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13.ベッド改良

 完成した男湯に入った翌日。俺は自室でベッドと向き合っていた。今日の目標は、硬すぎるマットレスの代わりを自作することだ。


 見た感じこの世界のマットレスはスプリング──ばねが使われていない、羊毛を中に詰めただけのものだ。これだと数年でダメになるし、スプリングありのベッドより寝心地が悪くなる。


「シーツと掛け布団とキルトは問題ないな。枕は……とりあえずマットレスを作ってからにするか」


 スプリングを使うにしても、マットレスを作るには羊毛が必要になる。が、今のマットレスの羊毛は硬すぎる。ほぼ確実に、寿命がきてる。そうでもないとこんな床みたいに硬くはならない。


 俺はリーズを呼ぶため、隣の部屋の扉をノックする。


「リーズ。ちょっといいか? 頼みたいことがあるんだが」


「はい。何でしょう?」


 ノックから十秒と経たずにリーズが出てくる。


「羊毛って余ってないか?」


「羊毛、とは?」


 そうか……この世界じゃ別の生き物の毛を使ってるのか。


「ベッドのマットレスの中に詰めてあるやつのことだ」


「ああ。バクシープの毛のことですね。あいにく城内に在庫はありませんが、手配いたしますか?」


「頼む。あとついでに不織布も頼む。それとお金はこれを使ってくれ」


 そう言って俺は、硬貨が入った皮袋を差し出す。


「いえ、必要ありません。魔王様より、和也様がお求めになられたものは購入するよう言われていますので」


 だが、リーズは首を横に振った。その際、彼女の長い黒髪がふわりと揺れ、シャンプーのいい匂いが俺の鼻腔を突いた。


「いや、これは俺が払いたいんだ。この前だって、俺のためだけの風呂造りに業者代やロッカー代まで出してもらったし、今度はちゃんと自分で払いたいんだ」


「はぁ……承知いたしました。和也様がそうおっしゃられるならば、そのように手配いたします」


 納得はしていなさそうだが、リーズは俺の財布を受け取ってくれた。そして、バクシープの毛を手配するために玄関へと向かうリーズを見送っていると、不意に彼女は足を止めた。


「和也様。一つだけよろしいでしょうか?」


「ん? なんだ?」


「和也様は男湯を『自分のためだけに』造ったとおっしゃられましたが、昨夜男湯にお入りになった皆様からは大評判です。誰一人、和也様のために消費した額に不満を持つ者などいません。ですので、費用の件を気にする必要はございません」


 淡々とした声でそれだけ言って、リーズは玄関に去っていった。


 ……リーズが用事以外で自分から話すなんて珍しいな。


 褒められた嬉しさよりも、リーズが自分から話したことへの驚きの方が強かった。後から聞いた話だが、男湯の評判を聞いた魔王ネルは、女湯も男湯に似せて改築することにしたらしい。


「さて、バクシープの毛を待ってる間はばね作りするかー」


 俺は部屋に戻り、ベッドの寝心地を左右する重要なスプリング作りに取り掛かる。


 ベッドの硬さは人によって好みが違うが、俺の場合はちょい硬めが好みだ。そのためには、ばねを縦横に連結させる必要がある。


 俺は、昔テレビで見たばねの作り方を思い出しながら土属性魔術を発動させた。


 コイル状に巻いた金属を数回に分けて大量に錬成し、隣同士のばねを連結させる。そうしてダブルベッドサイズの長方形にしたら、次に弾性を持たせるため火属性魔術で低温加熱した。最後に、連結したばねの上下のふちに、連結が崩れないように金属棒で枠を付けて完成だ。


 早速、ばねの一部を上から押してみる。するとギシッと小さな音を立てて、押した部分だけが程よく沈み込んだ。


「よし。いい感じだ。次は……前のマットレスからキルトを剥ぐ」


 キルト──マットレスを包んでいる素材だ。これは前のマットレスの物が使えそうだったためリーズに仕入れを頼んでいない。


 俺は前のマットレスをベッドから下ろし、上のキルトと側面のキルトを繋いでいる糸をハサミで切る。そうして糸をほどいた後、上面のキルトを持ち上げ、裏返しにして床に置く。


 それからマットレスの中にある白いバクシープの毛を取り出し、キルトの裏面に付いている毛を手で取り除いていく。


「よし! あとはリーズが戻ってくるのを待ってからだな」


 一通りの作業を終え伸びをしていると、扉がノックされた。


「和也様。ご所望の品をお持ちしました」


「ああ。ありがとなリーズ。今扉開けるよ」


 扉を開けるとそこには、バクシープの毛と不織布を持ったリーズがいた。


「リーズはすごいな。まだ頼んでから三、四時間しか経っていないのにもう持ってくるなんて」


「お褒めいただき光栄です」


 相変わらず硬いなー。


 無表情無感動のまま、見惚れるほど完璧なお辞儀をするリーズに内心苦笑し、俺はリーズの手から荷物を受け取った。


 作業に戻った俺は、まずバクシープの毛を全てキルトに敷き詰める。そこに土属性魔術で作った平らな重しを乗せ、バクシープの毛を圧縮。


 そのまま放置すること数時間。風呂や夕食を済ませてから重しをどかすと、バクシープの毛は平らになっていた。


「上手くいった! 毛を平らにする作業はやり方知らなかったから不安だったんだよなー。いやぁ、思い付きでもなんとかなるもんだなぁ……」


 そんな些細な喜びに、歓声を上げ拳を握り締める。


「ホントここだけ不安だったんだよー。でもこれで、あとは流れ作業だ」


 平らになったバクシープの毛を引っ張り出し、厚さがちょうど半分になるように霊剣を使って切断。次に、バクシープの毛、不織布、スプリング、不織布、バクシープの毛の順番でキルトに入れる。最後に外していたキルトの上面を縫い直し、マットレスの完成だ。


