第17話 ひゃくさき
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
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ガタっと勢いよく椅子を引いて立ち上がった鏡原という名前のギャルは、僕のことを睨みつけながらこっちへ近づいてきた。
「‥‥‥っ!?」
一瞬、冷たい何かを感じて体がびくりと反応してしまう。身構えた僕を見て、「ふん」と鼻を鳴らした彼女はわざわざ横を通ってから部屋を出て行った。
氷の女王? それとも魔女か。凍てついたような冷たい眼差しに貫かれて身震いが止まらない。
廊下の足音が遠ざかると、緊張の糸が切れ大きな溜息が洩れる。
―――本気で殴られるのかと思った‥‥‥これ以上は関わるのを止めておこう
気を取り直して前を向くと、Fクラス担当者の武波さんと目が合った。
「ありがとねぇ~百崎くん」
ホワイトボードの前に立った武波さんは苦笑いを浮かべていた。
「あ、あの‥‥‥別に何もしてませんけど」
「あっ、確かに。してないかもぉ~」
「あっ、はい」
悪い人ではなさそうだけど、なんだろう会話が成立しない。
「鏡原さんと百崎くんは気が合いそうねぇ~」
「どこを見てそう思ったんですか?」
「う~ん、そうねぇ~アイス一緒に食べるんでしょ?」
「あ、あれは言葉の綾っていうか‥‥‥相手を間違えたというか」
「なんだかロマンスの予感がするわぁ~」
この人は確実に天然だ。
気づけば部屋に残された受講生は僕1人になっていた。
―――そろそろ個室に戻って荷物の整理でもしよう
そう思って席を立つと、武波さんからもう一度名前を呼ばれた。
「百崎くん、もしかして‥‥‥ううん。やっぱり何でもないわぁ~明日から頑張りましょうねぇ」
何かを言いかけて途中でやめた。
気にはなったけど、僕と武波さんは初対面だ。特に意味はないんだろう。
「よろしくお願いします」
失礼が無いように深めに頭を下げてから別館の部屋を後にした。
本館の個室に戻ると旅行カバンを開け着替えや洗面用具を取り出し約1カ月間の生活の準備を整えた。
勉強に必要な参考書やノート、筆記用具などを机の上に並べる。
この宿泊施設は空調が程よく効いていて、ここが真夏の離島だということを忘れてしまいそうになるほど快適だ。
おまけに個室にはトイレとシャワーが完備されている。だから離島で過ごす時間の多くは、必然的に別館の教室と寝泊まりする個室にいることになるだろう。
あらかた荷物の整理が終わるとスマホの画面を確認した。新しい通知はなし。あの日以来、妹からの連絡はなかった。
家を追い出され学校を休んでいる間、井上さんからの着信やメッセージが送られてきていたけど、その全てをスルーしていた。正直、なんて説明すればいいのかわからないでいた。
気づけば部屋全体が外から差し込む光でオレンジに染まっていた。
四角に切り抜かれた窓辺に近づいて視線を投げれば、そこには沈む夕日に照らされて燃えるように色づいた一面の海が広がっていて―――あんなに両親を悲しませたはずなのに、家族という関係にひびを入れてしまったというのに、臆病な僕は性懲りもなく脳裏に浮かんだ彼女と一緒にこの景色を見たいと思った。
完全に日が沈むと1人で食堂を利用した。
その後は個室で少しだけ勉強してから点呼のために別館へ向かった。
鏡原という名前のギャルと関わらないと決めた僕は、なるべく視線を合わせないように彼女と距離を取って座る。
担当の武波さんが点呼を取り、明日以降の簡単な予定を聞いてからその場は解散となった。
個室へ戻ると、「はぁ~~~」と太くて長い溜息が洩れた。
船旅の疲れもあったけど、それ以上に知らない集団に混ざるのが苦痛だった。ギャルにまで絡まれて散々な初日。ベッドに腰掛けると一気に疲労感に襲われる。
―――シャワーを浴びてもう寝よう
そう思ってから重い腰を上げると、ドンドンと乱暴にドアを叩く音が聞こえてきた。
嫌な予感はしたけど、まったく無視する訳にもいかない。
「は、はい。ちょ、ちょっと待ってください」
迷いながらゆっくりドアを開けると、廊下にぽつんと金髪のギャルが立っていた。
「な、何かよう?」
目の前に佇む彼女が部屋を間違えたのかと思った。たしか男女でフロアが別れていたはずだ。
「ここ4階だけど」
訝しんで言うと、金髪のギャルが睨んできた。
でも、すぐに彼女は目を逸らし、不愛想に口を開いた。
「アイス」
「はぁ‥‥‥!?」
「は、じぇねーよ! お前が言ったんだろ、アイス食って頭冷やせって」
確かに言ったけど、今このタイミングじゃない。そもそもあの時は頭の中がバグってしまって、相手を取り違えた発言だった訳で。
「ひゃくさき」
名前と部屋番号は配られたFクラスの名簿に載っていた。
白いTシャツとジーパンという軽装のギャルは当然のように名前を読み間違えている。
「ももさき、です」
「うるさい! 言った責任は取れ」
「ちょ、待って、責任って‥‥‥。財布、財布を‥‥‥ってタイム、タイムだ。こんな時間にどこへ買いに行くんだよ」
1階には売店があったはずだけど、点呼を終えて本館に戻った時にはすでに閉まっていた。
「コンビニ」
「あるの‥‥‥!?」
「あるから言ってんだけど」
相変わらず不愛想な言い方だった。下から睨みつけられ半歩だけ後退る。
たしか夜の9時を過ぎれば、今いる本館の出入り口は閉まってしまうはず。この人は一体どこから外へ出るつもりなのだろうか。
結局、情けないことに小麦色した肌の金髪ギャル―――鏡原さんの迫力に気圧された僕は彼女の後をついて行くことになった。
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