第21話 ぶっこむ義妹
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
女子と待ち合わせなんてしたことがなかった僕は、昼食をご馳走してもらう立場ということもあって、約束した時間の30分前には到着しておきたかった。
間違っても井上さんを待たしてはいけない。
だから電車を降りると急ぎ足で改札を出た。
午前中の柔らかな光が降り注ぐ駅前広場。散り散りになった小さな雲が所々に出来ている水溜まりにくっきりと映し出されていた。
大きな水溜まりを避け、小さなものを飛び越えてベンチが並んだ一画へ。
周囲を見渡して井上さんの姿が見えないことにホッとした。
ラノベの中ではヒロイン枠の女の子が約束の1時間前から待っていたなんてことが定番設定で―――まあ、そういう場合は主人公に対して少なからず恋心を持っているんものなんだけど。
とりあえず空いたベンチに腰を下ろすと、立ったままの妹がきょとんとした顔でこっちを見てきた。
「座らないのか?」
空いた横のスペースを平手で叩いて座るように促すと、妹は無言で隣のベンチを指差した。
「うん?」
自然と目が向いたその先にはキャップ帽を目深かに被った人物の姿が。
丈の短い上着と細身のズボンに真っ赤なスニーカーを履いたよく見ればボーイッシュな女の子で。
こっちの視線に気がついたその子がこっちを見て不思議そうな顔を見せたんだけど、目と目が合った瞬間に正体に気がついた。
「い、井上さん―――!?」
「も、百崎くん!? びっくりしたぁ~可愛い子と一緒だからわからなかったよ」
「ごめん、妹もいいかな?」
「あっ、全然大丈夫だよ。うん、大丈夫」
何故だか同じ言葉を繰り返した井上さん。
そんな彼女が妹の存在を認めて少しだけ苦笑したように見えた。
「もしかして待たしてしまったとか?」
一応は早めに着いたはずだけど、そもそも時間を間違えている可能性もある訳で。
「全然待ってないよ。私も今来たとこだから」
彼女の答えにほっと胸をなでおろす。馳走される身で遅刻は許されない。
ただ、こうも考えた。もし井上さんが1時間前からこの場所にいたとしたら‥‥‥なんて。
現実は彼女も僕と同じで待ち合わせ時刻の30分前にやってきたということで。なかなかラノベのような展開はない訳で‥‥‥すぐに陰キャな思考を振り払う。
僕たちは簡単な挨拶を交わすと並んで目的地へ向かって歩きだした。
途中、井上さんが空になった500mlのペットボトルをゴミ箱に捨てた。
井上さんの案内で訪れたカフェの店内は、天井が高く赤いレンガ調のタイルに囲まれていて、想像した通りのお洒落空間だった。
ウォールナットの丸テーブルにそれぞれデザインの違う椅子が配置されている。
お礼の内容は井上さんに考えてもらった。優柔不断な僕に何がいいかなんて決められない。その結果、パンケーキランチを提案されて今に至る。
店内の客層はカップルやお洒落女子が大半だった。
初めてのカフェに緊張している僕は、パンケーキとやらの味を楽しめるだろうか? そんなことを考えていたんだけど‥‥‥実際、運ばれてきた厚みのある大きくて丸いパンケーキを口に運んでみれば―――、
「美味しい‥‥‥!?」
ストレートな感想が自然と口から漏れてしまった。
それを聞いた井上さんが嬉しそうに顔を綻ばせる。
「気に入ってもらえてよかったよ」
「こういう店は初めてだけど、人気の理由がわかったよ。今日は連れてきてくれてありがとう」
正直な気持ちを伝えると、井上さんはなぜだか僕の顔から慌てて視線を逸らせた。
それに少し顔が赤いように見える。もしかして体調が悪いんだろうか? だったら日を改めてもよかったのに。
「井上さん、大丈夫? もしかして体調悪いとか?」
「―――えっ!? 大丈夫、大丈夫だよ! ほら、た、食べよ。恋ちゃんも食べて食べて―――」
慌てた様子の井上さん。ドリンクをひと口飲んでから、手のひらで自分の顔をパタパタと扇ぐ。
少し無理をしている感があって、やっぱり心配になってしまう。
「具合が悪いんなら‥‥‥」
「百崎くんはやっぱり優しいね。大丈夫だから心配しなくていいから。それより恋ちゃんはどう?」
「めちゃ美味しいです~♪ この店知ってて一度来てみたかったんですよ~。今日は勝手に来ちゃってごめんなさい。自分のぶんはお兄ちゃんが払うんで」
「いいよ、いいよ、全然」
人前ではお兄ちゃん。いつもの流れで妹にたかられる。
僕はパンケーキを頬張りながら仕方なく無言で頷いた。流石に妹の分まで払ってもらうわけにはいかない。
そんな妹の我儘な言動に、井上さんは先輩としての包容力を見せ笑顔で応えた。
ここから女子トークが始まったんだけど‥‥‥下の名前を聞き出した妹は、驚きの速さで井上さんとの距離を詰めた。
「小春先輩って彼氏いないんですか?」
「いないよ。ってか今まで付き合ったことないし」
井上さんがチラリとこっちを見た気がした。
「そうなんですか!? 小春先輩めちゃ可愛いのに―――その気になればすぐに出来ますよ」
何故か上から目線の妹。
失礼な態度だとは思うんだけど‥‥‥これが女子の距離感なんだろうか?