「ふぅ……やっと終わったー!」


 キルトを縫うのに手間取ってすっかり夜遅くなってしまった。ずっと床に座って縫っていたため尻が痛い。それに肩や首まで凝ってきている。俺は立ち上がって尻をさすり、首や肩を回した。


「疲れたけど、やっぱりやりたいことやって疲れるのは楽しいな!」


 風呂造りの時も思ったけれど、この疲れはやはり、会社や勇者の仕事で疲れるのとはわけが違う。疲れ以上に、子どもの頃に原っぱを駆け回った時のような無邪気な高揚感が心を満たしてくれる。


「それじゃ、早速使ってみるか!」


 俺はマットレスをベッドに乗せ、シーツをかぶせた。そして、頭から思いっきり飛び込んだ。すると、雲にでも飛び込んだかのようにふわっと体が吸い込まれる。そしてスプリングの反発で、一瞬の浮遊感に包まれた。


「完……璧だ!」


 まさに思い描いていた理想のマットレス。流石に現代日本クラスとまでは言えないかもしれない。けれど、素人な俺からすれば現代日本のマットレスと遜色ない寝心地だった。


 作業で疲れているところ、久々のふかふかベッドに身をうずめた俺は、目を閉じるとすぐに意識を手放した。


***


「……也様。起きてください和也様」


「んん……リーズ?」


 翌朝。目を覚ますと、ベッドの脇から俺の名前を呼ぶリーズがいた。どうやら俺はベッドの寝心地が良すぎて寝坊したらしい。


「悪い。……今何時だ?」


 ぼやける目を擦り、上体を起こす。


「午前十一時でございます。朝食と昼食を一度に摂られますか?」


「ああ。そうする」


「ではそのように料理長に伝えてまいります」


 一礼して立ち去ろうとするリーズ。彼女を見て、俺はこのベッドの寝心地について他の人の意見も聞いてみたくなった。


「あ、リーズ」


「はい。何でしょう?」


「リーズもベッドに寝てみてくれないか?」


 そう言って俺はベッドの隣を指し示す。すると、リーズは僅かに目を細めスカートの裾をギュッと握り、頷いた。


「はい……」


「ん? どうしたんだ?」


 リーズの変化に首を傾げる俺。リーズは、かすかに震えた声で応えた。


「申し訳ございません。わたしにはそのような経験がなく……」


 そのような経験? 何の事──あっ!


 俺は気付いた。一応は主従の関係にある男女。その男主人が、自分が寝ているベッドに女性従者を誘っているというこの構図はもう、襲おうとしているようにしか見えないことに。


「あっ、いや違う違う! ごめんリーズ! 勘違いするようなことして怖がらせた。悪かった! 俺はただ、完成したマットレスの寝心地がいいかどうか感想が欲しかっただけなんだ」


 慌ててベッドから飛び退き、害意はないことを示そうとリーズから距離を取る。するとリーズは一瞬フリーズし、そしていつも通りの無表情に戻り、頭を下げた。


「そう、でしたか……わたしの方こそ、早とちりして申し訳ございません」


「いや、悪いのは俺だ。今のはリーズは悪くないよ。ごめん……」


 俺もリーズに頭を下げた。ホント死にたい。恥ずかしい……。


「和也様」


「はいっ……!」


 いつも通りのリーズの淡々とした声が、今は氷のように冷たく感じる。軽蔑されるんじゃないかと怯えながら顔を上げると、リーズは靴を脱ぎ始めていた。


「リーズ?」


「ベッドの寝心地を確かめればよいのですね?」


「え……ああ……。あ、でも、あんなことがあった直後だし、俺が怖かったらやめてもいいんだぞ」


「いえ、大丈夫です」


 そう言ってリーズは、躊躇うことなくベッドに寝転がった。


「これはまた……素晴らしい寝心地です」


「そ、そうか……」


 長い黒髪をベッドに広げ、メイド服のまま仰向けに寝転がるリーズ。さっきあんなやり取りをしたばかりというのもあって、どうしてもリーズを異性として意識してしまう。その無防備な姿を見てはいけない気がして、俺はベッドに背を向けた。


「もしよろしければ、魔王様のためにも作っていただけませんか?」


「ああ。ネルにはいろいろと世話になってるしな。そのくらいならやるよ。あ、あと、さっき怖がらせちゃったお詫びにリーズの分も作ろうか?」


「いえ、わたしには勿体無い代物でございます」


「そうか……」


 うーん……怖がらせちゃったし、何かリーズにお詫びしないと申し訳ないよなぁ……でもこれって自己満足か……? まあ、機会があったらってことにしておくか。


 俺は気持ちを切り替え、次のことを考える──枕のことだ。と言っても、枕自体の質は悪くない。単純に高さや柔らかさが合わないってだけだ。だから枕は自分に合うものを新調するだけでよさそう。


 今日はネルのベッド作りがあるし、明日にでも城下町に行ってみるか。

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