大切な存在③
「はううっ。めちゃくちゃ幸せすぎ……」
ミカエル兄様は興奮して思わず、声がもれ出ていた。
しばらくの間、慌てふためいたり、わめき散らしたりと繰り返していたけれど。
「……良かった」
その声とともに、張り詰めていた場の空気が温まる。
「お兄ちゃんも、ザナフェルのこと、大好きだよ」
その優しい声は、甘酸っぱい思いに浸るには大きすぎて、幻聴と呼ぶには愛しさが込められ過ぎていた。
「前世でも、今世でも、ザナフェルと、こうしてそばにいられることが何よりも重要で大事だから」
「ううっ……」
一言一言に、ミカエル兄様の心情がひしひしと伝わってきて、胸が苦しくなる。
悪役天使として名高いミカエル兄様だけど、俺に対してはすごく優しいんだよな。
前世でも、今世でも。
そう噛みしめていたら、ミカエル兄様は再度、先程の件について触れた。
「だから、お兄ちゃんは、ザナフェルと一緒に、世界を蹂躙したいんだよね~」
「それは……」
思わず言い淀んでしまった。
だけど、俺の意思は変わらない。
俺は母さんの手を取ると、まっすぐ前を見据えて言った。
「ミカエル兄様、ごめん。俺、今世はのんびり、スローライフを満喫したいんだ!」
「えっ? ちょっと――」
ミカエル兄様の声を振り切るように、俺たちは転移魔法で別の場所へと移動した。
ミカエル兄様の意識が逸れている一瞬の隙を突いて、転移魔法を使って逃走する。
天啓のような思い付きだったが、何とかなったらしい。
混乱しそうになる頭を叱咤しながら、周囲を見渡す。
止まっていた時間が動き出したのだろう。
喧騒が街を満たしていた。
「近くに、門兵がいる」
「どうやら、ここは城門みたいね」
俺の言葉に、母さんが穏やかに微笑んだ。
無我夢中で転移魔法を使ったからか、城門の近くに移動してしまったみたいだ。
さすがに、ここだと目立つので、街の方へと移動する。
その間、ミカエル兄様が現れることはなかった。
だが、不意を突いたとはいえ、俺たちがいる場所は察知されているはずだ。
慎重に歩を進める必要がある。
澄んだ空気をゆっくりと胸に吸い込んで、先程の出来事を呼び起こす。
『ダナー商会の足取りを探っているみたいだけど、森の向こうにはいないよ。ダナー商会が誤情報を流して、森の向こうにいるように仕向けているだけだから』
ミカエル兄様の言葉が、微かに尾を引いて消える。
このまま森の調査を続けても、ダナー商会の足取りはつかめないだろう。
だが、森の奥にはドラゴンを始め、手強い魔物がいる。
リンクス領の周辺の安全のためにも、森の調査はこのまま、行った方がいいのかもしれない。




