スローライフを謳歌したい⑦
「ああ~。これからはここにいれば、いつでも今世のザナフェルに会えるのだな!」
「うわあっ! なんで、ミカエル兄様がここにーー!!」
目の前に立っている店員さんが、ヴェルディ第一王子だと悟った俺は、ひたすら絶叫するしかなかった。
「お兄ちゃんは、いつまでも待てないよ。ザナフェルのことが愛しいから。だから、こうして会いに来たんだよね」
「うぐっ……」
その説明で、今どういう状況なのか、思い至った。
恐らく、ミカエル兄様は、俺たちがここに来た理由を何らかの方法で知り得たのだろう。
だから、先回りして、ここで待ち構えていた。
お店の店員さんに姿を変えて。
ダナー商会について触れれば、俺たちが反応することを分かっていたから。
その絶望的な答えに、俺の胸中は混迷をきわめていた。
ミカエル兄様の迎えが来る前に一刻も早く、ネーア王国から出なくてはならない。
この場に留まることは危険だ。
そう思っていたけれど、肝心なことを失念していた。
ミカエル兄様の弟溺愛ぷりは半端じゃない。
魔力検査をしのいでも、ありとあらゆる手段を使って、俺を探し出そうとするだろう。
なにしろ、『迎えに行く』と宣戦布告までしてきたし。
……分かっている。
分かっていたけれど。
これでは……魔力検査という名の検問を乗り越えた意味がない。
「ああ~。かわゆす! マジ、尊死する! ザナフェル、今世の姿もかわいい~! これは今すぐ、記録に残しておかないと!」
ミカエル兄様はさらに好奇心に負けて、俺観察ノートを一気に書き散らしていく。
すさまじい脱力感と……完全な不意打ちだった。
だが、これはさすがに嫌でも、周囲からの視線を感じてしまう。
そう思った直後。
――静寂に包まれる。
すべてが、すべてが止まっていた。
周りの人たちも、馬車も、まるで時間が止まってしまったかのように、すべてが固まっている。
しかも、あり得ないくらい静かだ。
先程まで、街を満たしていた喧騒がすべて消えていた。
「なに、これ……?」
母さんがぽつりとつぶやく。
不可解な現象。
だけど、俺は以前も同じ光景を見たことがある。
この現象は、ミカエル兄様の魔法によるものだ。
母さんは俺のそばにいたことで、魔法の影響を受けずに済んだのだろう。
本当なら、転移魔法で、この場を離脱したいんだけど……。
さすがに、ミカエル兄様の目の前で行うのは危険すぎる。
即座に察知されて、包囲されるのが関の山だ。
せめて、ミカエル兄様の意識が逸れている時でないと。
ぐるぐると考え込んでいたら。
「ああ~。お兄ちゃんは今世も、ザナフェルのことをめちゃくちゃ愛しています。だから、そろそろ、ザナフェルと一緒に、世界を蹂躙したいんだよね~」
そう告げて、ミカエル兄様が進み出ようとした。
その時だった。
周りの空気がひやりと温度が下がったのは。
「待ってください!」
「……母さん!」
俺の前に出たのは、真剣な眼差しを向けた母さんだった。
母さんは乞うように丁重に頭を下げる。




