど、自分のために戦うのは嫌じゃないからな。軽い運動がてら、久々に体を動かすのも悪くない。
そうして俺たちはスリーピングバードの生息地を聞き、店を後にした。
「リーズ。あの店員が言ってた、メイアザ公爵領にあるシスイ湖ってどこか分かるか?」
「はい。ですがここからですと馬車で十日はかかります。長旅になりますので一度魔王様にご報告を」
「ああそれなら大丈夫だ」
「……? と言いますと?」
コクリと首を傾げるリーズに、俺は聞いた。
「リーズは空、飛んだことあるか?」
「いえ、ありません」
「高いところは苦手だったりする?」
「いえ、問題ありません」
「なら大丈夫だな」
「あっ……」
力を入れたら潰れてしまいそうなほど儚げなリーズの手を引き、俺は人混みをかき分け路地裏へ向かう。周りに人がいないことを確認し、俺はリーズに声をかける。
「行くぞ?」
「はい」
ある程度魔術の腕を磨いた者ならば、魔術を行使する際に詠唱の必要はない。が、俺はリーズにもタイミングが分かるように、あえてその呪文を口にする。
「フライ」
そう唱えた途端、春風のように優しい風が俺とリーズの体を包み、俺たちの体はふわりと宙に浮く。一瞬のタメを作り、一気に上空へ──人が米粒のように見える高さまで飛翔した。
やっぱり、空からの眺めはいいな!
足元に広がる城下町と、地平線まで続く荒野。悠々とそびえ立つ山脈。すべてが小さく見えて、他では味わえない開放感に包まれる。
上空の冷んやりと澄んだ空気が、高揚感を加速させた。
「これは……飛行魔術、ですか?」
俺と手を繋いだリーズが、下を見て僅かに目を大きく開く。
「ああ。これなら馬車で十日かかる場所でも一時間で行ける」
「流石は和也様ですね。飛行魔術は緻密な魔力制御が必要な最上級魔術だというのに、それを自分以外の相手にも行使できるだなんて」
「ありがとな。……それで、シスイ湖はどっちだ?」
「魔王城から真北です」
そう言うリーズの指は、どうみても真南を指していた。
「あー、リーズ。指は南指してるんだけど……」
俺が指摘すると、リーズは何事もなかったかのように指を下ろし、淡々と告げた。
「北です」
やっぱりリーズって実はバカなんじゃ──。
無表情のままのリーズにジト目を向け、俺は北に飛んだ。