「恋ちゃんの方こそ彼氏は?」
「えぇ~私ですか~? いませんよ、彼氏なんて」
僕が神経質になっている問題。その核心部分にまさかの井上さんが切り込む。
彼氏の存在を真向から否定した妹がチラリとこっちを見た気がした。
「うちのクラスでも恋ちゃんのファン多いから―――こんど紹介しよっか?」
「いえ、遠慮しときます。陰キャな兄を持つ妹として男子はこりごりなんで」
「うん‥‥‥!? 彼氏の話だけど? 百崎くんが関係あるの?」
「メチャ関係ありですよ。陰キャなオタクが身近にいると、男子の魅力がわからなくなるんです」
「そ、そうなんだ‥‥‥でも、百崎くんは優しいしカッコいいと思うけど」
「あっ、それ外面だけですから。全然優しくなんてありません。それよりむっつりスケベで部屋にはエッチな表紙の本が一杯あって、ホントに変態なんです」
「お、おい! 恋、ラノベはあるけど誤解される言い方は止めろって」
「誤解じゃないし、ホントのことだし」
女子トークだと思って黙って聞いていれば、僕に対するネガティブキャンペーンが始まった。
それも嘘と誇張にまみれていて‥‥‥妹は一体なにを考えているんだ! さっきから井上さんの苦笑が止まらない。
「ラノベって、いつも教室で読んでるやつ? 私もちょっと興味あるかも。こんど貸してくんない?」
「う、うん。いいけど、どんなのがいいかな?」
「う~ん、実際に見て選んでいい?」
「実際に見る‥‥‥? ああ、うちに来るってこと?」
「そう、そう。百崎くんがよかったらなんだけど‥‥‥」
「うん、別にいいけど」
部屋に妹以外の女子が入ったことなんてない。
―――これは掃除と本棚の片付けをしなければ‥‥‥過激なやつは隠しておこう、そう思った矢先に妹が口を挟んだ。
「ああ~小春先輩ダメですよ。こいつの部屋めちゃ汚くて―――人を呼べる部屋じゃないんです。それにラノベ以外にもヤバいものが一杯あって‥‥‥妹の私から見ても、あれは人としてどうかと」
「お、おい! 恋、なんでそんな嘘を―――」
「―――嘘じゃないっしょ! ベッドの下のエッチなやつ。あれ、なん? クローゼットの―――」
「―――やめろって! こんなところで喋るな! って、なんで恋が知ってんだ!?」
恥ずかしさのあまり声が大きくなっていた。
ハッと我に返って周りの様子を窺えば、満席の店内で僕らの会話を気にしている人は誰もいなかった。
みんな笑顔で会話を楽しんでいる。
そうなんだ、陰キャな僕は外聞を気にしてしまいがちだけど、実際は誰も他人のことなんて気にしてない。
「そ、そうなんだ‥‥‥私は別に気にしないけど。男子ってそういうもんだと思うし。あっ、じゃあパンケーキの再現してみない?」
「再現って―――これを?」
目の前のパンケーキはすでに半分以下の大きさになっていた。
ナイフを入れた断面は家で焼いたものと違って相当な厚みがある。
「家で作れたら最高でしょ? この味を覚えて帰って、こんど動画とかで調べて一緒に作ってみない?」
面白そうな提案だと思った。この分厚いパンケーキの味は衝撃的で、たしかにこれを家で再現できれば、妹は喜ぶだろう。
「出来るかな?」
「チャレンジしてみる?」
「面白そうだ」
話がまとまりかけた。
が、またしても妹が口を挟んできた。
「そういうのは無理だと思います。家で再現できるほど簡単ではないですよ。そんなことができたら、この店潰れてるんで。たぶん専用の調理器具とか秘密のレシピとか―――止めときましょう。ここに食べに来たほうが安くつきますって」
いつも夢見がちな妹から飛び出した、まさかの現実的な意見。違和感しかない。
朝から妙にテンション高めで、昼になれば兄のネガキャンを展開、挙句の果てに現実的な意見を口にして‥‥‥女子の思考がわかる人は是非とも教えてもらいたい。
「‥‥‥家で出来たら嬉しくないか?」
