宅浪くん
20:00。夕飯ができたと母に呼ばれた。リビングに行くと食卓にクリームシチューが置いてあった。
この日、兄は女の家に泊まっていて、父の帰りは遅くなるとのことだった。食卓には僕と母だけ。僕の好きな梅干しが置いてある。大きな3粒をシチューに乗せて食べ始めた。
カチッカチッ
金属のスプーンが皿の底に当たる音が響く。塩分17%の強烈な梅干しだが、あまり味がしなかった。7割ほど食べ終わった頃、僕が沈黙を破った。
「やっぱりさ、大学、もっと頑張りたくてさ、その、浪人しようと思うわ」
「そっか」
「でさ、1年勉強するからさ、自力だと厳しそうで、予備校?行ってみたいんだよね」
「うんうん。どこにするか考えてるの?」
「池田と同じところが良いなって。でも夏期講習とか冬季講習も入れると、年間で100万とかかかるって」
「そっか。良いんじゃない?でも、週に1回でもバイトして授業料の足しにできない?」
僕は再び梅干しのパックを開けて、二粒取り出した。バイトなんかしている時間があるなら勉強に回さないといけない。大学に行っていない親とは発想が違うのかと思った。満足に予備校も行かせてくれないのかと怒りが湧いてきた。
後になって考えると、母は僕に社会経験を積ませたかったのだと思う。18歳の時、両親はすでに社会人として働いていたのだから。しかし、この時はそんなことを考える余裕はなかった。
「いや、やっぱりなんでもないわ。予備校、行かなくて良い」
「そういうことじゃないでしょ。どうするの?」
「いや、ほんとに良いから。一人でやる」
このひねくれ癖のせいで、何度失敗したことだろうか。シチューの皿を片付けて自室に篭った。八重歯を剥き出しにした自撮りをし、「宅浪くん爆誕」とインスタに投稿した。インスタのストーリーを見ようと思ったら、表示されない。ほとんどブロックしてしまったことを思い出した。ゲーム実況を見ながら寝転んでいたら、いつの間にか寝ていた。
目が覚めると9:30だった。起こされることはない。学校に行く必要もない。リビングに行くと、母はパートに出ていた。父は僕が起きる3時間前には出勤している。兄は女の家。棚に置いてあるコーンフレークを皿に山盛りにし、牛乳をかけた。YouTubeを見ながら貪る。予定もない。今日会う人もいない。この生活がこれから365日間続くのだ。
朝食を食べて歯を磨いただけで2時間が経っていた。僕はサイフを握り締めて家を出た。自転車で40分くらいのところにある古本屋を目指す。親が運転する車で何度も通ったことがあるが、自転車で行くのは初めてだった。
古本屋に着くと、参考書を買い漁った。と言っても、財布の中には2000と数十円しかなかったため、300円以下のボロの本にした。親に頼めば、参考書は好きなだけ買わせてくれただろうが、昨日の一件があった後なので僕なりの意地の張り方だった。
帰り道、近所の中学校を通った。校庭では体操服を着た中学生がサッカーをしている。数年前は自分も中学生だったのに、ずいぶんと遠い存在に思えた。




