スローライフを謳歌したい⑧
「ミカエル様、お願いします。この子は、私の息子のライルです。この子を、私から奪わないでください!」
母さんの雰囲気に、ミカエル兄様の雰囲気も剣呑としたものとなる。
「……息子? もしかして、ザナフェルがなかなか、お兄ちゃんに会いに来てくれなかったのって、今世の母親のせい?」
「…………」
母さんは険しい表情のまま、何も答えなかった。
そのことで、母さんとミカエル兄様の間の空気がますます険悪なものに変わっていく。
「違う! 母さんのせいじゃない!」
俺が慌ててそう否定すると、ミカエル兄様はふわりと柔らかく笑った。
分かっていた、とでも言いたげな反応だ。
「うん、そうだよね。ザナフェルには、お兄ちゃんがいるんだし」
ミカエル兄様は満足そうな顔をしていた。
ミカエル兄様にしてみれば、そうなのかもしれない。
それを聞いたミカエル兄様の雰囲気が、少しだけ和らいだように感じた。
でも……。
「ミカエル兄様、ごめん。俺は、これからも母さんたちと一緒に過ごしたい。だから、ミカエル兄様のもとには行けない」
「それで、お兄ちゃんが納得すると思う?」
俺が確かな想いを伝えると、予想どおりの答えが返ってきた。
「……思わない。それでも、俺はこれからも母さんたちのそばにいたい!」
俺は確かな決意を口にする。
すると少し間を置いて、ミカエル兄様は残念そうに微笑んだ。
「うーん、困ったね。今までとは違った反応。前世では、すぐにお兄ちゃんのもとに来てくれたのに」
「それは……」
ミカエル兄様は一瞬、真顔になる。
「だけど、ごめんね、ザナフェル。お兄ちゃんとしては諦めるつもりはないよ。この意味、分かるよね?」
「……っ」
俺の意思がどうであれ、ミカエル兄様の考えは変わらない。
無理にでも連れていくと、その眼差しが伝えていた。
改めて、ミカエル兄様にとって、俺は特別な存在なのだと自覚するには十分すぎた。
「ミカエル様、お願いします。ライルを連れていか――」
「やっぱり、ザナフェルがお兄ちゃんのもとに来てくれないのって、今世の母親のせい?」
母さんが表に出そうとした言葉を察したらしく、ミカエル兄様は重々しくつぶやいた。
「邪魔な存在……だね」
ミカエル兄様が冷たく、そう宣言した瞬間。
天から降り注いだ無数の光の刃が、母さんを突き立てようとしたけれど――。
「母さん!」
俺が同じ光の魔法で相殺したことで、事なきを得た。
「うーん。やっぱり、ザナフェルがお兄ちゃんのもとに来てくれないのって、今世の母親のせい?」
「違う! 俺の意思だ!」
俺が再度、否定すると、ミカエル兄様は肩をすくめる。
「でも、その意思も、今まで人間として生きてきた時の環境によるものだよね」
「………それは」
ミカエル兄様の言葉は、俺の瞳を揺らがせるのに十分すぎた。
茜色の羽の天使、ミカエル。
空色の羽の天使、ザナフェル。
度々、人間として転生し、『天使覚醒』の日に天使の力と記憶を取り戻した上で、世界を蹂躙する脅威の存在。
そして、数多の奇跡を起こし、絶望を与える存在。
それが、この世界の常識だった。
だけど、今世では……それが変わりつつある。
それを悟ったのだろう。