「家では作れん―――!」
「なんで否定的なんだよ。試すくらいはいいと思うけど」
「うっさい! それ残してんならよこせ!」
「あっ、返せっ、それは兄ちゃんのだ―――!」
「パンケーキは陰キャに毒だから、私が食べてやんよ」
喧嘩を始めた僕たち兄妹を見て、井上さんが小さく笑う。
「あはは‥‥‥仲いいね。私は大学生の兄とそんなに仲良くないから‥‥‥百崎くんと恋ちゃん見てると羨ましい」
「そうですか?」
「そうだよ。羨ましいよ。ああ、兄妹か‥‥‥私も百崎くんみたな優しいお兄さんが欲しいな」
そう言った井上さんは僕の顔をチラリ―――じゃなくてガン見してきた。
そして突然、妹が一際大きな声を上げたんだ。
「―――兄妹じゃないんで」
「うん‥‥‥!?」
一瞬、妹が何を言ったのかわからなかった。
それは井上さんも同じで、首を傾げている。
「あっ、言ってませんでした? 私とお兄ちゃんは血が繋がってないんで」
「―――ぐほぉ! げほっごほ、ごほごほ‥‥‥何、ぐほっ‥‥‥」
突然のことで口の中にあったパンケーキを喉に詰まらせてしまった。
盛大に咽た僕に井上さんが自分の飲んでいるドリンクのグラスを差し出してくれた。
それを横から妹の手が邪魔をする。そして反対の手に持った自分のグラスを強引に僕の口へと押し当てた。
「‥‥‥恋、ちょ、何言っ、ぐぉ、ゴクゴク―――!?」
妹が飲んでいたグラスに口を付け、とりあえずパンケーキを胃へ流し込んだ。
「な、何言ってんだよ!?」
「何って? 事実だけど」
何食わぬ顔で言ってのける妹の真意がわからない。
僕たち家族の関係を簡単に他人に話したことなんて1度だってないはずなのに。
衝撃の告白を聞いた井上さんは目を見開いて僕と妹の顔を交互に見ていた。
「あのな‥‥‥こんなところで喋っていい話じゃないだろう」
「ふん!」
誰が聞いているかわからな。僕は声を抑えて諭すように言った。
鼻を鳴らした妹は頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
「そ、そうだったんだ‥‥‥なんとなくだけどわかった気がするよ」
僕たち兄妹の顔を見比べていた井上さんは、何度も頷く仕草を見せ得心した様子だった。
たしか僕たち兄妹が似てないって指摘していたから、自分の中で答え合わせができたということなんだろうか‥‥‥。
「今日はありがとう。ごちそうさまでした」
「どういたしまして。また食べに来ようか?」
「うん、また来よう」
「あっ、私も~!」
妹がとんでもない話をぶっこんできて、その後のことは正直あまり覚えていない。
食べ終わると井上さんは急用を思い出したとかで―――僕たち兄妹とカフェの前で別れることに。
「百崎くんはここで待ってて」
そう言ってから井上さんは妹を連れて僕から離れた。
一体なにを話しているんだろうか? 妹の暴走に気力を奪われた僕はその場にしゃがみ込んで女子同士の密談が終わるのを待った。
陰キャな僕が妹を寝取る―――自分を変えようと心に決めた2年生の5月は、あっという間に過ぎ去って。
6月に入ってから、連日のように夏日が続いていた。
制服は夏服へと衣替えし、生徒の大半が半袖シャツにネクタイという格好だ。
一部の女子はサマーニットをシャツの上に着て個性を出している。妹は例に漏れず、短いスカートはそのままに、ニットの下に着ているシャツの胸元を大きく開け(兄として注意はしている)、着崩すことによってギャルを主張していた。
学校最寄りの駅を出て、正門へと続く緩やかな坂道を歩く。
少し前には妹と武波先輩の背中が見えていた。
近頃よく見かける光景、そんな場面を見守りながら正門を潜ったところで事件は起きた。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。